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海って言うから #2

“ロイさん、明後日空いてる?“

今までの流れをぶった切って単発のメッセージ。それもここ数週間でやりとりし出したばかりだった。
急だなあ。別にやりとりの中身に意味はないからいいけど。

手帳を確認すると、その日は“ニットワンピ”とだけ書いてある。1週間前の自分が、予定が空いていたその日に、秋冬用の服を見に行くことにしたのを思い出した。特に友達を誘っていたわけでもない。

                                      “空いてるよー”
                                          “何すんの?”
“海行くぞ!”
                                       “何それ笑”
       "いいけど誰が来んの?"
           “バギー以外”
“色々誘ってるとこ”
                                      “そうなんだ笑”
               “誰来るかわかったら教えて”

行くとは言ったものの、2日前に都合よく予定が空いてる人なんてどれくらいいるんだろう。そもそもなんで10月に海なんだ。
こういうところはずっと杜撰。

テラス席で飲み終わったアイスコーヒーの氷の隙間にストローを何度も差し込んでいると、腕と触れた銀色のテーブルが冷たくて、全身に鳥肌が立った。
顔を上げると、午後6時の空はすでに夜の支度ができている。
おそらく沈むのを待つだけの太陽は、ここからは見えない。どこかのビルの裏にいるんだろう。

少なくとももう夏じゃない。夕方の半袖はそろそろ厳しい。

去年の夏、張り切って友達と買いに行った水着は、家のタンスのどこかでだらけているはずだ。選んだ時は柄も色も形も全部こだわったのだが、結局今のところ女友達との市民プールというたった一度の出陣にとどまっている。
初陣から1年以上のブランクを経ての現在、急な海へのお誘い。しかし、おそらく今回も出番はなし。おしい。

バギーはどうするんだろう。泳ぐのかな。想像してみたその海は、私が小学生になる前に行った海水浴場だった。
考えてみるとあれ以降海水浴ってしてないな。いや、今度も海水浴はできないだろうが、海水浴に限らず、目的地が海っていうお出かけも、思い返すとその時が最後だ。

考えれば考えるほど、私の海はあやふやで、私は海から遠かった。イメージの中の風景や人々が正確に描かれているようには思えなかった。
ひょっとすると、市街地は寒いけど海に行くと暖かくて、海水浴もまだできてしまうのかもしれない。だとしたら水着も持って行ったほうがいいかな。いや、流石に寒いのかな。海の家とかまだ営業してんのかな。
もう考えてもわかんないや。

考えてわからないなら発案者に訊いてみよう。スマホを手に取って、だけど、止まる。バギーに連絡しようとする私を、何かが止める。
それが一体何なのか、はっきりとはわからない。ただ、明後日のことについて詳しく尋ねてしまうのは、なんだかもったいないような気がした。
それは、もう少し待てば食べ頃の果実を我慢できずにもぎ取ってしまうような、そんな感覚だった。

ワクワクするような、でもなんだか不穏なような。それでも普段と違うこのソワソワはほぼワクワクといっしょのように感じられた。
バギーがみんなに呼びかけるってことがそもそも珍しいからかな。

ある程度迷いはしたが、結局訊かなかった。

訊かなかったら訊かなかったで、バギーからの肝心の連絡は前日の夜になっても無かった。
ちょっとだけ観念した私。ていうか、こういうのって最終決定と違ってもちょくちょく状況を連絡してくれるものじゃないの?まさか忘れてるとか。
それがまさかじゃないのが怖いんだよなこの人。

                “今んとこどうなってんの?”

悶々として数十分。通知待ちの時間。誘われた時ほどのスピードでは返信がこない。遅くない?と忘れてる?がちょっとずつ膨らんで、ソワソワ。ソワソワな私は、遠ざけるように机の上にスマホを置いて、通知に耳を澄ませながらゼミの課題を開いて部屋を何度も見渡す。
流石にイライラしてきた。

結局捗らないパソコンは閉じて、スマホを手に横たわる。やっぱり何もきてない。
はあ。
私がもっと早い段階で訊くこと訊いてたら、直前になってこんなソワソワしなかったんだろうか。振動しないスマホを握りしめて何度も寝返りを打つ。もうこの時間に耐えられない。
それはわかっていたはずのことだった。我慢比べのようで、そのつもりなのは私だけ。

返信がきたのは、いいかげんにソワソワのピークが過ぎてゼミの課題にも集中し出した時だった。

“今のところ誰も確定してない”
“どうしよ”

そんなことだろうと思った。
多分これがどんな内容だったとしても飲み込めた。それだけの準備時間を自分で勝手につくっていたから。
それにしてもなんだか、自分の連絡が遅かったな、とも、待たせて悪いな、とも思ってなさそう。
なんで私、この人に全部委ねたんだろう。


果実って言うからてっきり甘いかと思ってた。

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