悪夢

ぶおん、ぶおん、と低く暗い音がする。
それはクラモが口から闇を吐き出す声。
吐き出された闇は丸くふわふわと空間を漂い生き物の身体に着地する。
闇に着地された生き物は闇と触れたところからズブズブと腐ってゆき、どろけてなくなる。


忠孝がそれに触れたのは高3の冬のことであった。
しんしんとセンター試験への緊張が形になってきた塾帰り、夜11時を回っていた。
まだ塾の明るいLEDと友達の また明日な~、という声が感覚にこびり付き夜の闇を拒んでいる。

どちらかといえば田舎な方、静かな夜道、自分一人のスニーカーがコンクリートの砂利を蹴って歩いていく。
等間隔の街灯がチカチカと命の終わりを主張している。
きっと春には新しい灯が、それこそ新しいLEDなんかが灯っているのだろう。
その時にはもう塾には通っていないだろうから電灯のことは知らないな、などと考えながら1人で歩きスマホをしながら家まで約10分の道を歩く。
歩道のガードレールに沿って歩き、たまに障害物を確認しながらまたスマホに視線を落とす。
家までの最後の電灯で前を確認したとき、視界の端で何かが動いた。電灯の覆いきれない端の暗闇に紛れて何かが動いた。野良猫でもいるのだろうと思いそのまま進もうとした。
だが視界の端で動いていたものが音も立てず街灯の光の下へとふよふよと出てきたのだ。
それは自分の胸ほどの高さ、道の真ん中でふよふよと留まりまるで自分がその道を通るのを塞いでいるようだ。

家まであと15歩ほどなのだ。こんな訳の分からないススワタリみたいなのにからまれるなんてごめんだ。もうすぐセンター試験を控えているんだしこんな訳の分からない幻想は放っておけば良いのだ。見えない振りをして家に入って寝てしまえばいつも通り明日が来るだろう
何事もよく分からないものに関わるといけないのだ。

だがその思いも虚しく忠孝が黒いフワフワを 横切る時、風呂に浮く毛が体にまとわりつく様にすっと忠孝に吸い寄せられ学ランの鳩尾あたりに付着した。
忠孝は反射的にスマホを持っていない左手でそれを叩いた。すると叩いた左手にも黒い煤が移り、さらには煙のように空気中に広がる。
とにかく家に入ろうと前を見るも何故か空気中に広がり続ける煤に視界を遮られもはや右も左も分からない
黒い煤の付いた左手は闇に紛れて存在を確認出来ない。
スマホを持っていたはずの右手も何もかもがどこにあるのか分からない。
何もわからずパニックに陥っていると暗闇の中でどんどん分からないことが増えていくことに気が付く。
今日の塾の授業の内容や友達の名前、更には家族や自分の名前まで分からなくなっていく。
忠孝は声を上げた。必死に助けを求める声を、この際多少近所で頭のおかしい青年だと噂されようと構っている暇はない。だが、なんと叫べばよいのか分からない。言葉をも分からない。
どっちを見てもどっちに歩いても暗闇しかない
さっきまで家の前の細い道にいたはずなので5歩以上歩けばどこかにはぶつかるはずなのだが手を伸ばしても転がり回っても何にも触れないのだ。

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