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(短編) 走る

不思議なくらい信号は青だった。
それに気が付かないほど僕はただ走っていた。
店を飛び出した彼を追って、僕は反射的に走り出したのだ。
他の店員は逃げていく彼の背中を他人事にした。
だが、僕は走り出した。走ったのは学生の時以来だ。
そうだ、走っていると呼吸をしていたことを思い出す、足を前に出すと進めることを思い出す。
僕はもう追いかけてはいない、彼ももう逃げてはいない。
知ってる街から知らない街へ。昼から夜へ。日常から解放へ。

芝の青臭さと微かな潮の香りを肺いっぱいに僕は大の字で倒れた。
隣には彼の呼吸が聞こえている。
彼は店から持ち去った水の入ったペットボトルを僕に手渡し、僕はそれを迷うことなく口にした。
「ありがとう」
はみ出し者に連れていってくれて。

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