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嘘のような本当の話 いつものように財布を拾って焦った夜

私は昔から奇妙な出来事によく巻き込まれる。
これは私を知る人物にはよく知られたことで、実際にその奇妙な出来事やトラブルに巻き込まれた人間もたくさんいる。

「Hさん、本当にドラマのような人生ですよね」

と皮肉めいた発言をされることにはもう慣れた。
一番、その特性を知っているのはやはり妻だろうか。何度もその光景を目にしていることから、妻もすでに慣れっこだ。

奇妙な出来事に遭遇することは、大きな経験値にもなる。並大抵のことでは驚かなくなり、とっさの判断や対応力にはかなり影響する。

数え上げればきりがないが、ぱっと思いつく嘘のような本当の話をいくつか綴ろうと思う。

改めて言うが嘘のような本当の話だ。創作でもなんでもなく、事実としてこのような奇妙な出来事に巻き込まれた経験をいくつか紹介したい。

以前に書いた嘘のような本当の話はこちら。

そして、今回お話ししたいのは財布を異常に拾う私の特性に関係する話だ。
以前、財布を拾うことに関して書いたnoteも読んでいただければ今回のお話は繋がりやすいと思う。

今回は財布を拾ってひどい目にあったエピソードを書いていく。

いつものように財布を拾った夜

30代前半。当時はアパレル企業の最前線で働き、その日も夜遅くまで残業して、疲れ果てて帰るところだった。22時は過ぎていたはず。

私は一人ではなく、信頼する部下の一人と一緒に駅に向かっていた。
仕事の進捗状況や細かい相談や質問を受けながら、駅に向かう。

駅前には大きなパチンコ屋があり、ロータリーがある作りになっており、中型の駅としてはよく見かけるような作りだ。

そのロータリーのど真ん中で財布を見つけてしまった。

「またか…」

いつものように財布を見つけてしまい、少なからずの嫌な予感も感じつつ、部下に財布を見つけたことを伝える。

「あそこに財布落ちてるわ。交番に届けないといかんな」

部下はぱっと財布を落ちている方向を見て、

「本当ですね。。Hさんって本当に財布良く拾いますよね…」

その部下との付き合いは長く、私のことはそれなりに知っていることから、財布を良く拾うエピソードも知っていた。まさか自分が立ち会うことになるとは思ってもみなかったのだろう。不思議そうに、そしてやや嬉しそうにしていた。

私はその財布を拾いあげ、中身を手慣れた手付きで確認する。
現金は6万円ほど入っていて、免許証なども入っている。
写真を見る限りだが、大変失礼な話にはなるが少し素行の悪そうな人の財布だった。おそらくパチンコ屋で勝った帰りに財布を落としてしまったのかな、などと勝手な妄想をする。

幸運なことに駅の近くには交番がある。とはいえすでに22時は過ぎている。スムーズにいっても自宅に帰るのは24時を過ぎてしまうだろう。交番に財布を届け慣れた私からすると、どのくらい時間がかかるかの予測も手慣れたものだ。

部下に、

「交番に届けるから先に帰ってていいよ。時間かかるし、明日も仕事あるでしょ?」

と伝えると、

「いやいや、Hさんも明日仕事じゃないですか。付き合いますよ。なんか興味あるし」

部下は明らかに面白がっている。顔もなんだかヘラヘラしてるし、目もキラキラしていたずらをしている時の男子の顔だ。何も悪いことは言ってないし、むしろ付き合ってくれるというのは私にとってのやさしさでもあると思うのだが、何かむかついた。不思議な出来事に立ち会えたのが嬉しいのか、興味津々で交番に付いてくるというのだ。

