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銀河フェニックス物語【ハイスクール編】 第一話 転校生は将軍家?! まとめ読み版

銀河フェニックス物語 総目次
銀河フェニックス物語 まとめ読み マガジン
・<出会い編>第二十九話「オレとあいつと彼女の記憶」

 あいつと初めて会ったのは、ハイスクール一年生のまだ暑い季節だった。

 長い夏休みが空けて、久しぶりの学校はかったるかった。教室の一番後ろの席からぼーっと空を見上げると、青い地球がぽっかり浮かんでいた。

 オレのクラスに編入してきたあいつは、たまたま空いていたオレの隣の席に座った。
「よろしくな」
 笑顔を見せるあいつに、オレも一応名乗ってあいさつした。

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「オレはロッキー・スコットだ。よろしく」

 あいつのことは転校してくる前から噂になってた。
 なんと言ってもトライムス将軍家の人間なのだ。トライムス将軍家といえば、代々当主が銀河連邦軍の最高指揮官を務めるという、連邦中に響きわたる名士。
 この学校から歩いて行けるところに居宅として『月の御屋敷』と呼ばれるお城を構えている。

 トライムス家にはその跡取りに、オレと同い年でアーサーっていう名の超天才少年がいる。

16少年正面@2

 その天才少年と同い年のみなしごを先日将軍が引き取った、ってことは地元の誰もが知ってる話だった。

 だからそいつが、うちの公立ハイスクールへ転校してくると聞いて、どんな奴なのか、みんな興味を持っていた。

 教師に連れられて、教室へ入ってきたあいつを初めて見た時、意外な感じがした。将軍家って言葉に張り付いている、威厳みたいなものがまるでない。
 背が低くて細っこくて、やたらと幼く見える。もしかして飛び級してるのか?

「俺、レイター・フェニックス」
 しゃべると頭が良さそうには見えなかった。声変わりしてない高い声。

「こんなかわいい女子のみんながいてくれると、学校も楽しそうだな。一つよろしく頼むぜ」

14レイター制服ウインク@

 と、まあとにかく最初から、レイターは女共に愛想が良かった。

「おい、転校生。後で裏山へ来い」
 休み時間にスクールギャングのボス、キーレンがレイターを呼びつけた。
「あん?」
「将軍家だか知らねぇが、でかい顔はさせねぇぜ」

キーレン

 それだけ言うとキーレンは、巨体を揺らして部屋から出ていった。

 レイターがオレに聞いた。
「歓迎会やってくれんのかな?」
 こいつは馬鹿かよ。どう見たってそういう雰囲気じゃないだろうが。

「あいつはキーレンって言って、この学校の番長さ」
「番長?」
「スクールギャングだよ。マフィアの下部組織っつうか、不良の元締めっつうか、とにかく学校で喧嘩が一番強いんだ。行っても殴られるし、行かなくても殴られる。どっちかって言うと、素直に行った方が被害が少ない」
「ふぅ~ん。楽しそうだな。行くの止めてみよ」
 レイターはうれしそうな顔をした。

「おまえ、人の話ちゃんと聞いてるか?」
 オレは心配になった。

 キーレンはガキの頃から体がでかくていじめっこだった。
 腕っぷしが強くて、今年入学すると同時に、スクールギャングの前のボスを叩きのめして番長の座を奪い取った。
 さらに近隣の学校も次々と傘下に治めて、あいつに楯突ける奴はこの周辺には誰もいない。

 キーレンは、自分が一番強いって示しておきたいから、転校生が来るととりあえず一発は殴らないと気が済まない。
 通過儀礼みたいなもんだから、ま、素直に殴られておくってのが賢いやり方だ。
「とりあえず、授業終わったら裏山へ行けよ」
 オレは親切に忠告した。

「やだよん」
「一発殴られるだけですむ」
「やだよん」
「どのみち、痛い目に遭うぜ」
「どうかな?」
 レイターはくすりと楽しげに笑った。  



 結局、レイターは裏山へ行かなかったようだ。

 翌朝、登校したらすぐにわかった。
 キーレンの手下が門のところで待ちかまえていた。

 裏山だったら誰にも知られないけれど、あいつ、みんなの見てる目の前でボコボコにされちゃうぞ。始業時間前の中庭ってのは、教師は職員会議で誰も見ていない格好のリングなんだ。

 オレは二階の教室の窓から中庭を見た。

 キーレンたちに囲まれてレイターが入ってきた。
 大人の中に子供が一人だけ混ざっているみたいだ。
 オレだったら、それだけでびびっちまうのに、あいつは緊張感無くオレに手を振った。
「おはよぉ、ロッキー。おはよぉ、女子のみなさん。俺、レイター・フェニックス。よろしく」

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 あいつは自分の置かれてる立場、ってもんわかってるんだろか。
 教室という教室の窓から生徒が群がって、中庭を見てる。

「こんな立派な歓迎会、ありがとう」
 歓迎会と間違えてるのかよ。
「とくと歓迎してやる!」
 あ~あ、キーレンの怒りのツボを刺激してるよ。

 女共は心配そうな顔をして固まってる。
 でも、誰も教師に連絡したりしない。そんなことしたら後で大変だってわかってるから。

 向かい合ったレイターとキーレンは、身長が三十センチは違う。
 一発殴られて倒れちまうのが一番いい。下手に抵抗するとキーレンの奴、歯止めがきかなくなっちまう。

 中庭も教室内も、緊張で静まり返る。

 もし、ほんとに危険な状態になったら、みんなオレに止めに行けって言うんだろうな。オレとキーレンは家が近くて、ガキの頃はよく遊んだ。

 だから、今もタメ口で話す。
 ああ、めんどくさい。オレが言ったってキーレンは止めないってわかってるのに。 

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 とにかく一発でやられてくれ、とオレは祈った。


「お前の、歓迎会だ!」
 笑ってるんだか怒ってるんだかわからない怖い顔で、キーレンがレイターに襲いかかった。
 女共は目を手で覆いながら、指の隙間から見てやがる。

