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「誇張」される「勘違い」

先日、水木しげるロードの「入り込み客数」が「今年も200万人を突破した」と報道された。

http://www.nnn.co.jp/news/171224/20171224005.html

それを受けて、「今年訪れた『観光客』が200万人突破」と「言葉が置き換えられて誇張された」記事が多数出ている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171225-00000098-san-l31

また、個人のブログやツイッターなどでも「観光客が200万人来た!」と後追いしている人がいるが、それは大きな「勘違い」でしかない。

報道された数は、あくまでも「水木しげるロードへの『入り込み客数』」。
定点を「通過」した人の数を集計したもので(2カ所あって、合計して2で割っているらしい)、つまりは地元住民も店員も工事関係者も妖怪の着ぐるみさんも、もしかしたら犬や猫さえも含まれる可能性がある。
5往復した人なら「10回」カウントされて1人なのに「5人」と数えられてしまうこともあることや、犬猫まで含むかもしれないのはどうかとは思うが、「入り込み客数」と言えば、明らかな間違いとは言えない。

つまり、この数字は、あくまでも「入り込み客数」で「観光客数」ではない。
この違いは、非常に重要なことだ。

「入り込み客数」という表記だと大きく捉えることはできるが、「今年訪れた観光客」と言ってしまえば、範疇が狭まる。
自分はこの測定ポイントを「少なくとも今年だけで200~300回は歩いている」が、果たして「何人分」として数えられているのだろうか? 気持ちは「観光客」だが、実態は「地域住民」なのに・・・。

地域のマスコミは「主催者発表を公表しただけ」で「入り込み客数としか書いておらず、観光客数とは言っていない」ので、「間違ったこと」を報じたわけではない(突っ込まれても言い逃れできる)。
だが「ご解釈されても仕方がない」ように報道しているのは確かで、「内情を分かっていない人」「文章をよく読まない人」「問題意識のない人」などは「観光客が200万人超」だと「勘違い」する。

その結果、数字だけが“独り歩き”し、さまざまなところで「年間200万人の観光客が訪れる観光地である水木しげるロード」と、誇大解釈して紹介されてしまうのだ(今回はマスコミ報道の時点で誤解釈されているが)。
本質的には勘違いする人が駄目なだけだが、「ミスリード」させる感じなのはフェアじゃない気はする。報道機関は“御用的”にならず、詳細や実態を「検証」した報道もしてほしいのだが・・・。期待はできない。

そんな報道を見て水木しげるロードを訪れた人から「思ったより人が少ない」と言われてしまうこともあるが、こういった“数字感覚”に敏感な人には、違和感を覚えられても当然だろう。

一般市民がどう解釈しようとかまわないが、少なくとも境港で観光にかかわっている人は、この数字に惑わされないでほしい。特にロード内の店などで働いている人なら「実感」として分かるはず。違和感があるのを承知で「観光客が200万人超」などと、ブログやSNSで述べてはならないと思う(違和感を覚えていないようなら仕方ないですが、それはもっと問題ありです)。

自分は、実際に「観光客の気持ち」で頻繁に町を歩いている。日ごと、月ごとの変化を肌で感じているので、増加も減少も明確に掴んでいるつもりだ。
なので、実質的な「“外”からの“観光客数”」となると、団体を含めてもこの半分にも満たないかもしれないと思っている(海外からのクルーズ船の乗客など外国人は、座り込んでフリーWi-Fi使ってずっとスマホ使っているだけの人も多く、とても“観光”とは呼べない人を「数」に含めたくはない)。このあたりは捉え方次第でもあるが、少なくとも報道においては「入り込み客数」であるべきで、「今年訪れた観光客数」という表現は不適切だろう。

