遺書 或いはまた
1度死んだなと思うのは、筆を取れなくなった時。
自分でも驚くほどにゆっくりと、無意識のうちに、何も書けなくなっている。
久々に文章を書くと、自分がこの間まで信じていた文章の形が全く分からなくなる。
言い訳は山ほどある。
でもそれを言ってしまうと、
「言葉にすることは現実逃避の手段だ」
と言っていることになるから言わない。
ふと、自分が生きていた頃のことを思い出して
そうしてゆっくり苦しくなる。
現実しか見ることができずに何も作り出せない自分は、
本当の本当に凡人になってしまったのだ、と。
いつだって特別で居たかったのに、
このまま社会に飽和しようとしているんだ、と。
凡人が、一欠片の特別を見出すために連ねていたものが、こういう形で凡人であることを表している。
だからこれは遺書。
書けていた自分を弔う遺書。
いや、書けなくなった自分を?
どちらにせよ、1度死のうと思う。
遺書
或いはまた、書き出すための。
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