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きみがぼくの前に現れた日から

加藤シゲアキが大好きだって話をしようと思う。


この数日、頭の真ん中に彼がずっと居座っていて、彼のことばかりを考えていた。それ以外考えられなかった。
だから、わたしの中にある彼のことが好きだという気持ちを普段よりももっともっと強く感じて、いまのこの脳内を言葉にして残しておきたいと思った。

わたしが加藤さんに出会ったのは、彼が『チュベローズで待ってる』という作品を出版したころ。発売日に買いに行ったからその時には既に好きになっていたはず。
でもただそれだけの記憶しかなくて、細かい日付も好きになった理由もよく覚えていない。
だけど、知っていくうちにこの人のことが好きだって、もっともっと愛したいって思ったことだけは覚えている。そのくらい、ずっと魅力的なひとなんだね。

加藤さんの好きなところ、ありすぎてたぶん書ききれないけど、ちょっとずつ、言葉にできるものから書いていこうと思う。

大前提だけど、これに君が好きだって事以外、大した意味なんて無いよ。


顔が好き。
ぱっちりした二重で、まつ毛が長くて、横顔がうつくしくて。顔を構成するすべてのパーツが整っている。
ファンからは絵画みたいだ、彫刻みたいだ、って完璧に作り上げられた芸術作品のように言われているの、彼は知ってるのかな。

声が好き。
唯一無二で、耳に残る声。胸が締め付けられるような声。やさしい声。
前は高音パートが歌えなくて、メンバーと笑ってたけど、今では高いキーでもすごく綺麗に歌えるようになったし、そのパートを充てられることも増えたね。そういう、努力を怠らないところも好き。どんどん前に進んでいって、でもファンを置いていかなくて、手を引いて、新しい景色を見せてくれるようなところも。

選ぶ言葉が好き。
誰も傷つけないように、やさしくてあたたかい言葉を選んでいて、でも彼なりの言葉で文章を作っていて。
加藤さんの書く小説は暗いものが多いけど、救いようのないものなんかじゃなくて、一人ひとりに手を差し伸べてくれて。そうやって選ぶ言葉たちがカッコよくて、すごく秀逸で、それでも、どんな言葉でもやさしさが滲み出ているところがすごく、好き。

大人しいけど、ほんとうはたくさん話すところが好き。
3人で出演するテレビや時々更新されるファンクラブの動画では、話を振られるまでは2人の話をうんうんって頷きながら聞いていることも多くて物静かだけど、ライブになった途端バカみたいに騒いだり、時々キザなことも言ったりして、そういうところがものすごく可愛くていとおしい。たまに口悪くなっちゃったりして、そんなこと言っちゃダメでしょって怒られてるのも可愛い。そういうとき大体一人称が「シゲ」になるんだよね。ずるいね、可愛くて。

自分のファンを大切にしているところが好き。
NEWSのファンとおんなじくらい、いや、きっとそれ以上に「おれのファン」を大切にしていて、そのわたしたちだけに見せる、この世で一番やさしくてふにゃふにゃの笑顔が好き。ありがとう、って、いつもいつも感謝を伝えてくれて、それを言いたいのはこっちなのにって思うけど、でもそれが加藤さんの愛なんだよね。

趣味をたくさん持っているところが好き。
どれだけ忙しくても、好きなものを疎かにすることがなくて、読書(これは仕事としても読むことが多いのだろうけど)だったり、写真だったり、音楽だったりをいつも楽しんでいる。
進撃の巨人のアニメを2週間で見終わってしまうようなところも好き。時々、彼だけ一日が24時間以上あるのではないか、ほんとうに8人いるのではないかと思うほどに多くのものを愛していて、そしてそのすべてを楽しんでいる。

ちゃんと自分を褒められるところが好き。
自分なんてまだまだ、ってすぐに言ってしまうような人で、向上心があると言えばそうだけど、今の自分自身を認めていないってことでもあって。
でも最近、ファンからの頑張ってるって思うことはある?って質問に、「おれいつも頑張ってるからね(笑)」って答えていて、そうやって言えるくらい心が成長したんだなって。わたし、彼より21も年下なのに、なんだか子どもの成長を見守っているような気持ちになる。わたしの方がよっぽど子どもなのにね。

