見出し画像

銀河フェニックス物語【少年編】第十二話 図書館で至福の時間を(まとめ読み版)

 戦艦アレクサンドリア号、通称アレックのふね
 銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこのふねは、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。

銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十一話「情報の海を泳いで渡る」
<少年編>マガジン

「俺も行くぅ!」
 とレイターが大きな声を出した。

「僕が行くのは図書館だ」
「だから、俺も図書館へ行きてぇんだよ」
 アレック艦長も不審な目でレイターを見た。
「図書館が何をするところかお前、知ってるのか? 本を読むところだぞ」
「馬鹿にすんなよ。知ってるさ」
 こいつ、読書が嫌いなくせに。
「アーサーには資料を探す任務で行ってもらうだけで、他に寄り道もしないぞ」
「わかってるよ、俺はと・しょ・か・んへ行きてぇんだ」
 レイターが強調する。艦長は仕方ない、という顔で僕を見た。
「まあいい、図書館の利用法を知っておいて損はないからな」

 嫌な気分だ。レイターに図書館のマナーを教えろということか。こいつは「本を読むと目が悪くなる」と言って、マンガと銀河航法概論以外の書籍を手にしているところを見たことがない。これから行くところにマンガの所蔵はない。

 図書館へ出かけるのはアレクサンドリア号に乗艦してから初めてだ。軍服から私服に着替える。
「随分、ご機嫌じゃん」
 鼻歌を歌っている訳でもないのにレイターは鋭い。
「別に」

 大半の蔵書はオンラインで請求できるが、中には許可されない資料がある。複製禁止の書面を閲覧して記憶し再現するのが今回の僕の任務だ。浮かれている場合ではない。

 図書館へ入るところでレイターが聞いた。
「なあ、俺、書庫から借りてぇんだけど」
 書庫? こいつ、目的があってここへ来たのか。レイターが図書館の使い方を把握していることに驚く。
 開架の本とは違い、身分証明が無くては借りられないが、レイターは今、死人扱いになっている。入口のカウンターで僕の利用カードを使い紹介者カードを作った。本を破損したり紛失した場合には連帯責任を負わされるが、仕方ない。
「本は大切に扱うんだぞ。盗んだりするなよ。おかしなことになったらお前をここへ置いていくからな」
「わあってるよ」
 レイターはカードを僕からひったくると、くるりと背を向け足早に動きだした。走ってはだめだ、と注意しようとして気が付く。レイターは絶妙の速度で館内を歩き抜けていく。あいつ、図書館をよく知っている。

 それにしても何をする気だ。あわてて僕は追いかけた。

 着いた先はモニタールームだった。肩から力が抜ける。書籍ではなく視聴覚資料か。本を嫌いなあいつが図書館へ来たがった理由が腑に落ちた。

 自動カウンターではなく司書がいるカウンターへ直行した。自動カウンターの使い方を知らないのだろうか? それとも、司書が若い女性だからか?
「S1レースの百六十八から百七十二まで貸してください」
 と利用カードを手渡す。百六十八から百七十二。ちょうどレイターが裏社会の帝王のダグの手から逃げ回りだした時期からだ。
「はい、どうぞ」
 司書が利用カードに権限を付与してレイターに返した。
「ありがとう」

 にっこりと天使のような笑顔を振りまく。
「あのね、教えてほしいんだ。お姉さんみたいにきれいに見える機械はどれかなぁ?」
「ま、おませさんね。こっちよ」
 気をよくした司書が映像ルームへと招き入れブースへと案内した。
 あいつ、図書館のことを熟知している。再生プレイヤーは納入年次によって性能にばらつきがある。初めて来る図書館では司書に聞くのが一番だ。

 三時間のレースを五本借りていた。帰りまでに見終わらないんじゃないか。まあいい。これで静かにしていることはわかった。僕は僕の仕事をしよう。

 大量の書物に囲まれる静謐せいひつな空間が僕を呼んでいる。独特の甘い香りを思いっきり吸い込んだ。

 子どもの頃から図書館が好きだった。
 自宅である『月の屋敷』にも大量の紙の書物が保管されていたが、図書館は桁違いだ。広い空間に溢れる蔵書に囲まれていると自分の生物学的寿命に比べて情報の海が広すぎることを痛感する。

 この図書館にあるすべての内容を電子チップに入力にすれば、物理的には片手に収まってしまうだろう。
 だが、紙に印字され本として可視化されているからわかる。その情報量の膨大さ。自分は世界のことを何も知らないということが。

