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プチ社会科見学@スタインウェイセンター

昨夏よりスタインウェイアーティストにその名を連ね破竹の勢いで活躍している角野隼斗氏の演奏する楽曲2曲が先日、スタインウェイ社の自動演奏ピアノSPIRIOのカタログに追加されたとのことで、実際にその自動演奏を体験してみた。

今回訪ねたのはスタインウェイセンター高崎。ピアノを買う予定が無いので少々気が引けたが、試しに自動演奏の体験をしたい旨をセンターに電話してみたところ快諾してくれた。自動演奏体験の感想を簡単に記しておく。

今回カタログに追加された角野氏による演奏楽曲は彼の自作曲「大猫のワルツ」とガーシュウィン作曲「ラプソディー・イン・ブルー」の2曲で、日本人アーティストとしては久しぶりにSPIRIOのカタログに追加されたそう。(同カタログには現在4700曲を超える名演奏が収録されているとのこと。)楽器付属のiPadで聴きたい演奏のリンクをタッチするだけで往年から今日までの名演を目の前で、それも生音で聴けるとはなんという贅沢。

早速、角野氏の「大猫のワルツ」から聴いてみた。演奏開始前に対応してくださったセンターのスタッフさんが「どうぞぜひ角野さんが普段座っている場所で聴いてみてください」と仰ったので(!?!?)、楽器から数メーター離れて立って聴くつもりだった自分としては一瞬動揺してしまったがせっかくの機会なので演奏者の椅子に座って演奏を愉しむことにした。

曲が始まるや真っ先に抱いた感想は「あぁ、ピアノが生きてる」。奏者が不在なのに角野氏の愛猫が目の前で動き回っている様がとてもよく伝わってくる。楽しい。また曲の世界に没入しながらその演奏の迫力と、フォルテシモになった時の打鍵の力強さに驚く。コンサートホールの最後列まで音を届けるための打鍵を実際に目でそして耳で確かめながら改めて驚嘆する。耳で音を追いながら鍵盤を目視することで「ここはこうなっていたのか」という発見がいくつかあった。後述するラプソディー・イン・ブルーもそうだが、一体彼には何本の腕と指があるのだろう。それほど88鍵の端から端までを最大限に、しかし一切の無駄無しに演奏しているのだということが視覚からもよくわかるそんな体験だった。ペダリングも鍵盤に注目していれば確認ができる。想像よりも遥かに細かで緻密なペダリング。楽器はモニターとも連動しており、彼がニューヨークにてこのカタログ収録のために演奏した(スタッフさんがそう教えてくれた)時の動画が大画面に映る。革ジャンを纏った角野氏の手が鍵盤の上で自由に歌って踊っている。主に鍵盤をずっと観察してしまったので、動画はほとんど見られなかったのだが。自動演奏にただただ驚嘆しているうちにワルツが終わってしまった。

間を空けずにラプソディー・イン・ブルーを再生していただく。角野氏がニューヨークで演奏したラプソ。これは貴重な音源。確か角野氏が初めてこの曲を演奏したのが中学一年生。人生の半分以上をこの曲と共にし、「この曲に育ててもらった」ともコメントしている特別な一曲。6月に調布国際音楽祭にて吹奏楽との共演で初めて生演奏に触れて以来の、ソロバージョンでの演奏。ソロは聴いたことがなかったので(動画で聴いたことはあるものの)生音の想像がつかなかったが始まってしまうと鍵盤からはオケの音が飛び出してきて圧倒される。一体どれだけの試行錯誤を経て、あの自由でダイナミック、そして色彩豊かな演奏にたどり着いたのだろうか。即興部分では角野氏が少年のように微笑みながら弾いている様が目に浮かぶようだった。(鍵盤を見ると、モニターが見えないので。)「さて、今日はどう料理しようか」と、鍵盤と楽しく遊んでいたのだろう。先日初出演したフジロックフェスティバルでもこの曲を、全く違う表情で魅せた。フジロックでの年季の入ったスタインウェイから放たれるドライな音色のガーシュウィンもまた一興であった。もはや角野氏のライフワークと言える曲なのではなかろうか。自動演奏の再現度の高さ、リアルさや臨場感に驚くばかりであっという間に2曲目も終わってしまった。

2曲とも音の強弱や音色の変化、ペダリングや構成音を目からも確かめられたのはとても貴重な機会だった。(わたしは耳があまり良くないので。)楽譜を暗譜していたらおそらく一層曲への理解度は増したことだろう。メンバーシップで公開されている楽譜の研究もしてみよう。

せっかくなので他の名演も聴いてみることに。カタログにはビル・エヴァンスやセロニアス・モンク、ラン・ランのサムネイルが並ぶ。少し画面をスクロールするとグールドのサムネイルを見つけたので、聴いてみることにする。バッハの平均律クラヴィーア曲集だ。演奏を再生すると今度は角野氏の演奏とはガラッと変わり、自問自答を繰り返すようなグールドの音が流れてくる。存命していない演奏家の演奏は、生前の音源や動画に基づいてタッチや音色の解析をし、再現しているそうだ。なんとも途方もない作業。過去の演奏家の名演をテクノロジーで今日によみがえらせる作業は、名画の修復に似ている。グールドのバッハの他にルービンシュタインの軍隊ポロネーズと、パデレフスキの英雄ポロネーズも聴かせてもらった。SPIRIOから様々な演奏家の個性が飛び出す。

ひとしきり自動演奏を楽しんで満足したところに、部屋の端に控え目にたたずむ赤茶色のアップライトが目に留まる。アンティーク調の家具のような風格。アップライトの方に視線を送りながら「あれも自動演奏ピアノなのですか?」と尋ねてみると、自動演奏ピアノの先駆けとなったピアノだという。100年モノだそう。楽器の横には演奏が記録された紙の巻き物が所蔵された収納棚があり、そのカタログにはガーシュウィンの自演もあった。スタッフさんがデモ演奏を聴かせてくれた。公式の動画があったので貼っておく。

昨年のブルーノート東京のワンマンライブの楽器の一つにSPIRIOを採用していた角野氏。自動演奏を取り入れたパフォーマンスは配信にて体験していたが、実際の演奏は想像以上の迫力とリアリティー。思い切って聴きに行ってよかった。

角野氏が愛猫のために書き下ろした大猫のワルツ、ラプソディー・イン・ブルーのオーケストラver、独奏ver、ロール式自動演奏ピアノのデモ、ブルーノート東京でのSPIRIOを用いたパフォーマンスの動画をそれぞれ下記に。

以上ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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