見出し画像

【童話】さくらいろのクレヨン

 サクくんは、保育園で絵を描くのが大好きでした。
 保育園にある色とりどりのクレヨンを使って、画用紙に絵を描きます。

 木や花などの植物、家の近所に居着いている野良猫、保育園の先生や友達。色々なものをクレヨンで描きます。

 サクくんは、桜の木を描くのが一番好きでした。
 桜は春しか見れないけれど、絵の中でなら、いつだって見れるのです。

 サクくんは、お父さんとお母さんと一緒に、桜の時期に花見に行くことが大好きでした。
 だから、楽しかった気持ちを、画用紙いっぱいに描くのです。

 サクくんは桜の木をたくさん描きます。
 でも、あまりにそればかり描きすぎて、ピンク色のクレヨンがすぐになくなってしまいました。
 画用紙いっぱいに桜の色をぐりぐりと描くので、クレヨンが削れていくのが早いのです。

「先生、クレヨン、なくなっちゃったよ。」

 先生は、困ったように言いました。

「サクくん。ピンク色のクレヨンは、この間もあげたでしょ。みんながピンク色のクレヨンを使えるように、いろんな色を使おうね。」

 サクくんは、桜の木が描きたかったのです。
 でも、我慢しなきゃ。そう思って、しぶしぶ他のものを画用紙に描きました。

(桜の木が描きたいなあ。)

 サクくんはお絵描きが大好きです。
 他のものを描くのも好きだけれど、やっぱり桜の木が描けないのは、悲しい気持ちになります。

 お母さんが迎えに来て、サクくんはお家に帰ります。

「お母さん、あのね。」
「なあに?」

 手を繋いでいるお母さんが、サクくんを見てにっこりと笑います。
 でも、サクくんは言えませんでした。

(クレヨンが欲しいけど、同じ色ばかり使っちゃうから、わがまま言っちゃだめなのかな。)

 お母さんは、思い詰めた様子のサクくんを見て言いました。

「どうしたの。言ってごらん。」
「ううん。なんでもない。」

 サクくんは、自分の欲しいものを言えませんでした。
 お母さんは悲しそうに微笑むと、そっか、と言って、それ以上は何も言いませんでした。

 次の日も、サクくんは桜の木以外のものを描いていきます。

「猫さんの絵、上手だねえ。」

 先生は、サクくんの絵を褒めてくれます。
 でも、やっぱり、桜の木が描きたくてたまりませんでした。

 お絵描きをしていると、近くにいた女の子が、じーっとサクくんを見つめてきました。

「ねえ、なんでそんなに悲しそうなの?」
「ぼく、桜の木が描きたいんだ。」
「描いたらいいじゃない。」
「でも、桜の色のクレヨンがなくて。先生が、すぐなくなっちゃうからダメだよって。」
「そうなんだ。」

 女の子は、サクくんの絵を見てにこにこと笑いました。

「これ、猫さん?上手だねえ。」
「そうかな。」
「わたし、こんなに上手に描けないよ。」

 女の子は、目をキラキラさせて言いました。

「桜の木も、見てみたいな。得意なんでしょ?」
「うん。桜の木を描くのが、一番好きなんだ。」

 サクくんは、自分の絵を褒めてくれたこの子に、桜の木を描いてあげたいと思いました。

「いつか、見せてね。」

 女の子はそれだけ言って、他の子の所へ行きました。

 その日も、お母さんが迎えに来ると、サクくんは口を開きました。

「お母さん。」
「なあに?」
「あのね、ぼく……。」

 サクくんは、ちょっとだけ迷いました。
 でも、女の子に桜の絵を見せたい気持ちが強くなって、言いました。

「桜の色のクレヨンが欲しいんだ。桜の木を描くのが好きなんだけど、保育園にはもうなくて……」

 すると、お母さんは、にっこり微笑みました。

「そうなんだ。言ってくれてありがとう。サクくんは、桜の木を描くのが好きなんだね。」
「うん。お母さんと、お父さんと、お花見をするのが好きだから。」
「そっか。じゃあ、買ってあげるから、いっぱい描いてお母さんにも見せてね。」
「うん!」

 サクくんは、顔がぱあっと明るくなって、スキップしました。
 お母さんは、そんなサクくんを見て微笑みます。

 それから、サクくんはいっぱい桜の木を描きました。
 女の子に見せて、お母さんにも見せて、いっぱい褒めてもらいました。

 相変わらず、ピンク色のクレヨンばかりが減っていきます。
 それだけ、サクくんが桜の木を描いたことの証なのでした。

おしまい。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?