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あの日に戻って

 たとえば、このからっぽを満たせるのがあなただけだとするなら、二度と満たされることはないのかもしれない、なんて。そんな絶望をしている。はじめから希望だってなかったのに、失った痛みを語るみたいに、こんな言葉をこぼしている。

 初めて会った日、感じたこと全部忘れたくなくて、ラブレターみたいな日記を書いたこと。好きだという気持ちに蓋をし続けて苦しんだこと。恋を自覚して、あなたを思い返しては何も手につかなかったこと。もう寝てますか、なんて一言を送る勇気が出なくて夜中にじたばたしたこと。涙が止まらない夜に、その優しさに救われたこと。自分の恋心を許せなかったこと。あなたがくれた音楽をずっと聴いていたこと。今も聴いていること。不用意な発言で喧嘩をしたこと。夜中にくだらないやり取りを何度もしたこと。二度目に会った日、目の前で笑う姿に泣きそうになったこと。チョコレートひとつ可愛く渡すことも出来なくて悔しかったこと。本名を呼ばれて本気で照れたこと。終電に乗りたくなかったこと、少しでもそばに居たくて乗換駅を変えたこと、本当は触れたかったこと。別れ際何度も振り返ったこと。どうしても隠してはいられなくて、本命チョコですとLINEをしたこと。嫌われていないか不安だとついこぼしてしまって、傷つけてしまったこと。

 分かっている。全部全部全部、一方的な思いと勝手な幸福だったことくらいは。もちろん付き合ったりはしていない、ただの片思いだったのに、思い返しては戻りたいと思ってしまうほど愛おしい、たった3ヶ月足らずの思い出。遡るほど今の自分が惨めに見えて悲しくなる。何も言わなければよかった。ずっと誤魔化したまま、まやかしの幸福を享受していればよかった。それでよかったのに、もしかしたら、なんて手を伸ばしてしまったから、そのまま足を踏み外してしまった。

 好きだって知っているくせに、なんて醜いことを思ってひとりで悲しくなってしまうのは、ただ私がこの感情を隠し通せなかったから。知ったからといってあなたがどうにかする必要なんてなくて、私が困らせてしまっただけ。無駄な期待を生むくらいならやっぱり恋情なんて無駄で迷惑なものでしかなかった。いつかあなたは「余程嫌いな人からでなければ好意は嬉しいもの」と言っていたけれど、どうですか、私の好意は本当に嬉しかったですか。

 嫌ってなんかいないのに、と悲しそうにしたあなたがいたから心が保てていた。でも慈悲だなんて言われたらもう立ち直れなかった。冗談だと言われるならそれまでで、だけどそんなことを言えてしまうほどの存在でしかなかったということでしかないし、今や迷惑な存在でしかないのならそれでも仕方ないのかな、なんて、悲観的になることも、もう許されて良いのかな。

 あなたの考えがひとつも分からなくて、いっそ何も無かったことに、と思ってしまうけれど。それでも恋愛対象である以前に人として大好きだったからこそこれを壊してしまうのはあまりに苦しくて、だから、気持ちに蓋をすることで何とかやり過ごしている。

 本当はあなたを幸せにしたかった。それなのにずっと嫌な思いをさせてごめんね。

 もうやめます、忘れます、なんて言えたらどんなに楽だっただろう。未だに忘れられそうにないこの感情をどう消化すべきか、悩み続けている。あなたはもう、私のことなど忘れているのかな。

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