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銀河フェニックス物語 <番外編>  読書の秋 ショートショート

「はあ、面白かった。売れるはずだわ」
 フェニックス号の格納庫でわたしはデジタル本を閉じた。
 今、銀河中で爆発的に売れているベストセラー小説『河を越えた向こうに』。
 冒険小説と恋愛小説がミックスしたストーリーで、主人公の戦士はちょっと彼氏のレイターに似ている。気がする。

 次々と難題が襲いかかり、好意を寄せあっている二人の関係がどうなるか最後までわからない。読み進めたい気持ちと、読み終わりたくない気持ちが交錯しながらも一気に読み切ってしまった。

 こういう結末だったのね。メリーバッドエンドだ。悲しいラストだけれど、自分が主人公だったら納得するだろう。
 ああ、誰かこの本を読んだ人と話がしたい。

 隣の席のベルが「早く読みなよ」とやたらと勧めてきた理由がわかる。

n42ベル3sタートル笑顔カラー

 彼女と連絡を取りたいけれど、おそらく今ベルの出張地域は深夜で寝ている時間帯だ。「『かわむこ』読んだよ。面白かった!!」とメッセージだけ送っておく。

「ったく、あんた俺に会いに来たのか、本を読みに来たのかどっちだよ」
「レイターだって、ずっと船をいじってるじゃない。たまには本でも読んでみたら」
 レイターは胸を張って断言した。
「俺は、子どものころから本は読まねぇ主義なんだ」
「自慢することじゃないと思うけど……」
「本は目を悪くする。『銀河一の操縦士』にとってはまずいわけさ」
「それが読まない理由?」
「そっ。師匠から本と飲酒操縦はやめろって止められてんだ」

 つきあう前にレイターと大型書店へ出かけた時のことを思い出した。
 マフィアから高額なサイン本を進呈されて、この人は読まずに定価より高く売ったのだ。

 わたしは本を読むのが好きだ。
 秋に入ってフェニックス号で読書をすることが増えている。この船のデジタル本は図書館並みにそろっている。
 というのも、レイターの後見人である将軍家が一括データベースという契約をしていて、フェニックス号はそのファミリープランに入っているのだ。

チャムールとアーサー図書室

 マザーに頼めば、辺境の新刊本でも何でもすぐ手に入る。一括契約は便利だけれど利用料が高額で、通常、個人では加入しない。

「わたしばかりが使っているとアーサーさんに悪い気がする」
「あんた。俺なら良くて、アーサーだと悪いのかよ」
 レイターが口をとがらせた。話を変えよう。手にしているベストセラーのデジタル本をレイターに見せて勧めてみた。
「ねえ、レイターもこの『かわむこ』読んでみたら。面白いし、これだけ売れているから、クライアントとの雑談にも役立つわよ」

 レイターはまったく興味を示さなかった。想定通りではある。
 けど、つまらない。まだ、わたしの頭の中はさっき読んだ本の世界が渦巻いている。誰かとこのさざめきを共有したい。レイターが主人公の立場だったらどうするだろう。興味がある。
「レイターの感想を聞いてみたいんだけどな」
 つぶやいたわたしの声にレイターが反応した。
「異世界に飛んでった、ちゃらんぽらんな男が恋をして、彼女を取るか自分の世界に戻るか悩むって話だろ」
「え? 話知ってるの」
「ボディーガード協会の3Aをなめんなよ」
 王室や著名人の警護をする3Aには教養も求められるらしい。
「じゃあ、レイターだったらどうする? 彼女を選ぶか、元の世界に帰るか」
「決まってるさ、元の世界だ」
 即答にちょっとイラっとする。 
「彼女のことはどうでもいいわけ?」 
「っつうか、その異世界ってところは宇宙船が飛んでないんだぜ、銀河一の操縦士の居場所じゃねぇよ」
「それはそうね」
「この主人公に決断力がなくて、くだんねぇことで悩みすぎなんだ」
「くだらなくないわよ。何を基準に選択すべきか、悩む過程が面白いんだから」
 わたしは力説した。話すことが次から次へと出てきて、つい熱くなる。
「ティリーさんは楽しそうだけど、この作者、前とパターンが同じじゃん。設定変えただけだろ」
「前のって『氷の詩』? 違うわよ」
 と反論してから気が付く。『氷の詩』は理不尽な左遷をされた男性の復讐劇。『かわむこ』とは全然違う。けれど、左遷先の恋愛が見どころで本社へ戻るまでの展開は似ている。鋭い指摘にうろたえる。

「本は読まないんじゃなかったの?」
「読んでねぇよ」

大切なこと@白

「じゃあどうしてパターンが同じってわかるのよ」
「『氷の詩』ん時も、ティリーさんは俺に読め読めってあらすじ話してたじゃん。『かわむこ』は、この間の仕事ん時、ベルさんの感想を散々聞かされたからな」
 おしゃべりでお調子者なだけじゃない、聞き上手なのだ。読んでない本や見てないドラマや映画のことも詳しい。ボディーガード協会の3A恐るべし。

「俺は、やりてぇことは自分でやるんだ。本は空想で冒険したい奴が読めばいいんだよ」
 事実は小説より奇なり、レイターの言う通り彼の人生は冒険小説より刺激的だ。きちんと釘を刺しておこう。
「じゃあ、ラブロマンスがやりたい、とか言いださないでね」
「あん?」
「すぐ、女性にいい顔するんだから」
「いいじゃん、ドン・ファン」
「地獄に落ちるわよ」
「俺にぴったり」
 笑えないジョークはやめてほしい。

 本を読まない彼氏との他愛なく楽しい小説談義で、読書の秋は過ぎていく。   (おしまい)

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」