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(ダークファンタジー) 奈落の王   その十 人間の価値

石造りの広い部屋である。
窓にも蔦の緑が這っている。
そこからは緑の香りのする涼しげな風がこの明るい部屋に流れ込んでいた。

そんな部屋の中。

ゆったりとしたソファーにハルフレッド公子は深々と座り、大理石のテーブルをはさんでアリアが黒のメイド服姿で立っている。
ハルフレッドが座るソファーの奥には、金髪のメイド、ローラが立ち姿のまま控えていた。

 じりじりとした時間。
 ハルフレッド。ローラ。そしてアリア。
 誰も何も言葉を口にせず、それと言った仕草もしない。

 この昼下がりの沈黙。
 先にしびれを切らしたのはアリアだった。

「お兄ちゃんを……いえ、兄を大事にしていただけているのは、もしかして兄がハルフレッド様と瓜二つにそっくりだからなのですか?」

 乾いた声。
 アリアの緊張は限界だった。

「うん、核心を突いた質問だな。その通りだ。そして私はあの小僧ロランの妹である君、アリアにも可能性を感じている」

 ハルフレットは遠くを見、そしてゆっくりと、韻を踏むように、まるで言い聞かせるようにアリアに接する。

「え? わたしにもですか?」
「そうだ」

アリアは目をパチクリ。
そして彼女はオドオドと、抑揚に癖のある共通語を話始める。

「はいハルフレッド様。公子様にはお忙しい中、わたしの質問に答えるなどと言う、ありがたい時間を作っていただきまして感謝します」

そして今度はハルフレッドが目を剥いた。
そしてその目は頭ごと、彼の背後に控えるメイドに注がれる。
主の視線を受けたメイド、金髪のローラは腰を折って礼をする。
で。
ハルフレッドの視線はゆっくりと正面のエリアに戻った。

「ふむ。アリア、礼法はある程度身についてきたようだな。辺境村の賤民にしては、出来が良いぞ? ああ、きっとアリア、君の地頭が良いに違いない」
「あ、ありがとうございます」

アリアは真っ赤に頬を染め、深々とメイド服姿でお辞儀する。

「アリア、君の専属教師はこのローラだったな」
「はい、良くしていただいております」
「大まかなことはローラから聞いている。炊事洗濯掃除料理はまだまだどころか失格だが、貴族の礼法は身についてきているようだ。こんな短時間で教え込むとは、さすがローラだな」
「ありがとうございます、ハルフレッド様」

ローラが優しく声をこぼした。
そして、アリアの声が続く。

「はい、ローラ様の教えが分かりやすいからだと思います」
「うん、これはローラにも給金をはずまねばな。それとも、金銀の指輪や宝石がついた装身具が良いだろうか。迷うな……アリア、君はどう思う?」

 瞬間、仮面をつけていたようなローラの表情が少し崩れる。
 アリアは小さく頭を横に傾げ、じっくり考えたのであろう、思いをゆっくりと言葉にする。

「ローラ様はまっすぐで、正直な方です。何か品物を送れば、好意の証と受け止められましょう。代わりに財貨であれば、純粋に仕事の評価の対価、と受け取られるはずです」
「ふむ?」

ローラはその言葉に目尻を下げる。
思うところがあるのだろう。しかし、彼女から続く言葉はない。

「恐れながら全てはハルフレッド様次第かと」

アリアは言った。

「どういうことだ?」
「ハルフレッド様は、ローラ様に上司と部下の関係を超えた愛情を抱いておられますか?」
 
 一瞬の静寂。

「ふむ、ローラはよくできたメイドだ。貴族出身でもあるが、辺境伯の三男である私とは釣り合わぬ。宮廷序列では彼女の方が私より上だ」
「まあ、ハルフレッド様」

 と、仮面を装っていたローラも顔が笑みに崩れる。
 で、アリアが地を出した。

「そ、それでは」
「ああ、良くはっきりと言ってくれた。言いにくいことだな。だが、それを直言できるアリア、君は本当に素晴らしい。うん、私は実に良い拾い物をしたものだ」
「お、恐れ入ります」

 アリアはまたしても顔を真っ赤にして深々と礼をし頭を下げる。

「ローラには金貨を取らせよう。うん、決めた。それが良い」
「はい、ハルフレッド様」
「うん、アリア?」
「は、はい?」

「これからも助言を頼む。君の言葉は信用できるし何より適格だ。本日ただいまより、君は正式にこの辺境伯家のメイドだ。待遇等の給金などは後で家令や執事らに行わせよう」
「ええと、それはライル様ですか?」
「ん、そうとも。ライル爺だ。私が信頼する人間は少ない。アリア、そして君の兄のロラン。君たち兄妹も私を失望させるな?」
「……え?」
「あはは、わたしは君たち兄妹に期待しているのだよ」
「は、はい!」

と、アリアはライル老の皺くちゃ顔を思い出しては気合を入れる。
あの老騎士は厳しいのだ。

「ああ、硬くなるな。ではアリア、私の呼び名のことだ。これから辺境伯爵公子閣下でも、ハルフレッドでもいい。どちらにする?」

と、聞かれたアリアは三度顔を真っ赤にし。
細く小さな声で告げるのだ。

「……ハ、ハルフレッド様と呼ばせてください……できれば……その……」
「まあ」

と、ローラは優しい視線をアリアに送り。

 それを聞いたハルフレッド。
 彼は。

「おう、いいともアリア! 俺も君のことはアリアと呼び捨てにするからそのつもりでいろ! では、この家のため、ひいては俺のためによくよく仕えろ。よいな?」
「は、はい!」

アリアはまたまた、茹でダコのようになりながら、この貴族二人に向かい深々と礼をしたのである。



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