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銀河フェニックス物語 <番外編>  おすすめ家電 ショートショート

 宇宙船フェニックス号は『銀河一の操縦士』であるレイターの家だ。
 彼の住居登録は将軍家の『月の御屋敷』にあるけれど、行く先々の星の駐機場を借りて船で暮らしている。駐機代は経費になるから、安上がりなのだという。

 そんなフェニックス号は生活空間が充実していて、居心地がいい。というのも、この船を管理するホストコンピューターのマザーは、宇宙船メーカーに勤めるわたしが驚くほど優秀だ。

 掃除、洗濯はもちろん、飲みたいと思った時にコーヒーが出てくる。しかも、疲れた時には甘く、砂糖の量まで間違うことがない。

t23@2色@2紅茶半袖

 意思を持って生きている一流の執事ではないか、と勘違いしてしまうほどだ。

 初めてフェニックス号に乗った時にレイターに聞いてみた。
「これ、どこのメーカーの船なんですか?」
「さあ、拾ったからよくわかんねぇんだ」
「拾ったってどういう意味ですか?」
「文字通り、拾ったんだよ。銀河警察にも届けたけど落とし主が現れなかったから、俺の船になったんだ」

 将軍家のアーサーさんによると、この船は全く未知の文明によって作られた難破船らしい。砂漠に埋まっているところをレイターが掘り出したという。

向き合い

 レイターが「お袋さん」と呼ぶホストコンピューターは元々この船に積載されていた情報処理機で、それをレイターが大改修して機器や家電とリンクさせたものだと聞いた。

 特に、レイターの部屋に設置してある4D映像システムはすごい。
 彼は散らかし魔で、部屋の中は物であふれかえっているのだけれど、この4Dシステムを起動させると、その汚いすべてが覆い隠されて映像の世界へと引き込まれる。 

 このハイグレードなおすすめ家電は、常に最新の製品にアップデートされている。下取り、というかレイターが手を加えた旧製品は高く売れるらしく、ほとんど買い替えにお金がかかっていない。
「いや、俺の手間賃がかかってるぜ」
 とレイターは言う。

 このシステムで観戦する宇宙船レースは素晴らしい。

 4D機能が起動すると宇宙に浮かびながらレースを観ているように錯覚する。空間にウインドウがいくつも開けることができて、自分が見たい動画を見たい場所にセットできる。
 最高峰のS1レースを観る時、わたしは、推しの『無敗の貴公子』エース・ギリアムの搭載カメラを目の前に開く。

前目真面目

 エース目線とヘルメット姿のエースを映したものの二つを並べる。エースの息遣い、エンジン音がわたしを興奮させる。
 没入感足るやわたしとエースが一体となってS1機を操縦しているかのようだ。

 そのエースが引退してしまった。エースロスだ。

 この高機能な4D映像システムで、宇宙船レースしか見たことがない。

「ねぇ、これで、流行りのドラマとか見たらどうなのかな?」
「先週、面白いの見たぜ。その世界に入り込んで、すっげぇ迫力だった」
「へえ、それは、見てみたい」

 レイターがシステムを操作した。
「ほれ」
 部屋が一気にうす暗くなり、映像の世界へ引き込まれる。宇宙の闇とは違う。
 ポトンッ、ポトンッ。
 水の滴る音と合わせて、身体の底に響くような不気味な低音の音楽が流れ始めた。銀色のチョウが目の前をひらひらと横切る。嫌な予感がする。

「グフェゲッツ」
 喚き声とともに目の前に何かが飛び出してきた。人にもカエルにも見える怪物。ギョロリとした目が合うと牙のある口を開けて襲ってきた。
「キャアアアアアッツ」
 叫びながら隣にいたレイターをつかんだ。と思ったら、そこにいたのはスーツを着た会社員で、身体が怪物に食いちぎられている。
「ひ、ひぇぇ」
 血飛沫が飛んでくる。
「すげぇ迫力だろ」
 レイターの声が浮いて聞こえる。
「助けてぇぇぇ」
 登場人物が救助を求める。わたしも助けを求めたいのに声が出ない。目をぎゅっと閉じて耳をふさいだ。

 パッと部屋が明るくなった。
「おい、お袋さん。勝手に映像切るなよ。あん?」

 震えるわたしをレイターが驚いた顔で見ていた。
「ティリーさん、大丈夫か?」
「う、うん」
 まだ胸がバクバクしている。
 ホストコンピューターのマザーはレイターとは別の勝手な判断で動く。おそらく、わたしを助けてくれたのだ。
「あんた、怖いの苦手なのかい?」
「こ、これ、あ、あれでしょ、ちょ、蝶々」
「銀の蝶が舞い降りた」
「それよ。今、一番怖いって話題のホラー動画じゃないの、無理無理無理無理無理……」
 わたしは細かく首を振った。恐怖モノ特にスプラッターは苦手。しかも、この4Dシステムはリアル過ぎて、まだねっとりとした感覚が身体に残っている気がする。

「このオープニングよくできてるだろ。けど、所詮は作りもんの娯楽じゃん」
「こんなの娯楽じゃないわよ」
「あんたが読んでるミステリーだって、バンバン人が死んでんじゃん」
「ジャンルが違うの。それに、本なら脳内で耐えられる範囲に変換できるもの」
「ふ~ん、現実の方がよっぽど怖ぇのにな」
 レイターが口にすると言葉が重い。

「でも、ティリーさんの弱点を知って、いいこと思いついちゃった」
 と言いながら4Dシステムを操作した。

 また部屋が暗くなる。
「グフェゲッツ、ダッツ」
 怪物が目の前にいた。さっきの続きだ。レイターったら何てことをするのよ! 刃物のような爪がわたしに向かってくる。

「キャー」
 思わずレイターに抱きついた。

ハグレイターにやり

「いやあ、楽しいな。ティリーさん可愛過ぎ。俺が守ってやるから続き見ようぜ」
 わたしの彼氏は、どうしてこういう子どものような意地悪をするのか。推しのエースならこんなことは絶対しない。

「人の嫌がることはしないの!」
 腹が立ってレイターから身体を離すと、また、化け物が寄ってきた。
「キャー!」
 恐怖には人の力を増幅させる何かがある。目を閉じて力いっぱいひっぱたく。

 パシーン。

 すごい、4Dシステムってこんなにリアルな感触だっただろうか。気持ちのいい音共に、手に痛みが走る。

「痛ってぇよ」
 恐る恐る目を開ける。

平手打ち@驚き

わたしは思いっきりレイターの頬をひっぱたいていた。 (おしまい)


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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」