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『STAR WARS: 遂げられた指令』 第1部 10章 出航

十 出航

「バラカ艦長より通信!」パイロットが叫んだ。「オープンチャンネルですが……受けますか?」
「テラム、このめちゃくちゃな状況を見ただろ。」船長はもじゃもじゃの顎ひげの下で攻撃的な笑みを作った。「やつらが反乱者のクズどもの不遜な通信を傍受する。さて、それでこの混沌の中で何ができるって言うんだ? 俺にだって今目の前で何が起こってるのか、ちっとも見当がつかん!」
 テラムが無言で頷き通信をつなぐと、焦げ臭いコクピット内にくぐもったバラカ艦長の声が響いた。
「こちら〈ジャヴェリン〉。発進の準備が整った。出るならば今しかない。そちらはどうだ? 動けそうか?」
「お疲れ様!こちらは〈こんがり丸焼け号〉だ。もう船はボロボロだがね、」船長はパイロットの肩を強く叩きながら答えた。「我らの愛すべきテラムがうまく着陸させてくれた。例のどでかい・・・・貨物センターの、南東に面したドッキング・ベイの中だ。とりあえず一度飛ぶだけなら問題ないだろ。そちらのハンガーを開けて、できるだけ貨物センターに近づいて飛んでくれ。」
「わかった。あの帝国の軽クルーザーはこちらでなんとかするつもりだが、すでに増援は呼ばれているはずだ。スター・デストロイヤーが来てしまえば離脱は難しくなる。チャンスは一度きりだ。フォースが共にあるように!」
「頼むぞ!」
 船長は通信を終えると、不敵な表情でテラムを睨んだ。もともとこの貨物船の乗員は二人だけ。そして二人とも奇跡的に無事だ。何らかの理由によって帝国軍に混乱が生じ、今や生還の希望も現実的になってきた。
「エンジンをかけろ。ここの所有者には悪いが、もう一度利用させてもらうとしよう。」
 リパルサーリフトが喘息患者のごとく苦しげに唸り、瀕死の貨物船は再び浮き上がった。エンジンの爆風をくらい、床に転がっていたブハース=ドッケン星間運輸会社の作業員たちの道具や衣類は、台風の中の塵といったように力なく吹き飛ばされた。

「反逆者どもを仕留めろ!砲身が焼けるまで撃ちつづけろ!」顔を真っ赤にした司令官が怒鳴る。軽クルーザーはブラック・ワスプとBF-5を目がけて猛烈なレーザーの雨を降らせた。白く塗った針葉樹林と見紛うほどにすさまじい水柱が上がり、二機は互いに距離を取りつつ海上を必死に飛び駆けた。

 人々の争いをよそに、さらにもう二頭のレッド・クラーケンが海中から姿を現した。
 帝国爆撃機のミサイルで傷を負った一頭目のクラーケンは怒りに燃えたまま港町を目指したが、港湾施設や海上ドームから発射されたスタン・ハープーンにからめとられ、民間のレーザー砲台からの射撃によって徐々に力を失っていた。

 インターセプターを操縦していたのがダイアディーマ・ネルソンでなかったなら、新たなレッド・クラーケンが振り回した触手に叩き落されていただろう。だが彼女は持ち前の反射神経で致命的な鞭をひらりとかわし、クラーケンから離れた。
 不運なことには、反射神経に優れていたのは彼女だけではなかった。司令クルーザーの砲手はブラック・ワスプがクラーケンを避けるために上昇したその瞬間、タイミングを逸することなくトラクター・ビームを発射した。インターセプターは見えない手にがっちりとつかまれ、エンジンの唸りもむなしく空中にくぎ付けになった。そのままトラクター・ビームに引き寄せられた機体はクルーザーのハンガーにゆっくりと吸い込まれていった。

 最後の爆撃機を破壊したミン・テジュンは、同時に自らの機体が大きく揺さぶられるのを感じた。どうやら、港湾の砲台からレッド・クラーケンに向けて放たれたレーザーが当たったらしい。BF-5はエンジンから煙の尾を吐きながら、徐々に推力を失っていった。

「司令官、BF-5が墜落します!」
「ブラック・ワスプはどうなった?」
「トラクター・ビームが捕らえました。ハンガーに格納しています。」
「よし、」司令官は体をかがめて荒い息をついた。「反逆者のクズどもを片付けたぞ。随分と手こずらせてくれたものだ。……そしてこの忌々しい状況はなんだ!? 民間人の砲撃を今すぐやめさせろ!」
「お言葉ですが司令官、クラーケンが何頭も現れているのでして……。」
「そんな事は関係がない!帝国の命令は絶対だ!」
「司令官!」別の通信士官が立ち上がり、報告を叫んだ。「海中より新たな物体が出現!」
「四頭目と言いたいのかね? あんな醜い海獣がいくら来ようが、それに何の意味がある!?」
「クラーケンではありません。宇宙船です!」

