銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常 (1)
推しが卒業した世界。
宇宙船レースの最高峰S1の新たなシーズンが始まった。
『無敗の貴公子』ことエース・ギリアムは、無敗を守ったまま引退してしまった。最終戦では『銀河一の操縦士』のレイターと激戦を繰り広げた。
あれはもはやスポーツではなかった。勝負がついてしまうのが苦しいほどの興奮。あんなすごいレースはもう見られない。
エースロスだ。S1への興味が半減してしまっている。でも、わたしは宇宙船メーカーの営業職だ。レースを利用した販促計画や女性ファンの動向を考えるためにもレースを観ておく必要がある。
推しが全てだったわたしだけれど、なぜか、自分の趣味とは全く異なるレイターとつきあっている。
エース程かっこよくもないし、エースのような紳士でもない。推しと比べるのは推しに申し訳ない。
「エースのいねぇレース、ってのは久々で面白れぇな」
わたしが推しロスだとわかっていて、神経を逆なでするようなことを平気で言う。
「全然っ、面白くないわよ」
「レース賭博も盛り上がってるんだぜ」
「違法なことはしない、って約束でしょ」
「けけけけ」
彼氏との会話って、普通はもう少し甘い雰囲気なんじゃないだろうか。
レイターが所有するフェニックス号には最新の映像機器がそろっていて、レース観戦にはもってこいの環境だ。散らかったレイターの部屋が臨場感たっぷりの宇宙空間に変化する。付き合う前から、というか出会ってすぐの頃から、ここでS1を見るのは習慣になっていた。
『無敗の貴公子』一強時代の終焉でS1は戦国時代を迎えた、と解説は熱が入っている。
と言っても、レース結果は下馬評通りだった。
これまでずっとエースの影で二位に甘んじてきたギーラル社のオクダが初めて一位でゴールを切った。
レイターと一緒にオクダにトロフィーが手渡されるところを見ていた。
エースと一緒にデビューし『無冠の飛行士』と揶揄され続けてきた彼の初優勝だ。高精度のカメラが彼の涙を大写しにした。
「よし、よくやった」
レイターがガッツポーズで喜んでいる。感動シーンではあるけれど、彼がオクダにいれこんでいる話は聞いたことがない。
「どうして喜んでるの?」
「あん? あいつ、よくがんばっただろ。最後のカーブをよく持ちこたえた。俺の予想通りだ」
ピンときた。
「オクダにいくら賭けたわけ」
「ん? 10億」
「はっ?」
この人がお金にがめつくて、金銭感覚がおかしいことは知っているけれど、言葉を失う。
「オッズが1.2って低さだけど、2億儲かりゃ悪くねぇだろ。言っとくけど違法じゃねぇよ、地方政府がやってる公営だぜ」
宇宙船お宅のレース予想は預言者のように当たる。
「いっそのこと賭博のプロで食べていけば」
「そう甘くねぇんだよ、今回は特別さ。絶対いけるって踏んだんだ。エースがいなくなってオクダが集中してるし、船もいい。『兄弟ウォール』がねぇからリスクが格段に少なかったからな。俺だってギャンブルはしたくねぇんだよ」
「どこからどう見たってギャンブルでしょうが」
わたしは彼氏のことが全く理解できない。
準優勝は、べヘム社『兄弟ウォール』の兄アルファール。
『兄弟ウォール』は兄弟二人でどちらかが反則してでも勝ちを取りに来るS1界の悪役レーサーだ。わたしは好きじゃないけれど熱狂的ファンも多い。
弟のベータールは昨シーズンにレイターに船をぶつけた危険走行のペナルティーを受け半年間の出場停止中。今回、アルファールは危険飛行を一切しないで表彰台に上った。
「妨害工作しなくても、ちゃんと普通に強いのに。どうしてこの人たち反則するんだろう? 人気のためなのかな?」
「末の弟に負けたくねぇのさ」
「末の弟?」
「あいつら三兄弟で、末っ子のガンマールは飛ばし屋だったんだ。兄貴たちより断然速いぜ」
「末っ子と対戦したことあるの?」
「ああ、技の切れもセンスも抜群でさ。手強かった」
銀河一の操縦士がほめるなんてよっぽどだ。凄腕に違いないけれど聞いたことがない。
「その弟はどうしてるの?」
「事故で死んだ。小惑星に突っ込んだんだ」
「え?」
「仕方ねぇのさ。飛ばし屋ってのは競技じゃ得られねぇものを求めてんだから」
「仕方ない、なんて言わないで」
安全装置を切って飛行するから事故も多い。レイターはそんな飛ばし屋の一人だ。
「心配すんなよ。俺は『銀河一の操縦士』で不死身なんだぜ」
と彼は笑ったけれど、わたしは笑えなかった。
そして、うちのクロノスは三位だった。
エースの後を継いで第一レーサーになったマッキントッシュが、何とか表彰台を死守した。
「がんばったけどね。どうしたってエースと比較されちゃうわよね」
わたしの推しはいつも表彰台の一番高いところに立っていた。
エースロスは大きい。新たな推しを見つければ、もっとレースを楽しめるのだろうけれど。
*
一か月後のS1で大番狂わせが起きた。
(2)へ続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」