 と、何が起こったのか、よくわからなかった。

 レイターに触れるかどうか、ってところでキーレンの体が空中に吹っ飛び、ひっくり返った。転んだのか?
 あわててほかの連中がレイターに向かっていく。

 何なんだあいつ。手品を見ているようだ。
 キーレンの手下たちが、バタバタと倒れていく。
 一撃で的確に急所を狙ってる、ってことか。

 十秒でけりが付いた。
「余興はこれで終わりかな?」

15ハイスクール1制服肩かけにっこり

 キーレンは嫌われ者だったから、みんなキーレンに見えないようにしてレイターに拍手を送った。
 やっぱり将軍家の息子は普通じゃない。

 レイターは、息一つ切らすことなく教室へ入ってきた。  

 そのまま何もなかったような顔で、オレの隣に座った。
「お前って、喧嘩強いんだな」
「っつうか、命かかってねぇ喧嘩って久しぶりだったから、あんなもんだろ」
 こいつの言ってる意味が、よくわかんない。   

「お前ってさ、ここへ来るまで、どこにいたんだ?」
「軍艦の飯炊きバイト」
「へぇ、それで将軍の息子に?」
「あん? 俺はジャックの息子じゃねぇよ。ジャックの息子はアーサーって変な奴だ。俺はたまたま、そいつの乗ってる艦で働いてたんだ」

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「天才少年のことは知ってる。だけど、おまえ将軍家に引き取られたんだろ」
「うんにゃ、居候してるだけだ。ジャックには後見人になってもらってるけどな。養子になんてなったら、アーサーの野郎と兄弟になっちまうじゃねぇかよ!」

 レイターは露骨に嫌そうな顔をした。こいつと天才少年は、仲が良くないようだ。

 わかる気がする。
 天才少年のことは、メディアで見るけれど、背が高くて隙の無い大人っぽい少年で、どうみても、こいつと気が合う様には見えない。

 隣の席でレイターは、ほとんど、いや、全然授業を聞いてなかった。

 オレも授業は好きじゃないけど、こいつ、オレ以上にやる気がない。寝てるか、ずっと宇宙船の落書きを書いてる。
 チビだから、前の奴の影になってて教師も気づいてない。

 授業中、レイターはどんな簡単な問題を当てられても「わかりません」って堂々と答えた。そもそも、こいつ質問を聞いてないし。
 教師は困った顔はしたけれど、何も言わなかった。ま、将軍家だからな。特別待遇でも不思議じゃない。

 昼飯は弁当を持ってきていた。
「金は節約しねぇとな」
 将軍家のお手伝いさんが作ってくれるそうだ。レイターは妙に礼儀正しくうれしそうに飯を食った。

 オレは、購買で買った総菜パンを食べながら聞いてみた。
「お前さ、学校に何しに来てんの?」
「決まってるだろ。ハイスクール生活を謳歌するためさ」

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 というが早いか、レイターは女子共と楽しそうにおしゃべりを始めた。

 オレの家は『月の御屋敷』の先にある。レイターとは帰り道が一緒だ。

 授業が終わり、オレとレイターが校門を出ると、キーレンの手下が寄ってきた。
「レイター、悪いが俺と一緒に来い。キーレンが呼んでる」
「来て欲しいなら、自分で呼びに来いっつっとけ」
 レイターは断った。

「た、頼む、お前が来ないと、俺が殴られる」
 手下の泣きそうな顔を見ると、レイターはちょっと考えて
「わかった」
 と答えた。

 オレは行きたくなかったけど仕方がない。後からついていった。
 そこはいつもの裏山だった。

 うちの学校の生徒だけじゃない、キーレンを中心に三十人ぐらい、柄の悪そうな奴らが集まっていた。一目でスクールギャング、ってレッテルを貼って間違いない奴らだ。

「朝は油断したぜ。よくも恥をかかせてくれたな」

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「あんたが勝手にかいたんだろ」
 また、こいつキーレンの怒りのツボを押してる。 

「ロッキー、後ろに下がってろ」
「い、いやオレもここにいるよ」
 オレは強がった。

 オレは喧嘩は強くないが、サッカー部で鍛えた逃げ足には自信がある。
「じゃ、けがしねぇように気をつけな。あいつら武器持ってるから」
 よく見るとキーレンの手にはナイフが、ほかの奴らも木刀やら鉄パイプやら、危なっかしいものをみんな手にしてる。

 や、やばい。オレは青ざめた。  

「このチビ!」
 キーレンの手下が木刀でレイターに襲いかかった。

 レイターが、すっとかわしながら蹴りを入れる。
「チビっつうな」 
 手下は地面に倒れたまま動かなくなった。

 オレは少しずつ後ろへ下がった。

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 悪いが、オレには一緒に戦うだけの能力はない。逃げないのが精一杯の抵抗だ。