「そう?まあ、そういうなら。。」

という事で駅の近くにある交番に二人で向かった。

交番での手続きの途中に起きた異変

交番に着くと「パトロール中」の立て札が立っていた。

最悪だ。

「Hさん、誰もいないみたいですけどこういう時はどうするんですか?」

引き続き部下はヘラヘラしながら興味津々で対応を聞いてくる。

「ここにある電話でパトロール中の人に電話が掛けれるから来てもらう」

交番の中には電話機があり、パトロール中の警察官につながるような仕組みになっていることを部下に説明した。

「へー!よく知ってますねえ!」

なにが「へー!」だ。

電話を掛けると警察官が出る。財布を拾った事を伝え、権利はいらないから帰ってよいかを聞くと、

「近くなんですぐ戻れますからお待ちください!」

とのこと。やっぱり帰れない。軽いため息をつき交番の中で部下と待つことにした。

すでに22時半を回っている。妻に連絡をしておかないと、後でとんでもなく怒られてしまう。
娘はまだこの頃は3歳。寝る時に家に居てやれない事はしょっちゅうだが、改めて申し訳ない気持ちになった。

少し経つと、警察官が2名交番に帰ってきた。

「お待たせしてすみません」

真面目そうな若い警察官と、ベテランらしき警察官。相棒なのだろうか。なかなか警察官らしい二人組だ。

若い警察官が、早速財布についてヒアリングをしてくる。いつどこでどのように拾ったのか。お決まりの質問にウンザリだ。

「すみません。お電話でもお伝えしたんですが、ちょっと急いでまして…」

なんとか急いでもらうように、私からアプローチするが、全く急ぐ気配は無い。

「はいはい。すぐ終わりますから待ってくださいね。」

おのれ。どうせこの後は指紋がつかないように白い手袋嵌めて中身調べるんだろう。もうその流れはいいんだよ…とにかく早くしてほしい。奥さんに怒られてしまう…

そんな心の声が漏れ出してしまいそうなほど、早くしてほしかった。うちの妻は怖いのだ。

そういえば、財布を拾ったから帰りが遅くなると、妻に連絡したが、返信が無い。何故だろうか。もう子供はとっくに寝かしつけて、今は妻の自由時間なはず。

そんな事を考えていたら、急に私の電話が鳴り、驚いた。妻からの着信だ。

妻は相当な事がない限りは電話など掛けてこない。あまりに連日連夜帰りが遅いから遂に堪忍袋の尾が切れてしまったのだろうか。

恐る恐る電話を取った。

すると、軽い息遣いが聞こえるだけで何も言わない。
何かおかしい雰囲気を感じ取ったが、無意識に口が言い訳を語る。

「もしもし?どうしたの?帰りが遅くなって申し訳ないけど、もうちょいしたら終わるから。」

わざとらしい言い訳を告げても返答が無い。そんなに怒っているのか。

電話口から鼻をすするような音が聴こえる。どうやら妻は泣いている。まさかそんなに怒っているのか。非常にマズい。

「本当にすまん。財布届けたらすぐ帰るから…」
と言いかけた時、妻が急に震えた声で話しだした。

「インターフォンをずっと鳴らしてる人がいる」
「さっきからずっと…5分おきくらいに。何回も何回も。30分くらい続いてる…玄関に誰かいるみたいで、怖くて動けない」

妻の消え入りそうな声を聞き、急に鳥肌が立った。
時間は23時。こんな時間に訪ねてくる人などいない。いたずらでも妻の言うように30分間続けるなど異常だ。

仮に変質者が我が家の前で良からぬことをしようとしていたら、妻と娘が危ない。

我が家は3階建ての一軒家。2階がリビングの間取りで、1階が寝室だ。つまり妻と娘は玄関に最も近い寝室にいる。

頭が急速に回転し、身体も熱くなり妻に言った。

「子供を連れてまず2階に。扉を破ったり窓を割ったりはさすがに無いと思うけど、まずは2階に上がろう。念のため玄関のドアにはチェーンを掛けて、怖くなければ2階からインターフォンのカメラで見てみよう。変なやつがいるんであれば警察に連絡。俺もすぐ帰るから。」

