見出し画像

嘘のような本当の話 ショートショート3選

私は昔から奇妙な出来事によく巻き込まれる。
これは私を知る人物にはよく知られたことで、実際にその奇妙な出来事やトラブルに巻き込まれた人間もたくさんいる。

「Hさん、本当にドラマのような人生ですよね」

と皮肉めいた発言をされることにはもう慣れた。
一番、その特性を知っているのはやはり妻だろうか。何度もその光景を目にしていることから、妻もすでに慣れっこだ。

奇妙な出来事に遭遇することは、大きな経験値にもなる。並大抵のことでは驚かなくなり、とっさの判断や対応力にはかなり影響する。

数え上げればきりがないが、ぱっと思いつく嘘のような本当の話をいくつか綴ろうと思う。

改めて言うが嘘のような本当の話だ。創作でもなんでもなく、事実としてこのような奇妙な出来事に巻き込まれた経験をいくつか紹介したい。

尾行するな

私は高校を卒業した後、夜間のファッション専門学校に通っていた。経済的に夜間しか選択肢が無く、アルバイトをしてから夜に学校に通う殺人的なスケジュールを3年間こなした。

アルバイトは喫茶店のモーニングだ。5時半に起床し、職場に向かう。駅構内にある大型の喫茶店で朝の6時半にOPEN。そして15時まで働き、学校に向かう。学校は非常に遠く、電車での移動時間に一休みはできるものの、授業は18時から21時。そして学校から自宅に帰るまで2時間を要するので、帰宅するのは23時。そしてまた次の日は5時半起床だ。なかなかの殺人的スケジュールで専門学生時代の3年間は非常にハードだった思い出がある。

そんな中、ある日の学校帰り。ヘトヘトな状態にもかかわらず、その時間の電車はいつも混みあっていることから、座席を取れるかどうかは非常に重要なポイントとなる。電車での移動時間は貴重な睡眠時間でもあるのだ。駅で快速電車を待ちながらどう立ち回るかを考えながら待つ。そして電車が到着し、ドアが開いた。

急いで車内に入ると、席が空いている。
ラッキーだ。
快速電車特有の踊り場に近い四人席が空いていた。

すぐさまその席に座り、一息ついた。

「これでしばらくは寝れる」

そう思い、携帯(当時スマホはまだ無い)を確認し、さあ寝ようと思った矢先、一人の中年の女性が私の方を前の席からのぞき込んでいた。

伝わるだろうか。向かい合った四人席があり、その前に二人掛けの席がある訳だが、その二人掛けの席から顔だけちょこんと出して私をのぞき込んでいるのだ。

ふと目が合ってしまい、私は顔を伏せた。普通に考えて、前の席から後ろをのぞき込むことは、知人がいるなどしない限りはすることは無いだろう。


「あ、またヤバいやつかな…」


そんな予感がした。冒頭に説明した通り奇妙な出来事に巻き込まれるのは慣れっこだ。とはいえ、巻き込まれるのを望んでいる訳でもない。極力、そういうトラブルに巻き込まれないよう、顔を伏せて見ないようにした。

だが、気にはなる。

まだ私のほうを見てるのだろうか。それとも私の思い違いで、もうすでにこちらを見ていないかもしれないし、意識しすぎなのかもしれない。

そう自分に言い聞かせようとしたが、どうしても気になって、顔を伏せながら目線だけ前にやってみる。


まだ見ている。
物凄い形相で私のほうを見ている。


また視線をそらし、一息つく。
気のせいかもしれない。というより睨まれる筋合いもない。
段々と腹も立ってくる。せっかくの貴重な寝れるチャンスをこんなことで失ってしまうのはもったいない。

そうだ。思い切って、顔を上にやりその覗き込んでいる女性をにらみ返してやろう。
そう思い視線を上にあげた。


女性は相変わらず私の方を物凄い形相でにらみ、プラカードを持っていた。


そう。プラカードだ。
きれいにラミネートされたそのプラカードを、にらみながら私の方に向けていた。
そのプラカードには何やら書いてある。


「尾行するな!」


と書いてあった。

なるほど。私は彼女からすると尾行している人物だという事か。
きれいにラミネートされていることから頻繁に使用していることもうかがえる。

「やっぱりまたやべーやつか…」

すぐさま立ち去るべきだと私のトラブルを察知するアンテナはフル稼働していた。
だが、この席を立ち、移動すれば座席に座れる保証はない。
正直、こういった奇妙な出来事は慣れっこなので、気にせずに眠ってしまおうかとも考えた。

だが、彼女の前で眠ってしまうのも非常にリスクは高い。正直何されるか分からない恐怖もある。


もう少し様子を見よう。視線を下にそらした。


気付くと周りの乗客は誰もいない。周りの乗客は異常な状況に気づき、一目散に離れていったのだろう。完全にロックオンされている。いつの間にか私と彼女の一騎打ちの構図になっていた。