 ほかの連中も武器を使って、次々と攻撃を仕掛ける。
  
 チビだし素手だし、どう見ても、よってたかってレイターをいじめているようにしか見えないんだけれど、あいつの動き、普通じゃない。カンフー映画みたいだ。

 相手の動きを見切ってる、っていうのか、一人、また一人と倒れていく。

 キーレンがあせってる。
 ナイフを取り出して、レイターの背後から狙うのが見えた。

 オレは叫んだ。
「レイター、後ろ!」

 レイターは振り向きざまに、キーレンの手首をつかんで捻った。

 あいつ、身体が柔らかい。自分の頭より上に足が上がる。
 そのまま、キーレンの顔面に蹴りを入れる。

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一瞬の出来事。

 キーレンが鼻血を出して倒れた。
 そのままキーレンの腕をねじあげて背中の上で踏みつけると、レイターはキーレンの首筋に取り上げたナイフをあてた。
 レーザーナイフだ。

 キーレンのうなじあたりの毛が、じりじりと焦げて煙があがる。

「苦しんで死ぬのと、苦しまないで死ぬのとどっちがいい?」

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 抑揚のないレイターの言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。

 こいつ、何の迷いもなく平気で人を殺せるんじゃないか。
 そう思わせる空気がそこにあった。

「や、やめろレイター」
 オレはかろうじて声を出した。

「あん? ロッキー。俺はただ質問してるだけだぜ」
 口調はやわらかかったが、緊張感は溶けない。

 レイターはレーザーナイフを手のひらの上でくるくると回した。

 一体、どうやってキーレンの身体を押さえつけているのだろう。体重はキーレンの半分ぐらいにしか見えないのに。

「じゃあ、次の質問。キーレン、あんた『番』を俺に譲る気あるか?」
「ゆ、譲る」
 キーレンが絞り出すようにして答えた。

 あのキーレンが、ライオンに捕まった小動物のようだった。どうあがいても勝てない。格の違いが周りにいる全員にも伝わる。
「譲るって言われても、いらねぇんだけどさ」

 おいおい、言ってる意味がわかんないぞ。
 レイターは押さえつけたままキーレンのポケットをまさぐると、レーザーナイフの鞘を抜き取った。
「ま、譲られてやるよ。その代わり、意味のねぇ喧嘩はするな。このナイフは証文の代わりにもらっとく」
「わ、わかった」
「わかりゃいいんだ」
 レイターは立ち上がった。

「あと、手下を殴るな」
 転がっているキーレンのわき腹を軽く蹴ると、レイターはオレたちを呼びにきた奴をチラリと見た。
 キーレンに殴られたら俺に言え、って目で言っていた。

 レイターは『番はいらねぇ』って言いながら、完全にキーレンの裏番におさまった。
「さってと、行こうぜロッキー」
「あ、ああ」
 オレたちは裏山を後にした。  

「すごいな、お前」
「いやいやロッキー、あんたのおかげだ。さっきはありがとな」
 レイターが頭を下げたので、オレは驚いた。
「な、なんだよいきなり」

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 「俺の命、救ってくれたじゃん」

 命を救った? 
 喧嘩の時に「後ろ」って声をかけたことか?

「このナイフ、かなりの上モノだ。やばかったぜ」
 鞘にはいったままのレーザーナイフを取り出した。こいつ、ほんとに修羅場をくぐってる。

「なあ、おまえの乗ってた艦って、どこにいたんだ?」
 オレの質問にレイターは考えながら答えた。
「う~ん、どこって、ぐるぐる回ってたんだ、前線を」
 前線……

 オレたちの銀河連邦とアリオロン同盟は戦争中だ。と言っても、学校では『見えない戦争』って習った。
 武力衝突が起きるのは、銀河の外の戦闘緊張地帯だけだ。その前線か。

 こいつ、さっき、
「苦しんで死ぬのと、苦しまないで死ぬのとどっちがいい?」
 ってナイフ突き付けてたよな、人を殺したことがあるんだろうか?
 いや、飯炊きのバイトは戦闘にはいかないよな。

 番長のキーレンが、ちょっとだけおとなしくなった。

 レイターがキーレンの裏番についてる、ってことはあの裏山にいた奴らしか知らない。けれど、みんなわかっていた。
 暴れたキーレンを止めたいなら、オレじゃなくてレイターに言えばいいってことを。

 ある日の学校帰り、レイターから聞かれた。
「この辺のゲーセンでさあ、宇宙船レースやるならどこがいい?」

 オレも含めて、ハイスクールの男子は繁華街のゲームセンターでたむろしている。
「タウンエイトのパロパロかなぁ。あそこは最新機種の入れ替えが早い。行くなら案内するぜ」
「頼む。もう一つ頼みがある」
「何だい?」
「金、投資してくれ」
「投資?」
「元本はほぼ保障する」
「いくらだよ」
「二百リル」
 要するにゲームの元手がないから貸せ、いや、くれってことだ。

「ったく、しょうがないなぁ」
「ヤッター! 感謝するよロッキー、ありがとう」

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 レイターは、それはそれはうれしそうな顔をして、オレの手を握った。

 二百リルでここまで感謝される覚えもないが、こいつにとっては大事なことらしい。

 そのままレイターとゲーセンのパロパロに寄った。

 電子音がうるさい店内で、コインを買う。
 レイターがやりたがっている宇宙船レースは、コイン二枚で一回できる。二百リルだ。完走すればコインが二枚出てきて、もう一度ゲームができる仕組み。 
 けど、簡単には完走できない。