見ている世界が好き。
加藤さんの撮る写真たちはどこか暗くて、でもその中に光があって。人やものの本質を写すように、ファインダー越しに世界を見ているんだなあって、彼の写真を見る度に思う。
誰かの良さをすぐに話せるところとかを目にすると、愛に溢れた世界に生きているんだなあって、改めて感じる。


話し方が好き。
ふだんは丁寧でやさしい話し方をしている。
事務所の先輩や彼よりも年上の人と話すときは、敬語の中にタメを混ぜた話し方をしていることがあって、とてもあざとい。無意識なら尚更あざとい。そういうところが多くの人に愛されるんだと思う。


ファンの前では、ステージの上ではもう泣かないと決めているところが好き。
ファンに笑っていて欲しいから、おれももう泣かない。って、どこまで行ってもやさしくて、ファンのことを思っていて。そんな、そんなに強くならなくていいんだよって、泣いちゃったって、弱さを見せたっていいんだよって思うのに、彼はそれを望んでいなくて。でも、そんな彼だからいまのグループがあって、活動があるんだなあって思う。
ずっとグループの末っ子なのに、ひとりだけ泣かずに背中を押しているところを何回も見てきた。そういう、ほんとうは弱いのに強いところを見せてくれて、意志が固くて、自分を曲げないところが好き。


自分が愛されていることを知っているところが好き。
「おれの脳みそファン」ってさりげなく言ったり、ファンがその顔を好きだって分かっていて、くしゃくしゃの笑顔を見せてくれる。右口角だけを上げてにやにや笑っているときも、この人はファンが好きな自分を知ってくれているんだなあって思う。そして、それを知ってるよ、分かってるよって言葉にして伝えてくれるところも好き。



ほんとうはもっともっと書きたいことがあって、きもちが今でも溢れて止まらない。
苦しいくらいに、好きだって、ずっと好きでいたいって思えるのは、加藤さんだけ。



″  君が僕の前に現れた日から
 何もかもが違くみえたんだ
 朝も光も涙も、歌う声も
 君が輝きをくれたんだ  ″

加藤さんが、ずっとわたしの光なんだ。加藤さんに出会った日から、毎日が夢みたいにしあわせで、光を放っていて。
そして、ここに書いたものたちすべてが、加藤さんのすべてが大切できらきらしていて、忘れたくないもので。こんなに幸せもらってるんだなあっていつもいつも思う。

今やわたしの暮らしに加藤シゲアキがいることが当たり前になっている。そう言えるほどにわたしのまわりは彼や、彼が好きなもので埋めつくされている。
彼の書いた小説、彼の人生を変えた本。
彼の歌っている曲や作った曲、これまでにラジオでかけた何百もの曲たち。わたしの作ったプレイリストはそれらで溢れている。
彼を好きでいることで、たくさんの知らない世界を目にして、時にその世界に片足を突っ込んで。でも残りのすべては彼だった。加藤シゲアキが、ずっとわたしのすべてだった。

7年間。わたしの人生の半分(よりもちょっと短いけど)を加藤さんとともに過ごしてきて、笑って、泣いて。
こんなに好きにさせてくれてありがとうって強く思う。そして、たぶんこの先加藤さん以上にすべてが好きだって思える人に出会うことはないんだろうな、とも思う。そう思ってしまうくらいに、彼のことが好きで、大切で。

彼は、「きっとぼくがこの世に存在しなくても誰も困らなかった」なんて簡単に言ってしまうけど、わたしは、彼に出会っていなかったら今の自分はいないって思うくらいに、たくさんのことを救われて、教えられて生きてきた。
読書を小学三年生の頃から続けていることも、最近になって写真を始めたことも、時々小説を書くことも、そこに「好き」のエネルギーと、彼への憧れの気持ちが確実にある。追いつけなくても、彼の歩いてきた道を、彼の足跡を辿って生きていたいと。

こうやって狂おしいくらいに誰かことを好きだと思える日々が、なによりも幸せ。その相手が加藤さんであることも。
これからもずっとずっと、加藤シゲアキを、加藤成亮を愛していたい。それがわたしの永遠の夢。

加藤さんがこの世界の誰よりも好き。
出会えてよかった。幸せになってほしいし、いちファンとして、一緒に幸せになりたい。彼と夢を見続けたい。もっともっと、好きの輪を広げていきたい。



わたしの世界に色をつけてくれてありがとう。

今までもこれからもいつまでも、隣にいてくれてありがとう。


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