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海って言うから #3
2時間後には日付が変わる。まだ明日の予定は決まらない。
すぐに返したくはないけど、あんまり引っ張ると身動き取れなくて迷惑だよな。まあそもそも誰のせいでこんなギリギリになってるのって話なんだけど。
やれやれ。お風呂上がって少ししたら答えよ。
イライラの後の虚無感も落ち着いた。
一人でぼーっと思いを虚空に描く。メイクを落としたら急に強風が止んで、自然な風向きが現れたように感じた。
不思議と二人だけであることに対する抵抗はない。
それがこのずっと吹いていたに違いない風。
むしろ私は、ここ2日で何度か想像してみた光景の中に他の人の姿は描かれていなかったのだ、と知った。
私が間違っているかのようで、なんだか悔しかった。
髪を乾かすうちに意志は固まって、歯を磨く頃には明日の天気が気になり出した。どうせそんなことも調べてないだろうし。
枕をどけて寝転がる。涼しくて心地がいい。と思っていたが、薄い毛布をかぶるともっと心地がいい。
気づかなきゃよかった。気づかなきゃまだ寒くなかったのに。
あれ。そもそも明日って、サークルの主だったメンバーはみんなサバゲー行くんじゃなかったっけ。タイムラインをぼーっと眺めて今更気づく。
確認すると、やっぱりそうだ。
だいぶ前に来た、私へのお誘いの文面を見ると、無計画な男との差がこれでもかと明確で、笑えてくる。
サバゲーが決行なら明日雨が降ることはなさそう。
調べると、やはり晴天のようだった。とわかると、なんだか少し力が抜けて。
気がつくと部屋が明るく、外も明るかった。頭はふと大きな闇に襲われる。慌ててスマホを手に取ると6時前。
“とりあえず明日言ってた通りの集合時間でいい?”
通知もきてた。画面を確認してみても、夜のうちに何かしら返答している、というようなスーパープレーも無さそう。
あーあ。
状況がわかって、今できることが何もないことを理解するとため息が出た。
ごめんなさい。こりゃ私が悪いわ。
特に意味もなくタイムラインを眺めながら6時を過ぎるのを待って、今は完全に今日の朝だと言える時刻になってから送る。
“遅くなってごめん!”
“わかった”
“その時間でお願い”
とりあえず約束の時刻までちゃんと起きておくこと。色々と取り返したくなって気持ちは焦るけど、できることは何も無かった。
勝手にどんどん一日が長くなる。
二度寝すら捗らない。キリのいいところで諦める。
残りの時間で今日の準備。
財布、スマホ、化粧ポーチ、日焼け止め、ハンカチ、ポケットティッシュ、ビニール袋、ペットボトルカバー。一応バスタオル。一応水着も中に着た。
鞄の中身が大体決まって、海っぽい青くてツバの広い帽子ともらい物の白いサンダルと一緒に玄関に置いた。
これであってるかはわからない。必要な物くらいは訊いとけばよかった。
罪悪感を少しでも削ぎに早めに集合場所に歩いていくと、すでにバギーはいた。
「おはようございます」
「ごめん、寝ちゃってて」
「全然」
バギーは柔らかな真顔だった。
「俺も連絡遅かったし」
いや自覚あったんかい。今日初めて微笑んだ彼はバツの悪い私を慰めるようで、それはそれで気に食わない。コトの発端は彼の落ち度だったと肌で気がつくと、体は軽くなった。
「本当に誰もいないんだけど、今日」
「知ってるよ?」
「どうする?」
「どうするって?」
「最後の確認」
少しためらってから早口言葉のように短く言うと、バギーは車に寄り掛かった。
「その車は?」
「アクア」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「誰のなの?」
またバギーは少し下を向いて沈黙して、顔を上げて笑った。
「レンタカー」
えー!うそー!アホか!
ビックリして露わになりそうだった諸々を慌てて抑える。
え、なんで?人集まるかどうかわかんないのに借りちゃってたの?じゃあ直前に借りたのかな?