だが、時間を掛ければ飽きて辞めるかもしれないし、あるいは他にターゲットが移る可能性だってある。

この睡眠をとれる時間は譲れない。時間を置き、改めて見てみよう。きっとのぞき込むことは辞めているはずだ。

そして時間を置き、勇気を出してもう一度視線を上にやった。


見ている。
プラカードもこちらに向けている。
物凄い形相で。

そこであることに気づく。プラカードに書いてある文字が変わっている。


「尾行は犯罪!」


に変わっていた。

推測だが、プラカードは裏表印刷で表は「尾行するな」裏は「尾行は犯罪」なのかなと思う。どうでもいいことだが。

その瞬間、電車はとある駅に到着し、ドアが開いた。そして私は反射的に電車を降りてしまった。そして帰る時間が遅くなり、次に乗った電車はもちろん座れなかった。もしかするともう少し電車に乗っていたら違う種類のプラカードも見れたのかもしれないなと考えながら家路についた。

尾行するな②

時は打って変わり、30代。
妻はかき氷が好きだ。夏になれば色々なかき氷を食べに連れていけと言う。ある日、妻は郊外にある有名な和菓子店が、かき氷を夏季限定で販売するという話を聞きつけた。そこに連れていけと妻は言う。

休日に車を走らせ1時間ほど。結構な山奥にその和菓子店はある。歴史を感じさせる平屋の大きなお店で、喫茶店を兼ねた和菓子を提供するお店だ。

その日は物凄く混んでおり、山奥にポツンとある和菓子店とは思えない集客で、かき氷への期待度は上がった。さぞおいしいのであろう。妻は待ち時間を苦にせず、ホクホクとした表情で楽しみに待っている。

私はけしてかき氷や甘いものが好きというわけではないし、待つのも好きではない。私の判断では郊外まで足を運び行列に並んでまでかき氷を食べる、という事には絶対にならないと思うが、妻の嬉しそうな表情を見ると、こういうのも悪くは無いなと思う。

そして、店に入り席に着く。やはり和菓子店なので、抹茶や小倉、和菓子ベースのかき氷ばかりだ。それぞれオーダーをし、妻は相変わらずホクホクした表情でかき氷を待つ。

そこで、一つ気付いたことがある。

少し離れた席の中年の女性がこちらをずっと見ているのだ。


「あ、やばいかも」


トラブルを察知するアンテナが反応した。

妻に、絶対にあっちは見るなとくぎを刺し、一人の中年女性がこちらをずっと見ていることを説明した。

妻は私が奇妙な出来事に巻き込まれることを良く知っている。普通はこんな説明しても伝わりにくいと思うのだが、そういった話を聞きなれた妻はとっさに理解した。

「でも勘違いだと思うからきっと大丈夫」

そう妻に言い聞かせ、かき氷を待った。
そしてオーダーしたかき氷をお店の方が持ってきてくれた。正直、気が気でなかったが、大丈夫食べよう。せっかくの休日なんだから気にしすぎは良くない。考えすぎだと。

だが、やはり大丈夫ではなかった。にらみを利かせていた中年女性が急に立ち上がり、こちらに向かってくる。最悪だ。
勢いよく私と妻のほうに歩いてくる。そして、席の前に仁王立ちになって立ち止まってこう言った。


「あなた和田さんですよね?私を尾行するの辞めてもらえませんか?」


なるほど。専門学校時代の出来事を思い出した。今回は少しパターンが違う。前回よりやや積極的なタイプのようだ。そして私は和田ではない。


「いえ、和田ではなくHと言います。人違いだと思いますよ」


と丁寧にお伝えした。いくら見当違いなことを言われてもけんか腰になってはいけない。少なからずの笑顔と柔らかい口調でそのように伝えた。


「何言ってるの!あなた毎日のように私を尾行してるじゃない!」


物凄い剣幕だ。
そしてあなたに会ったのは今日が初めてだ。

「いやいや…そんなことしてませんよ。そもそも奥さんと一緒に尾行するような人間いないですよ。」

などと言い合いになり、けして感情的にはならないようにしていたが、騒ぎを察知して、店員さんが駆け寄ってきた。


「あの人が私を尾行するんです!」


私を指さし、店員さんに向かってアピールをする。まあまあと店員さんはその中年女性をなだめ、結果退店させていた。

あとで店員さんが

「あの人ちょっと変わってまして、すみません」

と言われ、ああ常習なのか。

と思い、一息つくとかき氷が全て溶けていることに気が付いた。
妻が言う。

「何でいっつも、こうなんだろうね」

それはこっちが聞きたい。

魔女に追われた夜

20代後半。その頃、私はアパレル企業に勤め、連日連夜の残業で疲れ切っていた。アパレルの繁忙は凄まじい労働環境で、納品や売り場づくりなどでの残業も非常に多い。

その日も残業で退勤したのは23時前。一人暮らしをしていた私は、駅前にある定食屋で毎日のように夕食を取ることが習慣となっていた。9時に出勤し、退勤が23時。自炊する体力など全くない。身体に良くないのは十分に承知しているが、思い返すと、この生活スタイルを改善するのは結果的に結婚するまで叶わなかった。

