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子育てって幸せなの?大変なの?実際、どうなの?

子育てがピンク色なんて嘘だと思う。
日々グレーで疲れる。幼い頃は手が離せないし、中高なったら目が離せない。

それでも、グレーの日々の中にたまーーに、
今まで味わったことのないほどの強力なピンク、幸せな瞬間が訪れる。
すぐにグレーに戻っちゃうけど。

子育てって、『基本グレーで時々ピンク』が自然だと思う。
そして、トータルするとピンク優勢になるんだよ。

それはお腹を痛めて産んだ子だからとかいう理由でもなく、「もう💢」と子どもにムカついても、最初から理屈抜きの負け試合みたいなもので、ちょっとした笑顔に親はあっさり完敗するんだから、そりゃ結果ピンク優勢になるさ。

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先日は、戦う君の歌を〜♪戦わない奴らが笑うだろ~♪fight!
中島みゆきさんの「ファイト」が頭の中で流れていた。

自分のことを考えてこの歌詞を思うと、
負けないぞ!とエネルギーが湧いてくるのに対して

子どものことを考えてこの歌を思うとツンとくる。

我が身に起こることは自分がどうにかすればいい。なんとかなる。
けど、子どものことは応援するぐらいしかできないし、自分の子育てがどうだったか子どもを見ては反省したり、考えたり…。子育てって、自分を振り返らざるえないことが多いのが辛いんだよ。幼い頃もっと教えていればよかった…とか、仕事にかまけすぎたかなぁといった後悔も押し寄せる。
親は何かあるたびに揺れる。

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『我が子』と言っても自分とは違う人間であることも事実で、
こんなにも身近で、真剣に、何年も、人と交わることってないんだよね。
それでも、「あなたがやってきたことですよ!」と結果を突きつけられているような、ある種の修行?

ただ、修行中の母にも親がいて、修行を与えていた娘側でもある。
が、私の両親の「親の責任」は数十年前に終わっている。
ということは、修行にもいづれ終わりは来る。

修行が終わるんだからほっとできそうだけど、それも正直違う。
修行を終わるってことそのものが大きな修行のようにも感じる。

どっぷり関わったり、見て見ぬ振りして見守ったり、自分とは別人格だからと境界線を明確にしたり、あっちがいいか、こっちがいいかと迷いながら進んでいく。「人生は修行」と言うけど、子育ても私にとっては修行に近い。そして、修行中にせよ、修行が終わるにせよ、どちらもfight!なんだろうな。だって誰にとっても、どんな立場でもやはり人生は手強いものだもん。

母は修行が終わるまで楽しむ所存です。
ブーたれるし、泣き言も言うし、深い後悔の波に溺れることもあるだろうけど、トータル少しでもピンクなら御の字だ。

と言い聞かせて。

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