 目当ての資料を申請して閲覧用個室に入る。

 分厚い紙の束が机に置かれていた。地方星系ガダガの政務会議議事録。辺境のガダガでは我が連邦とアリオロン同盟のどちらにつくかで内戦が勃発した。
 議事録の概要版は情報ネットに公開されているが本文はあがっていない。この図書館では学術用に議事録詳細版の閲覧が可能になっていた。複製は不可だ。資料を一ページずつめくって覚える。僕は一目見れば記憶し忘れることはないが、物理的に見るという作業には時間がかかる。
 概要版では明かされていなかった発言者の実名を見落とさないようにする。

 防音ブースでは紙のすれる音が存在感を持って迫ってくる。
 デジタルスクロールより紙に触れる方が僕は好きだ。ページごとの触感の違いが記憶とリンクするのかも知れない。

 ガダガにおける戦況はよくない。現在の後方支援から、いずれは連邦軍本体の介入が必要になりそうだが、議事録を見る限り連邦支持派の現政府も一枚岩ではない。

 同じ姿勢で読み続けたせいか身体がこわばっていた。首を回して血流をうながす。
 疲れた。資料は読み終えたが、必要とする情報を後で書き起こさなければならない。

 レイターはモニタールームでおとなしくしているだろうか。
 ブースをのぞくと姿が見当たらなかった。あいつ、どこへ行った。きょうは面倒はごめんだ。
「S1のレース動画を借りた少年を知りませんか?」
 司書の女性は笑顔を見せた。
「あら、お友だち? 彼なら中央閲覧室へ行きましたよ」
 友だち、という聞き慣れない言葉に身体が硬直する。僕らはそういう関係性に見えるのだろうか。友だちではありません、と否定したい気持ちをこらえて礼を伝える。

 レイターの奴、大量のレースをどれだけの倍速で観たのだろうか。
 館内で問題が起きているような騒がしさはない。しかしあいつはトラブルメーカーだ。

 足音を立てないように中央閲覧室に入る。天井が高く荘厳な雰囲気は宗教施設を想起させる。
 大きな机の周りに、社会人、学生、子どもたちが一列に腰掛けそれぞれが本の世界に浸っていた。

 その中にレイターは溶け込んでいた。あまりに自然な様子に、思わず見落とすところだった。

 本嫌いの彼が熱心にページをめくっている。一体何を読んでいるのだろうか。僕はそっと近づいた。

 レイターの背後から読んでいる本を見て
「ほぅ」
 思わず僕は小さな声をあげてしまった。

 僕に気づいたレイターは、振り向きながらあわてて本を隠そうとした。隠す必要などないのに。彼が読んでいたのは『宇宙航空概論』のサブテキストだった。
「後ろからのぞくな。卑怯者」
 ひそめた声でレイターが文句を言う。僕は口に人差し指をあてて制した。

 レイターが開いていたページを思い出す。関数がちゃんと理解できないと難しいところだ。確かにレイターにはサブテキストが必要だ。

 図書館の外は公園になっている。ちょうど子どもたちが自宅へ帰りだす時間だった。歩きながらレイターに話しかけた。

「君は図書館の使い方をきちんと把握しているんだな」
「あん? だって俺、図書館で育ったようなもんだぜ」
「図書館で?」
「母さんが勤めてたコミュニティーセンターにゃ託児施設があって、母さんが働いてる間、俺、預けられてたんだ。あんまり覚えてねぇんだけど、やんちゃ坊主で施設を追い出されそうになったらしい。そん時に母さんが、困ったら宇宙船の本と動画を見せておいてくださいって、職員に頼んだんだってさ。それから俺は併設された図書館に放置されてたわけよ。司書のばあさんがうるさくて、館内で走るとレース映像を貸し出してくれなかったんだ」
 そういうことか。幼い頃に身についた習慣は簡単には抜けない。図書館でおかしなことはしないだろう。

「この利用カードを渡しておく。航空概論のサブテキストやそれ以外の参考書もオンラインで借りられる。絶対に悪用するな」 
 図書館利用カードをレイターはうれしそうに受け取った。
「あんたいい奴だな。俺が悪用なんてするわけねぇだろが」
「借りたものを複写して売るなよ」
 コピーガードはかかっているが、航空ログを改竄する能力があれば複写は簡単だ。
「ん? あんたって化け物じみてるが、心まで読めんのかよ」    

「ちなみに有料動画は借りられない設定になっているから、必要であれば僕に言ってくれ」
 S1含めレース映像の館外持ち出しは有料だ。こいつにレース映像を与えたらどういうことになるか。母親の言う通りだ。勉強にも仕事にも影響が出ることは必至だ。
「え、えええっつ!?? 将軍家のカードなら全部見られるはずだろが」
 レイターがつかみかかってきた。
 身体をさばいてかわす。
「君は将軍家の人間ではない。悪用したらカードは没収だ」
「ケチ野郎が」
 レイターが思いっきり石を蹴った。