いやそんなわけないよ。だって私しか空いてないのわかってんだもん。
なんて計画性がないんだろう。呆れる私をどう見たのか、バギーはずっと最初の笑顔のままだった。
恥ずかしいな、とか、こんなこと言いたくなかったぜ、とか思ってるにしては、曇りのない、悪戯っ子のような笑顔。
ずっと苦手だな、この顔。こんなの断れないじゃない。
「行こう、海」
「そうしようか」
いや、私の意向にしたがって動いてます、みたいな雰囲気出してるけど、私今けっこう気を遣ってあげたからね?あと、普通はけっこう気まずいからね?
その辺をちゃんとわかっているのかは、どうも怪しい。
「ごめんね、すごい企画倒れしちゃって」
私のたたずまいを不穏に感じたのか、急に探りを入れるような構えを見せてきた。大丈夫よ、そんな急に態度変えなくても。今が不穏だとしたら今までずっと不穏だったから。
悔しい私の意地悪な反撃は、頭の中で代謝される。
10時を過ぎた幹線道路はけっこう空いてる。多分あと1時間早かったらこんなにスイスイ進めてはいない。高速に乗っても車は少なかった。
渋滞のストレスはない代わりに、私たちの車は思ってたほど速く進まない。錯覚だろうが、高速に入ってからの方が進みが遅いように感じる。会話のペースもわかりやすく落ちた。
「もう海気分なの?」
「え?」
「いや、さっきからサザンばっかじゃない」
「ん、サザン?」
「そう、サザン」
「ああ、サザンね。そうそうそう」
「海気分じゃんか」
「いや、違う」
「違うの?」
「操作してない」
「え?」
「俺が操作してるわけじゃない」
「あー、たまたま連続してるだけってコト?」
「そうそうそうそう」
慣れてないんだろうな、高速。
覚束なさが全部の仕草に出てる。車線変更のたびにワイパーが動くのも、全然修正できてない。
でもこれだけビクビクしてる方が安全かも。
「なんか普段と仕様違うなあ」
「みたいね」
「わかるん?」
「なんか苦戦してる感じ」
「うちのと仕様違うからね」
「普段通りじゃないんだ」
「そうそう」
高速に入る前から仕様が違うのはわかってたと思うけど、今更それを持ち出してきたことについては不問。
負けず嫌いだもんね、この人。
周りの景色は大きな工場とかが現れては消え、どんどん田舎になっていく。
「そろそろや」
「着くの?」
「いやまだやけど」
「なんだよ」
自分から口を開いた割に何を伝えたいのか全然見えてこない。
「見えるはずや」
ほらまた。何がよ?
「海?」
「うん」
「どっち側?」
「前」
目の前左側にそびえる山に沿うように道は左に急カーブ。スピードが落ちて、でも少し膨らんで、曲がった道のまっすぐ先。
「おー」
ニンマリと満足げなバギーもまっすぐ前を見つめている。
用意していたサングラスを右手だけでかけて、その間彼の目は一度もこっちに向かなかった。
まあでも、これは純粋にいい景色だよね。
しばらくまっすぐ進むと海岸線がすぐ目の前になって、そこで道は右に曲がった。今度は海沿いをなぞるようにずっとまっすぐ。助手席からは完璧な景色。
「すごいねこの道」
もう一人ちゃんと感動している私もそれを眺める。
遠くに横長の白い船がゆっくり右にスライドしていくのも見える。船がちょうど太陽の真下を通過した。
ここにたどり着くまではところどころ日が照るくらいだったけど、この景色からは消えようもなくどっしりと。
ずっと海にいたのね。
景色は演出されていたかのように突然青く明るくなったのだった。そして、そろそろや、と言ったバギーのタイミングはこの上なくピッタリだった。
不思議。運転は覚束ないのに。
横顔を少し覗いてみても気づいていそうにない。まあわかってたけど。
覚束ないって言うからてっきりグダグダかと思ってた。
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