疲れ切った身体を引きずり、定食屋の席に着く。脂ぎった揚げ物の定食は若い男性の労働を支えるパワーだ。いつものようにオーダーをし、スマホに目をやる。業務連絡や作業の進捗をスマホで確認しながら、定食が来るのを待つ。

時間が時間なだけに、定食屋の席は閑散としている。この時間は嫌いでは無かった。ひと時の休息。静かな店の中で遅い夕食を取りながら翌日の仕事のために頭の中を整理する。頑張ってくれた部下たちにねぎらいの連絡や質問の返答などもする貴重な時間だ。

そして定食が到着。さあ食べよう。視線を前にやると少し離れた席に魔女がいた。


そう、魔女だ。


ハリーポッターなどに出てくるようなスタンダードな魔女を想像してもらえばよい。尖ったつばの広い魔女特有の帽子をかぶり、白髪のロングヘアーの老婆だ。全身真っ黒の衣装を身にまとう。残念ながらほうきは無かったが、広辞苑より分厚いであろう魔導書(?)のようなものもテーブルの傍らに置いてあった。

誤解のないように言うが、ハロウィンや何かのイベントがあったなどではない。時期は夏。そして閑静なベッドタウンであり明らかに異質。その日がハロウィンであったとしてもコスチュームでうろつくような場所ではない。


「あ、またかな…」


トラブルを察知するアンテナが働いた。

だが、滑稽なことに魔女は定食を食べている。
恐らくチキン南蛮だと思う。見える限りそんなルックスの定食だった。
どうやら変わった人なのは間違いないが、ロックオンはされていない。
人はそれぞれ色々な考えがあるし、別に魔女の格好をしていてもいいじゃないか。私と同じように腹を空かせて定食を食べに来ている訳で、恰好が魔女かどうかは別にそんなに気にすることではないじゃないか。そう思い、気にせず私も定食を食べ始めた。

黙々と定食を食べ進めるが、やっぱり気になる。
でも経験上、目が合ったら最後、必ずロックオンされるから見るのも気が引ける。


でもやっぱり気になってしまうので、視線をやってしまう。



思いっきりこちらを見ている。そして魔導書(?)を開いて手をひらひらさせている。占い師が水晶玉を撫でまわすような感じだ。


「最悪だ…」


もう諦めた。だが、私は特技と言えるほど食べるのが早い。早々と食べ終わり店を出てしまえばよい。大丈夫だ。

猛スピードで定食を掻き込む。



そうすると何やら声が聞こえてきた。
どうやら呪文を唱え始めたようだ。

魔導書を開き、手をひらひらさせながら、私の方をにらみつけ呪文を唱えている。おそらく呪いの一種なのだろう。

物凄く嫌な気分になる。別にそういった魔術を信じている訳でもないが、疲労困憊の中でやっとありついた食事の時間を、呪いの呪文を浴びせられながら過ごすのはどう考えても不快だ。

よくわからないが、呪文を唱え終わるまでには店を出たい。すぐに食べ終わり、店を飛び出した。

一体何だったのか。まあ気にしても仕方がない。世の中いろんな人がいるから、、などと考えながら徒歩で家路につく。

私の家は駅から1本道だ。長いゆるやかな坂を上ったところに家がある。定食屋はその直線上にあり、離れていっても見える位置関係だ。


家路につきながら、ふと後ろを振り返ると魔女が自転車に乗ってこちらに向かってくるのが見える。



これはさすがに怖くないか。少し距離があったので表情まで見えないが、私を追いかけてきている可能性はゼロではない。というか可能性は高い。

私は徒歩、魔女は自転車だ。徐々に距離が詰まってくる。距離が近づいてくると表情も見える。魔女の目線は完全に私をロックオンしていた。

「これはいかん。。」

逃げなければ。とはいえ、自宅に逃げ込んで特定されることも避けたい。撒くしかない。小道に入って魔女を撒こう。

そう思い小道に入って、路地の陰に隠れた。

そうすると魔女が荒い息遣いで自転車をこぎ、小道に入ってきた。まるでホラー映画だ。きょろきょろと周りを見渡しながら明らかに私を探している。

私が隠れている場所を魔女は自転車で通り過ぎた。
そのすきに、自宅に向かう大通りに戻り、周りを確認しながら自宅に着いた。

そこからまた魔女が出てきたり自宅を特定されて何か起こったり、ということは無く、それ以来その魔女は見ていないのだが、



「何やってんの俺?」

って思う。


いかがだっただろうか。こういった経験であれば数えきれないほどあり、現在進行形で増加もしているので、また機会があれば綴っていきたいと思う。















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?