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シュウダン・アソート



千里の道も一歩から。 塵も積もれば山となる。


「目標に向けて、少しずつ努力をしなければいけないよ。」そう言い聞かせられて、日々努力し続けては数々の成功や挫折を繰り返しながら生きているのであろう。


目標や行う作業が異なれど、誰しもが陸地を目指しながら個性豊かの箱船でオールをこぎ続ける。


必ずしも一人ではないし、船乗員(クルー)が交代しながら漕ぐところもあれば、黙々と慎重に進む者もいる。エンジン機能でかっ飛ばして進む者もいるのであろう。


目標に向けてどう立ち向かうかの過程は人それぞれだし、指針だって異なる。私たちはケーブルで繋がっているわけでも、無線で電波を飛ばすことができない。だから、価値観だって考え方もハナから一致させることなんてできない。

でも、わたしたちにはどんな生物にも持っていない特殊な武器を持っている。それは意思疎通を図るために、普段から使っているもの。欠かせないもの。


そう、「言葉」である。


団体だろうが、個人であろうが言葉は切り離せないものである。
個人であれば、自分自身への自問自答し、感情をぶつけては言葉を投げかける。自己暗示というカタチでね。そうすることで、表面上には現れることのない鏡の自分と向き合い、表裏一体し真の我を統制し前進していく。一方、団体に関して言えば、みんながみんな見ている方向がばらばらである。厄介なのは目標に対してのアプローチが各々異なっているという点だ。自己成長を通じて達成したいものがいれば、この目標そのものを過程とし、より高みを目指すもの、とびおりで進もうと未知数である。そこに性格が絡み、齟齬が生じる可能性もあるもだから恐ろしいったらきりがない。


確かに、一見すれば団体は恐ろしいものかもしれない。しかし、個人の集まりだからこそ目標を達成したときの共感。意見交換で方針を定めていける。選択の幅が広がる。そして、心の支えである。マンパワーには様々なポテンシャルが隠されているんだとも!


先ほども言ったが、私たちにケーブルは繋がれていないし、電波も飛ばせない。だからこそ言葉が要石である。

目標のために物事を進めるには、全員の意見や意思、方向性を照合していく必要がある。未知・未然・未形の中で全員が合意し、足並みをそろえることで突き進むことができるのであろう。みんなで島を転々としながら、次はああしよ、こうしようと・・・


十人十色違う中で、イメージビジョンを明確化し、
目標に対して逆算→仮設や短期的目標を掲げて共有!!


自分の意見を言語化することすら難しいのに、共有するとなるとなおさら怖い。

私もそうである。

でも、向き合うのは相手だけじゃない。

自分自身とも向き合わなきゃ。

伝えたいことも伝わらない。
始めたいことも始まらない。


不安なのは君だけじゃないし、抱える思いも違う。その箱船には君を救い、君が他を救う可能性がある。あまたの経験をを共にして進む、人生の旅人を載せた「ノアの箱船」だ。

ほら、出航準備だ。出遅れるなよ。









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