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愛とは

人間、動物、植物、人工物、自然など
私にとっては全てが愛の対象です
愛を持つことは、身勝手なことかもしれません

実家に帰省している間は
家族との時間に集中します
自分の部屋にいるのは寝ている時だけです
創作活動をする時は作業部屋に行くけれど
それはほんの少しの時間だけで
あとはリビングで過ごします
外出もしません
するとしても必ず母と一緒です
朝起きた時に母が出かけていると
とても寂しい気持ちになります
起きるのはいつもお昼頃なので
母はひとりでスーパーマーケットに
買い物しに出かけているのです
朝の方が食材が豊富だから、と
愛のあるはなればなれです

会いたいと思う人とは
基本的にずっと会っていたいです
頻度とかよくわからないです
会える時に会うのが
一番だと思っています
依存しがちな部分は認めます
依存ってそんなに悪いことかな?
熱中、夢中、という言葉に
置き換えてしまえばいいんじゃないでしょうか
相手に迷惑をかけない範囲で、の話だけど
もし迷惑になってしまっていたら
その都度話し合って向き合っていけたら
それでいいんじゃないかと思います
あ、でも、ひとりの時間は大好きです
ひとりの時間にしか生まれない愛が
必ず存在すると思っています
寂しがりやのひとり好きです
とても面倒臭いパターンです

以前にも話に出た猫のカルダモンとは
出会った時から日を重ねるごとに
どんどんどんどん仲良くなっています
愛は深まるはがりで
毎日、カルダモンは
可愛さを更新し続けています
実家にも動物がいて
犬の りら、わっち
猫の トトハ がいます
今はお空で暮らしている
犬のアン、猫のミー、
ハムスターのポン、ハムスターのポン、
ハムスターのポン、デグーのペロ
金魚さん、めだかさん
たくさんの動物たちと
触れ合える環境にいました

母が生け花の先生をしていたからか
昔から我が家には花が咲いていました
実家のまわりにも四季それぞれに
いろんな花々が咲いてくれます
咲いたらいつか枯れてしまうお花と
お別れするのが嫌で
良きタイミングでドライフラワーにしています
それがお花にとって嬉しいことなのか
本当は喉が渇いて苦しいんじゃないか
そういうことを考えてしまうけどやっぱり
私はどうしてもドライフラワーとして
ずっと一緒にいたいと思ってしまいます
水を含んだ姿とはまた違った
とても素敵な表情を見せてくれるから好きです

今、カルダモンと住んでいるこの家には
ずっとずっと前からの歴史があります
前の住人、この家が建つ前の家、
外界から守ってくれる壁や窓など
家ってすごいなあと思います
いろんな景色を見守り続けて
時にはあっけなく壊されたりして
どんな思いで佇んでいるのだろう、と
ありがとうの気持ちが溢れます

私は魚座で、産まれた日は水曜日でした
だからかわからないけれど
海がとても好きです
水の音を聞いていると落ち着きます
キャンプも好きだし、炎も好きだし
自然がすぐ傍にある暮らしを
ずっと意識しています
ただ、こちらが勝手に
地球に住まわせてもらってるだけで
きっと地球には
困らせていることだらけなんだと思います
あらゆるゴミを出してしまう
都合よく木々を切り落としてしまう
なくてもいい何かを作り出してしまう
せっかく地球に住むことができているのに
それは違うんじゃないかと
悩んでいます
まだどうすることもできていません

愛情表現はさまざまあると思います
人それぞれ、どう表現するのか
とても興味深く観察しています
私はきっと伝えたがりだから
うるさいくらいに
言葉や温度や行動を使って
愛情表現しているんだと思います
「好き」とか「愛してる」とか
濃度を変えずに何度も言ってしまうし
「なんで?」とか「何考えてる?」とか
デリカシーに欠けるほど
相手に聞いてしまうこともあります

あ、そっか
"魚座はロマンチスト"だから
もうそれだけで
説明ができてしまう気がします

愛ってなんだろう?
そこに答えはないと思うんです
愛とは、言葉では説明できない
心の深い場所にあるもの
って、すでに言葉で説明しようとしているから
私ってのは厄介なものですが
あたたかい何かを
感じ続ける人生でいたいです

謎に包まれた愛を
ありのまま受け入れながら
自分の人生を豊かに、守り続けます