 頭の中に司書が使った「お友だち」という言葉が浮かんだ。
 はたから僕らを見たら、じゃれあっている普通の十二歳の少年に見えるのだろうか。

 自室に戻ると僕は任務の続きをはじめた。
 ガダガの政務議事録。記憶を頼りにキーボードで打ち込みをする。注意深く行わなくてはならない。記憶に間違いはなくても入力ミスは起こり得る。
「あんた何やってんの?」
 レイターがのぞき込んだ。
「仕事中だ。話しかけないでくれ」

「ふ~ん、こいつはあんたが申請したコピー禁止の資料だな。頭に覚えた内容を再現するのは悪用じゃねぇの」
 嫌味な口調が集中力を途切れさせる。
「違法ではない」  
「ふ~ん、法に触れなきゃいいんだ」
 勝ち誇ったかのようにレイターはニヤリと笑った。こいつ何をする気だ。
「公序良俗に反することや、僕が悪用と認めた場合はカードの利用を停止する」
「あんたがルールかよ。ま、将軍家のお坊ちゃんだからな」
 針で指先を突いたような痛み。レイターの言葉に傷ついたのではない。権力を振りかざすような発言をした自分への嫌悪感が跳ね返ってきた。

「それにしてもインチキだよな。あんたって全部暗記できるんだもんな。レース映像も一回見れば覚えられるんだろ。俺なんか、何回も何回も見ねぇとわかんないんだぜ。飛ばしの操縦性、ライン取り、ゲームの流れ、きょうは全然時間が足りなかった。もっとレースが見たかったなぁ。将軍家のカードなら見られるのになぁ」
「……」
 愚痴を無視して作業を続ける。インチキではない。生まれ持った情報処理能力なのだ。不正なことは何もない。なのに称賛の中に妬みの視線を感じながら生きてきた。
「でもさ、あんたは嫌なことも全部覚えてるってことだろ? 辛くねぇの?」
 レイターに構うな。そう思っているのに反応してしまう。 
「記憶を再現しなければいい」  
「それを、自分で選んでんの?」
「ああ」 
「そいつは不便だなあ」
 不便? そんな風に言われたのは初めてだ。他の人は記憶を選択して呼び出せないと聞いた時には驚いたものだ。
「どういう意味だ?」 
「例えば、あんた、お袋さんのことどうやって思い出してんだ? 俺は、よくわかんねぇけど、気がつくと思い出してることがある」
「思い出す必要があれば思い出すさ」
「だろ。思い出すのに必要性なんて必要ねぇのに」
 針が深く刺さる感覚。息を吐いて振り払う。
「……仕事を続けたいんだ。静かにしてくれないか」
「へいへい」

 レイターは自分のベッドに寝ころび、図書館で借りてきた航空概論のサブテキストを読み始めた。
「この公式、前に見たヤツだけど、どうなってんだっけ。ああぁ、いいよなぁ、一回見れば覚わっちまう奴は、やっぱインチキだよな」

 ぶつぶつつぶやいているのが気に障る。
 仕事に集中しなくては。
 まだあと三分の二は残っている。さらに考察も加えなければならない。だが、僕は入力装置のスイッチをオフにした。
「あれ? もう終わったのか」
 問いには答えず、着替えるとベッドに寝ころんだ。

 一度刻まれた記憶は消えない。明日やろうと一年先にやろうと同じだ。きょうは入力ミスをする可能性が高く効率が悪い。

 母の記憶か。
 レイターの言うとおり僕の記憶能力は『不便』なのかも知れない。

 忘却すること、それは通常は退化と認識する。だが、記憶を自分の都合のいいように忘れ、改ざんし美化していく。この自己防衛が退化であるはずがない。
 レイターたちは記憶が進化していくのだ。自らの人生に順応するように。

 僕にはその能力がない。見たものはそのまま保存され、上書きはされない。だから、母が亡くなった時のことは思い出したくない。

 孤独が再現され、僕は押しつぶされそうになる。負の感情と結びついた記憶は制御できずに再現ループに入ってしまう恐れがある。だから、選択して思い出さないようにしている。

 結局のところは無い物ねだりなのかも知れない。
 航空概論を理解するのに四苦八苦しているレイターにとってみれば僕は何の苦労もしていないインチキな奴に見えるのだろう。
 だが、僕もまたレイターをうらやましく思うことがあるということだ。(おしまい)  <少年編>第十三話「銀行へお出かけしたら」へ続く

裏話や雑談を掲載したツイッターはこちら

第一話からの連載をまとめたマガジン
イラスト集のマガジン      

この記事が参加している募集

宇宙SF

ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」