 この前来た時と、コースが変わっていた。

 どうやら最新ソフトに入れ替えられたようだ。
 新しいコースは面白いんだけど、初めのうちは攻略方法がわかんなくて、最初のチェックポイントも時間内にクリアできない。
 

 レイターに気前よく二百リルおごったけど、あいつ、次々とオレにたかる気じゃないだろうな。あいつに脅されたら怖いぞ。
 なんせ裏番だ。

「俺、『銀河一の操縦士』になるのが夢なんだ。一号機もらった」
 レイターはうれしそうな顔で、操縦席に乗り込んだ。
 銀河一の操縦士、って、こいつガキかよ。

 オレは隣の二号機の操縦席に座った。
「じゃあロッキー、行くぜ」
「OK」
 ほかに誰もいない。オレとレイターの勝負だ。  

 スタートランプが消えると同時に、オレは船をスタートさせた。

 隣のレイターの奴、最初からめちゃくちゃ飛ばしてやがる。あっと言う間に置いて行かれた。

 このコース、初めてじゃないのか? 
 あんなペースで飛ばしたら事故るぞ、って他人のことを気にしてる余裕はオレにはない。オレの腕前はそこそこだ。

 早いところチェックポイントを通過しないと、ゲームが終わる。

 よし、最初のレース街道を抜けた。
 次は小惑星帯だ。げっ、前のバージョンより惑星間が短い。よけらんない。

 気がついたら小惑星に激突していた。

 あーあ、ゲームオーバーだ。
 ま、初めてにしてはよくやった方じゃないの。

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 レイターはどうしてるだろう。
 一号機をモニターに映す。
 マジかよ? あいつ、もうとっくに小惑星帯の先の流星群も抜けてる。

 その横に、もう一機飛んでいた。そんなバカな。

 ゼロ号機だ?!
 ソフトに内蔵されてるゼロ号機と競り合ってる。

 この目で初めてみた。

 トップスピードで飛んでいるとゼロ号機が出てくる、ってことは知ってるし、情報ネットで見たことがあるけど、街のゲーセンで出たなんて話、聞いたことがないぞ。
 ゼロ号機が出てきて完走したら、コインが何枚出てくるんだっけ?

 しかも、もう最終コースへ入ってる。
 す、すげぇ。
 ゼロ号機が振り切られそうだ。レイターの奴、めちゃくちゃ上手い。
 ゼロ号機に勝つと、すごいことが起こるって伝説がある。

 何が起こるかは情報ネットにもあがってない。
 もしかしてその瞬間が見られるかも知れない。オレはモニターを凝視した。

 こいつ『銀河一の操縦士』とか言ってたけど、とりあえず『銀河一のゲーマー』かよ。

 うわっ、横から事故船が突っ込んできた。レイターは、きれいにかわしたけどゼロ号機に抜かれた。 

 そして、ゼロ号機がゴール、レイターは二着。
 伝説の瞬間は見られなかったけど、完走だ。す、すげえ。

 操縦席からレイターが降りてきた。

 コインがじゃらじゃらと十枚出てきた。
 レイターは二枚だけ抜き取った。

「ロッキー、あとはやるよ」

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「え? いいのか」
「これで投資回収できただろ」

 あ、ああ。そんなことより俺は興奮していた。
「お前。ゼロ号機見たか」
「見た、っつうかバトルしてただろがっ。あんたに元本保証するっつったから、ゼロ号機抜くの止めたんだ」
「へ?」
「最後、事故船が突っ込んできて、ゼロ号機に抜かれただろ」
「ああ」
「あの後、追い越しかけようか悩んだんだ」
「どうして?」
「追い越すと、さらなるアクシデントが襲ってくるから、完走できねぇリスクが高まる。自分の金ならいいが、あんたの金だからな、安全策をとったんだ」
「お前、ゼロ号機、抜いたことあるのか?」
「あるぜ」
「どうなるんだ?」

 レイターはニヤリと笑った。
「ヒ・ミ・ツ」
「そんなことを言うと、もう金貸さないぞ」
 その一言で、レイターは手のひらを返したようになった。
「悪い、許してくれ。この二枚でゼロ号機抜くから、明日からもよろしく頼む」
 そう言ってあいつは、もう一度一号機に乗り込んだ。

 すごいな、こいつの操縦は。
 ゲーム実況あげたら、とんでもないことになるぞ。
 そして、言葉通り、レイターはゼロ号機を押さえて一着でゴールした。

 伝説の瞬間だ。

 モニターの立体画像が三次元化した。WINNERの文字がカラフルに点滅し、激しい音楽と共にコインが出てきた。
 三十枚ある。

 でも、それで終わりだった。

「伝説ってこれだけかよ」
 オレは肩透かしをくった気分だった。     

「そうさ。ゲームメーカーはあおってやがるが、あんまり大したことじゃねぇ。このコインの有効期限が延びるとかなら、もうちょっとマシだがな」
 コインには有効期限がついている。十二時間しか使えない。
 きょう使い切らなきゃ意味がない。

