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エッセイ・雑記
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60年の距離

父方のおばあちゃんは、ぽつりぽつりと自分の人生を語ることがある。 その激動の人生について、ここに残したい。 1937年、私のおばあちゃんは現在の東京都中野区あたりで生まれた。 おばあちゃんの親子関係は複雑だ。 生後8か月頃に「奔放な母親が捨てた」らしく、千葉の田舎に養子として引き取られた。 5歳になったとき、これまで「お父ちゃん、お母ちゃん」と呼んでいた人たちが実の両親ではないことを知る。 ある日突然 "父母" と引き離された。代わりに祖父母と、近所に住んでいた「お店の

父は小さなボルボに乗って

8月15日、お盆の終わり。 実家に帰ると、カウンターにグレーのミニカーが置いてあった。 「どうしたの、これ」 私が聞くと、キッチンから母がひょっこり顔を出す。 「お盆の送り火、お父さんをこれに乗せてあげようと思って」 ー 父は6月7日に死んだ。 葬儀がひと段落したあと、写真やデータなどの遺品整理をしていると、父のiPhoneのメモ帳から「宝くじの使い道」というページが見つかった。 行きたい建築や温泉、観光地など、細々した願い事がその下に続く。 大金が当たってもその半

浅草に暮らす

 私は物心がついたときから浅草が好きだった。  幼い頃は、浅草に母方の祖父母が住んでいた。遊びに行く度、祖父が「散歩に行こう」と浅草寺に連れて行ってくれた。本堂の前にある常香炉まで行くと、必ず煙を頭や顔に擦り付け、「顔が良い美しい子なりますように、頭が良くなりますように、心が綺麗な子になりますようにねぇ」と願掛けをされた(効果があったかはさておき)。お参りをした後は仲見世を戻り、祖母の好物だった舟和の芋羊羹や亀十のどらやきなんかを買って帰った。  春には隅田川沿いが白くこ