ここであらためて、市は28日、「200万人突破」を祈念してセレモニーを行い「先着200人に餅を配る」という。
この「餅」、いわゆる「観光客」に渡るのは、果たして「何人」だろうか。多めに見ても20~30人で、あとは「地域住民」が持って帰るだろう。それが現実で、この「地域住民」も「入り込み客数」には含まれてもいい。
だが「観光客」に含んでもいいのだろうか、と言えば、個人的には「ノー」だ。
ついでに、あまりに残念なので何度でも書くが「大感謝祭」のメーンとなるべきなのは「水木しげる記念館の無料開放」。「観光客のため」の必要度は、これが90%で、実施されないのは悲しすぎる。ちなみに、餅の配布は9%、セレモニーは1%といったところだと思っている。

私は「数字」「データ」を重視して物事を構築するタイプなので、なるべく正確に、客観的に捉えることに努めている。「水木しげる記念館」の入館者数や入館率と照らし合わせて実質的な「“外”からの“観光客数”」を把握できれば理想だが、いろいろと難しい面もあるようなので、私自身としては市営駐車場や列車、バスなどの利用状況に目を配り、特に「個人客」の動向を把握して“実態感”を掴むよう、意識している。

さらに言えば、「数」よりも大切なのは「中身」。
2005年ごろまで、水木しげるロードの観光客は「個人客」が大半だった。団体ツアーなどは今ほど入り込まなかったし、米子空港発着の海外便もなかったので、外国人もあまり見掛けなかった(「境港―韓国―ロシア」の定期船が入る時くらいで、クルーズ船も少なかった)。当時は「まちづくり」の面白さにはまったタイプの「一人旅」がたくさん来ていて、自分もそうだが「町に魅了されてリピーターになった旅人」も多かった。

しかし、今は「外国人・団体客」が大半を占める。また、「一人旅」が減り、5~10人の小規模グループが多くなったと感じる。
また、JR境線の観光利用者は2010年(「ゲゲゲの女房」が放映された年)をピークに、少しずつだが減少傾向にあるようだ。もともと「車」や「バイク」の人が多かったとは思うが、「比率」として、松江―境港のシャトルバスなども含めた「公共交通機関の利用者」が落ち込んでいるように思う。これも「客層」の変化と相俟っているのではないだろうか。

うちの宿泊者を見ても、「公共交通機関で来られる人」のほうが「境港に宿泊する理由・目的」が明確。境港への公共交通機関は決して便利とは言えないため、「それぞれの旅」の目的次第で滞在時間はばらつきがあるが、わざわざ宿泊地に選んでくださるだけに“想い”が強い人が多く、好きな人は「4~5時間以上あるいは終日、楽しまれる人がいる」のに対して、車やバイクの人は「3時間以上滞在する人は皆無」。必ず「移動する」。ここに「アクセス」と「ハードル」による差が表れてくるのは確かだ。

団体やグループ層は滞在時間が短いうえ「ほかの観光地がメーン」なので、「リピーター」にも繋がらない。
水木作品のコアなファンは来られているが、「町のファン」「特定の店のファン」は減ったように思うし、訪れた人を「何度も訪ねたい!」と惹きつけるものがなく「町を楽しみに来るファン層」を開拓できていない感もある。特に「40代下の日本人男性の一人旅」は、たまに自転車やバイクの長旅が来る程度で、非常に少ない(実際、うちの利用者も男性は「学生」か「水木しげるロード以外の催しなどに参加する50代」が殆ど)。

明らかに「町とのかかわり方」が変化しているわけで、これがリニューアルによって、どうなるかは課題。工事完了直後はおそらく、またマスコミが「ブーム」をつくりたがり、旅行会社が乗っかかるだろうが、その時に来られた「個人客」への接し方として「原点回帰」することで“中身”を密度の濃いものにしていかなければならない。

自分は今も「個」対「個」として、「旅そのもの、町そのものを楽しんでいただく」ように努めているが、怖いのは「町」の中に「ブームに乗って金儲けに走る傾向」が生じること。今でさえ飲食店の「呼び込み」がうるさがられているというのに、“外”からの新しい店ができる可能性もあるだろうから、これは必ず起きる。
その弊害よりも「楽しさ」が勝るように、本質的なものを伝えていかなければならない。

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