 レイターは二枚抜いた。
「あとはやるよ」
 なんだかんだ言って、オレにとってはうれしいコインだ。

 だが、レイターにとってはほとんど意味がない訳だ。完走すれば、二枚出てくるのだから、いつまでもゲームが続けられる。

「おまえ、目をつぶってても完走しそうだな」
「今度は完走できるか、わかんねぇよ」
 そう言いながら、あいつはまた一号機に乗り込んだ。

 どういう意味だろう。

 スタートさせた船を見て、その理由がわかった。
 最初からエンジン全開だ。めちゃくちゃ飛ばしている。

 さっきもびっくりしたけど、その比じゃない。多分、あいつの狙いはラップの更新。
 相手はゼロ号機じゃない。自分との戦い。

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 それにしても、すごい集中力だ。

 と、小惑星帯で翼がこすった。
 レイターの船がきりもみ状態になる。

 あ~あ、あいつでも、あの速度で突っ込んだら事故るんだ。

 レイターは体勢を素早く立て直して、コースへ戻った。
 オレが驚いたのはあいつの真剣度だ。遅れを取り戻そうと、さらなる加速をかけている。

 これゲームだぜ、失敗したらクリアして最初からやり直せばいいのに。
 コインはたっぷりある。あのミスじゃラップは更新できない。

 なのにあいつ、勝負をあきらめてない。必死になってる。凄い形相だ。
 ヒリヒリする緊張感が俺にも伝わる。

 これは、遊びじゃない。
 訓練、って言葉が頭に浮かんだ。

 ゲーセンで使う最初の二百リルは、毎回オレが貸した。というか、あいつは倍以上にして返してくるから、まさに投資だ。

「お前、金持って無いの?」

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 オレは聞いてみた。
 将軍家からの小遣いは無いらしい。
「必要なものは買ってくれるんだけどさ」
 ゲーセンで遊ぶ金は必要経費とは言えないだろうな。

 かと言って、全くの文無しというわけでも無さそうだ。四年間、艦に乗って貯めたバイト代があると言っていた。
「金貯めてんだ。だから無駄には使えねぇ」
「へぇ、貯めて何に使うんだ?」
「宇宙船買うのさ」
「は?」
 宇宙船って一隻いくらだよ。小遣い貯めて買えるもんじゃないだろが。

 オレはサッカー少年だ。
 足が速くてガキの頃には、地区大会で選手賞をもらったこともあるのだ。

 実は今も、学校の弱小サッカー部のキャプテンを務めてる。
 上手い奴は、みんな地域のクラブチームに入っちまうから、うちの学校のサッカー部は、下手だけど好き、って奴が集まった同好会だ。

 週に二回集まって練習する。その日はゲーセンに行かない。きょうはその練習日だ。

「お前もサッカーやってみる?」
 オレはレイターに声をかけた。    

「サッカーか。いいぜ、暇つぶしにもってこいだよな」

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「暇つぶしだとぉ、言ってくれるじゃないか」
 と文句を付けてみたが、格好悪いことに、その日、部員はレイター入れて十人しか集まらなかった。ゆるゆるなチームなのだ。

「五対五で試合しようぜ」
 レイターが提案した。
 オレたちはすぐにその案に乗った。

 うちのクラブは「楽しくやろうぜ」がモットーだ。オレとレイターは別のチームになった。

 そして、驚いた。

 レイターの奴、むちゃくちゃ上手い。
 ドリブルして走るあいつに、オレが追いつけない。足の速さだけが取り柄のこのオレが……

「ほれ、ゴールだ」
 きれいにキーパーの裏をかく。こいつ絶対にサッカー経験者だ。どうしてこれまで内緒にしてたんだ。
「お前、どこでサッカーやってたんだ」

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「んぱ」
 はぐらかされた。


「おい、ロッキー」
 運動場の外からオレを呼ぶ声がした。
 身長二メートルのハマナだ。地元のサッカークラブのゴールキーパー。ガキの頃は、オレと同じサッカーチームにいた。
 プロを目指しているあいつは『鉄壁』って呼ばれている。

「どうした?」
「彼と対戦させてくれないか」
 と、ハマナはレイターを指さした。ハマナがオレに頼みごとをしたことなんてこれまでにない。
 ちょっと気分がいい。

「いいぜ」
 とオレは了承したが、レイターはぶすっと不機嫌そうな顔をした。
「嫌なのか? 頼むよ。オレの顔を立てると思って」
「俺は背の高い奴が嫌いなんだ。金払う、っつうなら気持ちよくやってやるが」
「もう、ゲーセンで金貸さないぞ」
「やります」

「じゃあ、始めよう」
 オレとハマナは同じチームだ。で、レイターが攻めてくるのを防ぐ。

 レイターの奴、ニヤリと不敵な笑みを見せた。
 ちょっとむかつく。今度こそ止めてやる。

 レイターがドリブルをスタートさせた。今度は追いついた。
 違う、こいつわざとゆっくりドリブルしてる。

 ボールを奪い取ろうとするが、どういうことだろう、まるで触ることができない。足裁きがうますぎる。手品みたいだ。
「ほれほれ」
 笑いながら三人がかりのオレたちの防御をかわしやがる。

 キーパーのハマナが構える。
 レイターがシュートを打った。コースはよくない。ハマナの真正面だ。

 ハマナが腰を落としてキャッチ。したと思ったら、えっ、? 

 ボールが転がった。
 ハマナの手をはじいて、ボールはするするとゴールの中に落ちた。

「イェーイ!」
 レイターは宙返りをして喜んだ。
 オレたちはあっけにとられている。

『鉄壁』のハマナが、あんな真正面のボールをミスするなんて。弘法も筆の誤りって奴だ。    

 オレはハマナに声をかけた。
「お前でもミスすることあるんだな」
「ミ、ミスじゃない」
 ハマナの声が震えている。

 ま、自分から勝負を申し出て負ける、ってのは格好悪いが、こういうついて無い時ってあるもんだ。

 ハマナはレイターに駆け寄った。
「た、頼む。もう一度、今のシュートを打ってくれ。君のシュート、ボールが回転してなかった。僕の手元で急にぶれたんだ」

「無回転シュートか?」
 オレは驚いた。何でそんなの、レイターの奴が打てるんだ?  