そう伝えると、震えた声で妻は言う。

「動きたくても怖くて動けない…どうしよう…」
と話している最中に、電話口から、

ピンポーン…ピンポーン…

と鳴り響く。
妻は声にならない悲鳴をあげ、泣きじゃくる。

マズすぎる。なぜこんなことに…
早く帰らねば妻と娘が危ない。だが、いくら急いでも30分以上は掛かる。その間に何かあったら…

万事休すの状態に悩み、ふと顔を上げると警察官が神妙な顔で手袋を嵌めながらレシートを観察し、

「レシートもたくさん入ってますね」

と私に話しかけてくる。
この野郎。今それどころじゃないんだと思ったのと同時にとんでもない事に気づく。

あ、今警察目の前にいるわ。

焦りすぎて完全に盲点だった。この手袋を嵌めてレシートをぴらぴらしてるやつも警察官だ。

「すみません、今奥さんから電話で、家に変質者が来てるかもしれなくて…警察の方を手配できませんか?」

事情を話し、妻と電話で話してもらう。
レシートをぴらぴらしていた若い警察官は急に刑事の顔になり、後ろで控えていたベテランらしき警察官は同様に刑事の顔をしながら、同時進行で無線で我が家の近くの交番に無線で連絡を取っていた。
幸い、我が家のすぐ近くに交番がある。

あれだけ憎らしかった警察官がやけに頼もしく、むちゃくちゃカッコいい。

スマートに我が家に警察を手配し、

「安心してください。すぐに向かえるみたいですから。」

とこれ以上無いくらいの救世主の顔で私に言った。
カッコいい。そう思った束の間、また財布を弄りだし、

「すみません、ポイントカードも一緒に確認してもらえます?」

と急に財布の手続きに引き戻した。カッコよかったはずの顔はもとに戻り、全然カッコよくない。

「いえ、もういいです。帰ります!財布の権利もいりませんから!」

そう言い残し、私は席を立った。
ふと目をやると部下がポカーンとした顔で私を見ている。完全に存在を忘れていた。

部下と一緒に交番を出て小走りで駅に向かう。

「Hさん、マジですごいですね…色んな事に巻き込まれる人だとは聞いてましたけど、まさかこんな…」

自分でもそう思う。

「とりあえず今日は帰るから。付き合ってもらって悪かったな。」

と私が言うと部下は恐縮して心配そうな顔をして、

「いやいや。Hさんはとにかく早く帰ってあげてください。警察が来てくれてるはずなんで大丈夫だと思いますが。」

そう言い、駅で部下と別れた。

自宅に到着した結果

一目散に自宅に向かう。途中、妻に電話を入れたが出ない。警察は向かってくれているはずなので、大丈夫なはずだ。きっと今頃警察と話しているのだろう。

そう言い聞かせ、走って自宅に向かう。汗ばむ身体は運動量の為か、それとも不安による発汗かは判断がつかない。

そして、自宅が見えた。

パトカーのサイレンの光が自宅の周りを照らす。
自宅の前には数名の警察官が立ち、物騒なたとえだが、殺人事件が起きたかのような状況だった。

「この家の者です。家族は大丈夫ですか?」

駆け寄りながら警察官に尋ねる。どうか無事であってくれと願いながら、無我夢中であたりを見回した。

そうすると警察官がなんとも言えない顔で、

「ああ。旦那さん?大丈夫ですよ。安心してください。」

そう言うと、パジャマ姿の妻と娘が見えた。
良かった…

一体どうなったのか。妻に大丈夫だったのか、たまらず色々聞いてしまう。すると妻は、

「ごめ~ん!なんかインターフォン壊れてたみたい。」と言ってる最中に、

ピンポーン…ピンポーン…

とインターフォンが鳴り響く。

「これは…どういうこと?」

私が混乱しているところに警察官の一人が話しだした。

「昨日、大雨降ったでしょ?大雨降って風が強いとインターフォンの中に水が入っちゃってたまにこういう通報あるんですよ。」

警察官は苦笑いしながら、続ける。

「お宅に来た時にも誰もいませんでしたし、今みたいにピンポン何回も勝手になるところも確認してますから大丈夫だと思います。財布拾ってくれたんですよね?遅くまでありがとうございました。」

そう言って警察官はパトカーに乗り込み帰って行った。残された妻はと言うと…テヘペロ的な顔で、

「いや~怖かった。そんなこともあるのね。さあもう遅いし寝よう。」

と言って清々しい顔で寝室に戻って行った。

この話はこれで終わり。
踏んだり蹴ったりの数時間だった。
結論は財布を拾っても何もいいことは無いという事だ。











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