 濃い緑に輝く海面がひときわ波立つと、灰色の船体が現れた。突如割り入ってきた不審者に、レッド・クラーケンの一頭が触手を打ち振りながら跳びかかった。海中から浮上した紡錘形のクルーザーは、帝国の司令クルーザーより一回り大きく、小山のようななだらかな膨らみに全体を覆われている。その有機的なフォルムは、帝国軍艦艇とはまったく対照的な印象を与えるデザインだった。
 レッド・クラーケンは殻に覆われた胴体から生えているあらゆる触手やキチン質の鉤爪をクルーザーの船体に引っ掛け、そのまま押しつぶそうとでもするかのように抱きついた。だが、それもひと時のことだった。クルーザーが船体各所に装備されたレーザー砲を次々に発射すると、クラーケンの体は爆竹のように爆ぜ飛び、ちぎれ飛んだ肉は海に飲み込まれた。
 浮上したクルーザーはしばらく海水を滴らせながら、快活なエンジン音とともに加速し、貨物センターに接近していった。

「間違いなく反乱者のクルーザーだ!海に隠れていたのだ!絶対に逃がすな!」
 司令官の命令に応えて帝国クルーザーから苛烈な砲撃が放たれた。だが、敵はシールドを張ってレーザーを受け止めつつ応射し、帝国クルーザーを圧倒していった。紡錘形のクルーザーはそのまま悠然と旋回し、その舷側を帝国クルーザーに向けた。そして舷側に並んだ三つの発射管からイオン魚雷が飛び出した。

 自分の機体がトラクター・ビームによってクルーザーのハンガーに引き込まれる間、ダイアディーマは必死に対処を考えていた。だが、どうしようもない。大勢の兵士に囲まれ、コクピットから引きずり出され、反逆者として裁判を受けることになるだろうか。いや、裁判を受けることはないだろう。そのまま射殺されるなら良い方で、むしろ今や、これから直面する拷問ができるだけ苦痛の少ないものであるのを願うばかりだ。
 せめて最後に少しでも抵抗したものかどうか彼女が決めあぐねていると、海面から謎のクルーザーが浮上してくるのが見えた。クルーザーはレッド・クラーケンを撃ち殺し、そしてまさにこの帝国クルーザーに狙いを移す。激しい射撃の末に、ついに舷側から発射された魚雷が帝国クルーザーの船体を揺らした。ダイアディーマが、それがイオン兵器であることに気づくと同時に、インターセプターをがっちり捕まえていたトラクター・ビームが消失した。ダイアディーマは自由になった機体を急加速させ、帝国クルーザーから逃れた。

 ミン・テジュンのTIEファイターは推力を失い、方向転換も満足に出来なくなっていた。機体はどんどん海に向かって落ちている。脱出しようとしたが、焼け付いたらしきハッチは開かなかった。彼は諦めた。
 あの貨物センターの作業員たちは助かっただろうか。自分の選んだ行動に意味はあったのだろうか。テジュンの脳裏に、さまざまなビジョンが浮かんだ。故郷のブレンタールIVで両親と一緒にいる幼い自分。学友たちと遊んだ記憶。十代の恋。自分を帝国アカデミーに送り出す父と母の笑顔。アカデミーでの訓練。ダイアディーマ。おお、ダイア!君は結局「こちら側」だったのだ!だが、もう君の顔を見ることはない。
 テジュンが、まるで人生最後の一瞬一瞬を録画しようとでもいうように美しい海面をじっと見つめていると、一隻のクルーザーが海を割って現れた。クルーザーはレッド・クラーケンを撃ち殺し、上昇する。船体の特徴から見てモン・カラマリが造る船だろう。反乱軍によく見られるタイプの船だ。
 上昇するモン・カラマリ・クルーザーと、墜落するBF-5はすれ違った。テジュンの目の前に海面が迫ってくる。そして彼の体は、衝撃に強く揺さぶられた。テジュンはヘルメットの中で嘔吐し、気を失った。
 BF-5は海に飛び込む寸前にモン・カラマリ・クルーザーのトラクター・ビームに捕らえられ、そのままハンガーに引き込まれていった。

 テラムは浮上した〈ジャヴェリン〉を確認すると、貨物船を全速で発進させた。もはやまっすぐに飛ぶことすらおぼつかない有様だったが、彼の卓越した操縦技術と、いつも決まって粗末な船で無茶な作戦をさせられる反乱軍での経験が、この短距離飛行を成功させた。貨物センターのドッキング・ベイを飛び出した貨物船は、その生涯最後の飛行を立派に行い、〈ジャヴェリン〉のハンガーに着床した。そしてその船体は、音を立てて折れた。

 帝国司令クルーザーの拘束を逃れたダイアディーマは、大回りに空中を旋回しながら全ての状況を把握した。そして、シールドが消失したままの司令クルーザーにインターセプターを接近させると、エネルギーを火器システムに集中させ、レーザーを連射した。船首から順々に爆発が起こり、最後にブリッジが吹き飛んだ。全てを失ったクルーザーは惰性で滑空し、力なく高度を下げつづける。その向かう先は、真っ赤な無数の触手が炎のようにうごめく、緑色の輝く海だった。
 ダイアディーマは一度深呼吸し、上昇を続ける〈ジャヴェリン〉のハンガーに飛び込んだ。

 救援要請を受けて駆けつけた二隻のスター・デストロイヤーがハイパースペースを出てコルラグ・サフィラスの軌道上に現れた時、〈ジャヴェリン〉の航法コンピューターはすでにジャンプのための座標計算を終えていた。それゆえ帝国軍と反乱軍の将兵たちは、互いに宿敵の存在を一瞬認めただけだった。
 〈ジャヴェリン〉はハイパースペースに消えた。

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金くれ