 レイターがにやりと笑った。
「いいけど、高いぜ。一本一万リ……」

15紅白戦シャツてあり

 オレはレイターの頭をはたいた。

「昼飯にしとけっ!」
「ちっ、いい金儲けができると思ったのに」
 こいつは金にがめつい。不良から巻き上げるのは許すが、健全なサッカー少年からぼったくるのは、見過ごせない。

 ゴール前のハマナに向けて、レイターがシュートを打つ。
 オレの目にもわかった。普通じゃない。あのボールの回転。

 ハマナが止めようとする寸前でスピードが変化し、ボールが揺れた。
「うっつ」
 ボールがハマナの手をはじいた。
 ハマナだって馬鹿じゃない。身体で止めて前に落とそうとしたのに、すり抜けるようにボールは後ろへ転がった。

 オレはレイターに、さっきと同じことを聞いた。
「お前さあ、一体どこでサッカーやってたんだよ?」

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「あん?」
 もう、はぐらかさせない。
「ちゃんと答えろ。転校前の学校でやってたのか?」

「俺、前の学校じゃバスケ部に入ってたんだ」
 正直驚いた。
「チビなのに?」

 バシッツ

 痛ってぇ。
 オレの頭を思いっきりはたきやがった。

「あんたは一言、多いんだよ」

はたくゆるシャツ

 レイターはめんどくさそうな顔をして答えた。
「サッカーは、ジュニアハイスクールん頃、研修先の体育の授業でやったんだ」
「授業?」
 どんな高度な授業だよ。

「サッカーチーム持ってる王族とかいるだろ」
「ああ、金持ちの王族がオーナーの星系とかあるな」
「政治利用することもあるから、って結構、真剣にやらさせられてさ」
「それと、授業がなんの関係があるんだ? お前、体育の専門学校にでも通ってたのか?」
「そうそう、そんなようなもんだ。主に格闘技だけどな」
「それで、喧嘩が強いのか」
 俺は納得した。

「将軍家の坊ちゃんの身代わりさ」
 将軍家の身代わり? 

横顔2真面目

 こいつの周りには、オレたち一般庶民にはわかんないことが、いろいろとあるんだろう。

 体育の専門学校らしきところに通っていた、というレイターは、体育の授業は真面目に受けていた。
 持って生まれた抜群の運動神経が鍛え抜かれてる、ってのが素人のオレたちにもわかる。チビだから余計に際立つ。

 女子どもはレイターに黄色い声援を送った。気がつくとあいつは学校中の人気者になっていた。

 そんなレイターを各運動部が放っておくわけがない。陸上部やバスケ部のキャプテンが次々と入部の勧誘におとずれた。
 ハマナは自分のサッカークラブに入らないかと、再三レイターをくどいていた。オレには声をかけたこともないのに。

「俺、練習、嫌いなんだ」
 シンプルな理由でレイターは入部の誘いを断っていた。
 オレも練習が好きな訳じゃないが、あいつの才能を無駄にしとくのは惜しい気もする。どうせゲームセンターに入り浸って遊んでるんだ。

「お前、どっか運動系のクラブに入ったらどうだ」
「あん?」
「折角、才能があるんだからさ。もったいないじゃん」
「練習やってる時間がもったいねぇよ。プロになるわけでもねぇんだから」
「時間がもったいないって、どうせ、ゲーセンで時間つぶしてるんだろが」
「ノンノン。俺はあそこで、プロになるための練習してるわけさ」
 確かに、こいつのゲームへの向き合い方は普通じゃない。

「プロゲーマー目指してんのか」
「銀河一の操縦士だ、っつったろが。そうだ、どうせあんたとつるんでるんだから、あんたのサッカーチームに入るよ」
「え?」
「練習、楽そうじゃん」
 まずい、ほかのクラブのキャプテンから恨まれてしまう。  

 レイターは、授業を聞いていないし、宿題もやってこない。
 テストの点も合格点ギリギリで、オレとどっこいどっこいだ。

 でも、こいつ、オレとは違う。
 この間、レイターとハンバーガーショップへ行った時のこと。

 オレはとりあえず宿題の数学の問題集にとりかかった。テストの点が悪いから、これを提出しないと進級に関わる。ゲーセンに行ってる場合じゃない。

 レイターは宿題を出す気は一切ないらしい。携帯通信機で宇宙船レースの動画を真剣に見ていた。

 問題が解けなくて、オレが頭を抱えていたらあいつ、
「ちょっと貸してみ」
 と言って、スラスラとタブレットペーパーに回答を書き出した。

 驚いた。
「おまえ、ほんとは勉強できるのか?」

正面驚く

「あん? 俺は『銀河一の操縦士』になるんだぜ。ま、算数ぐらいできねぇとな」
 と言うと、あいつはまた動画を見始めた。


 レイターは、信じられないことにテストの時も寝ていた。俺にはよく理解できない。 
「おまえ、どうしてテストの時も寝てるんだ?」
「あん? テストって合格点取りゃいいんだろ。それ以上やるの、無駄じゃん」
 無駄? よくわからないが、あいつはあいつなりに考えているようだ。

 返ってきたあいつの数学のテストを見たら、合格点が取れる難しい文章題が一問だけ解いてあった。


 授業中に描いている宇宙船の落書きも、どうやらただの落書きじゃないらしい。
 あれは、物理の授業中だった。

 レイターが落書きに夢中になっているところを、教師に見つかっちまった。 この教師、神経質で生徒の非を理詰めでねちねち攻めてくるから、みんなから嫌われていた。

「レイター・フェニックス。君は何をしているのかね?」
「力学の勉強です」

15ハイスクール1制服にっこり

 あいつは、いけしゃあしゃあと答えた。

「じゃあ、これは何かね?」
 教師はレイターの落書きを、正面のスクリーンに大写しにした。二隻の宇宙船が並べて描いてあった。

 クラス中が小さな声で笑った。レイターがいつも宇宙船の落書きをしていることはみんな知っている。
「私には、宇宙船にしか見えないが」
「そうです。レース用S1機です」
 開き直ってるよ。オレたちは笑いをこらえるのに必死だ。

 レイターだけが、真面目な顔をして教師に聞いた。
「先生に質問です。右の船と左の船。どちらの旋回性が高いと思いますか?」
「君はふざけているのかね」
「ふざけてるわけじゃありません。左の翼は、カロック原理の係数を二次元に置き換えて曲線を描いてみました」
 レイターはなにやら変な式をモニター上に書き始めた。
「ところが、計算式にあてはめても旋回性が上がらないんです。その理由がわかりません」

 レイターが何言ってるのかさっぱりわかんなかったが、教師は宇宙船を見つめて急に黙り込んだ。
「君は将来、宇宙船の設計技師になるつもりかね」
「いいえ」
「まあいい。この問題は宙航力学だけで解けるものではない。あとで教科の部屋に来なさい」
「いやです。今、ここで教えていただけませんか。わからないなら、それはそれで結構です」
 教師の細い目が見開き、眉が怒りで震えている。

 丁寧な言い方だったけど、今のはどう聞いても「あんた物理の教師のくせにわかんねぇのか」ってバカにしてる様に聞こえた。慇懃無礼というやつだ。

 教室中が緊張した。 

 その時、授業終了のチャイムが鳴った。

「勝手にしたまえ。きょうの授業はこれで終わりだ」
 それだけ言うと、教師は部屋を出ていった。

 この一件以来、物理の授業中にレイターが何をしていても、教師は文句を言わなくなった。ただし、レイターは物理でどんなにいい点を取っても、追試を受けさせられた。


 レイターの奴は、どうやら本気で『銀河一の操縦士』を目指しているらしい。

 サッカーの練習が無い日は、二人でゲーセンへ行く。
 あいつは、片っ端から宇宙船のレーシングゲームを制覇していく。

 それにしても、器用な奴だ。

 レイターは、レーシングゲームに限らず、どんなゲームをやらせてもうまい。音ゲーもシューティングゲームも、パーフェクトだ。

 その腕を使ってあいつは、オレの二百リルを元手に夕飯代やら夜の遊ぶ金を生み出していた。

 ほんとは禁止されてるけれど、ゲームで獲得したコインをほかの奴に安く売るんだ。
 闇両替だ。

 店側にばれるとやばい、っつってあいつはちょくちょくゲーセンの場所を移して出没した。
 手慣れている。

 それだけじゃなかった。
「どのゲームでもいいぜ、一万リルで勝負しようぜ」

15紅白戦制服後ろ目笑い手

 あいつはスクールギャングたちを相手に、金を賭けてゲームをした。賭け金は、オレの金だ。 

 その日の相手は、隣町のハイスクールの制服を着ていた。「不良」ってレッテルを張って間違いがないスクールギャングだ。

 そいつらはバトルロイヤルゲームをやろう、って言いだした。相手は三人参加すると言う。それはインチキだろ。三対一かよ。

「いいぜ、生き残った奴が、総取りで三万リルもらえるってことで」
 レイターは問題ない、って顔でオレの一万リルをだした。お前に問題なくてもオレにはあるぞ。

 それにしても、レイターの空間認識能力ってどうなってるんだろう。
 飛んだり跳ねたり走ったりしながらのシューティング。どうして敵に当たるんだ? 

 相手の連携を、みるみる崩していく。
 戦い慣れている、っていうか、こいつ、本物の戦場にいたんだよな。

 金がかかった時のレイターのプレイは、凄みを増す。
 ゲーム開始五分で、三万リルが手に入った。

 *

「女の子誘って、この金で飯食おうぜ」
 レイターは女共と遊ぶのが好きだ。
「いいぜ」

少年ロッキー横顔後ろ目目やや口逆

 街で見知らぬ女子に声をかけ、その場で食事に誘う。つまりナンパだ。

 レイターが誘って、失敗したところは見たことがない。
 背が低くて、幼く見えるから、女どもが警戒しない。

 こいつ、オレと違って門限がないから、しょっちゅう朝帰りしている。「一緒にご飯食べないかい? おごるよ」

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 レイターが屈託のない笑顔で、女子二人組に声をかけた。かわいい部類だ。大人っぽい格好をしているが、おそらく俺たちと同じハイスクールの学生だろう。
「いいわよ」

 四人で繁華街を歩き、食事の店を探す。

 レイターの金銭感覚はちょっと変わっている。
 金を貯めている、って言うだけあってがめついが、稼いだ金を使う時には躊躇しない。
 オレにも気前よくおごってくれる。

 その時、
「おい、ちょっと、顔貸してくれねぇか」
 がたいのでかい、見るからに筋の悪そうな成人男性に声をかけられた。

 マフィアの構成員だ。
 その後ろに、さっき、ゲーセンでレイターに負けた隣町の不良どもの姿があった。

 レイターは女子との楽しい時間を邪魔されて、明らかに不機嫌だという顔で言った。
「確かにあんたの顔、俺の顔がはずせるなら貸してやりたいところだ」
「ば、ばか」
 オレは思わず固まった。

 何、訳のわかんないこと言ってるんだよ。相手がやばい奴だってわかんないのか。
 マフィアが目をむいて怒っている。

「先輩、こいつがシマを荒らしてるんです」
 不良どもがマフィアに声をかけた。この怖い兄さんはスクールギャングのOBってところだな。
 あいつら、さっき負けたことを根に持ってやがる。

「ったく、イカサマやった訳でもねぇのに、ゴタゴタ言うなよ」
 レイターは平然としているが、オレの心臓はドキンドキンと大きな音をたてた。   

 女共も怯えている。
「レディーがびっくりしてるじゃん。ロッキー、あんたは二人を送ってやってくれよ」
 そうだよな、女共二人は関係ない。だけど、
「お、お前どうするんだよ?」
 オレは聞いた。

「ちょっと顔貸してくるさ。あいつの顔じゃ、利子付けて返してもらってもいらねぇけどな」
 こいつ度胸があるっていうより、本当にバカなんじゃないだろうか。
 喧嘩が強いといっても相手が悪すぎる。

「貴様、ぶっ殺してやる!」
 マフィアの怒りはさらに激しくなった。 

 オレは、足早に女共とその場を離れた。

 レイターが言うとおり、この二人を送らなくちゃと思いながら、巻き込まれなくてほっとしている自分がそこにいた。
 心がざらっとする。

「あの子どうなっちゃうの?」
 女が心配している。
 オレが聞きたい。あいつどうなっちゃうんだろ。 

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 あいつの金で飯を食おうとしていたオレも同罪なのに。
 何であいつを置いて来ちゃったんだろ。女共を送るってことにかこつけてオレだけ逃げてきたんだ。
 オレって卑怯だ。

「やっぱりオレ、様子見てくる」

 オレは女どもの元を離れた。
 いざとなったら走って逃げればいい。オレは足は速いんだ。
 自分に言い聞かせながら、元来た道を戻った。 
 もしかしたらレイターが、血まみれで倒れているかもしれない。

 さっきまでいた通りに着いた。

 レイターとあのマフィアの姿はない。
 スクールギャングの奴らは残っていた。ちょっと怖いが、そんなこと言ってられない。

「おい、オレの連れ、どうした?」
「あいつは、白豹会の事務所に行った」
 白豹会、この辺りを牛耳っているマフィアだ。オレは頭が真っ白になった。      

 どうしよう。
 マフィアに連れていかれたのか? 殺されちゃうんじゃないのか?
 誰に相談すればいいんだ。警察か?

 オレがあわてていると、不良どもが、こわごわ聞いてきた。
「あいつ、一体何者なんだ?」
「何者?」
「先輩を一撃で、のしたんだ」
「え?」
 レイターの奴、あのマフィアをやっつけちまったのか。

 すごいけどそれって、余計にやばい話じゃないのか。

 こいつらによると、レイターは先輩ってマフィアを一発で倒すと、気を失ってるそいつを白豹会の事務所まで運ばせて、そのまま事務所に入っていったという。

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 おいおい、それじゃあ殴り込みだよ。 

 怖いが、ここまで来たら乗りかかった船だ。
「なあ、白豹会の事務所まで案内してくれ」

 いざとなったら警察に通報しよう。
 オレは通信機を握りしめた。

 マフィアの事務所は一本路地を奥に入ったところにあった。

 恐る恐る近づく。と、
「じゃあな」
 手を振りながらレイターが出てきた。

「レ、レイター。大丈夫か?」

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 オレは駆け寄った。
「あん? ロッキーどうしたんだよ。ちゃんとレディーを送っていったのか?」
 女共なんてどうでもいい。

「お、お前無事だったか」
「ああ、別に。けがした兄さん届けて、ちょっと挨拶してきただけだ」
 いつものレイターだった。怪我したようすはない。

「挨拶?」
「ゲーセンの中で闇両替や賭事やってんだから、白豹会に仁義切らなくちゃ、と思ってたところさ。ちょうど会長のアドナス親父がいたから、話付けてきた」
「会長ってマフィアのか?」
「ああ。上納金払えってうるせぇから、ゲーセンの脱税を通報するぞ、って言ったら、お互い仲良くやろうって話になってさ」
 マフィアと交渉してきた、ってことか。交渉というより脅しだ。

 オレは驚いて言った。
「お前って、本物のマフィアみたいだな」
「えっ」
 オレの言葉にあいつがギクッと動揺したのがわかった。
「どうかしたのか?」
「な、何でもねぇ」
 珍しく青い顔をしている。自分がやったことの大きさにようやく気づいたんだろうか。

 オレは謝った。
「レイター、ごめん」
「あん?」
「お前残して逃げたりして」
「逃げた? レディーを送ってくれたんだろ」
「いや、オレは逃げたんだ」
 レイターは怪訝そうな顔でオレを見た。
「じゃあ、何でここにいんの?」

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「そりゃあ、心配で戻ってきたんだ」
「逃げてねぇじゃん」
「いや、そうじゃなくて」
「わっかんねぇなあ」
 レイターは首を傾げて不思議そうな顔をしている。

 オレはどうしてわかんないのかがわかんない。説明するのが面倒くさくなってきた。

 こいつ敏感なのか鈍感なのか、度胸がいいのか単なるバカなのか、まったく訳がわかんない。
 だけど、何でだろう、こいつと一緒にいると楽しい。
 退屈しない、ってこともあるが、それだけじゃない。

 多分、こういうのを気が合う、って言うんだろうな。
 何となく、長いつきあいになりそうな予感がした。   (おしまい)   <ハイスクール編> 第二話「花咲く理論武装」へ続く

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