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【ダンジョン潜り】 (2-14) ~つたの牢獄~

~前~

 エレクトラの悲鳴を背に私は向き直り、背後から音もなく襲い来た存在と対峙した。私は反射的に短剣を抜いていた。
 深緑色の綱が、獲物に突進する蛇のようにこちらの首元に絡みついてきていた。
 私は短剣を打ち付けた。
 ひと振り、ふた振り、切りつけるたびに綱の裂け目から汁がにじみ、青臭いにおいが濃くなった。

 ついに綱の先端は切り落とされ、床に転がった。それはよく見れば、つる植物のような触手であった。ただし、あまりにも巨大であるが。

 最初に皆に警告を叫んだカリスは短刀と大弓をたくみに操り、さらに何本もの触手を破壊している。
 テレトハは叫びながら杖を振り打っており、そのたびに触手が切り落とされてゆく。風を凶器に変える天術の一種だろう。

 ようやく我ら徒党の置かれた状況が飲み込めた。この大祭壇の大部屋は、巨大な触手を這わす魔物に囲まれているらしい。
 わかっていた事とはいえ、ダンジョンは私たちに休む暇を与えてはくれないようだ。

 私たちは各々の得物で、また術をもって触手を退けた。しかし敵の攻勢は止むことなく、切り落とされた触手はずるずると引き下がるものの、すぐに新手が、四方から音もなくのたくり向かってくるのだ。
 崩れた壁石の隙間から、朽ちた扉の裏から、訓練された無慈悲な歩兵隊のごとく触手が湧き出てくる。

 ついに壁の一部が崩れ、床石がみしみしと割れ砕けるに至ったとき、私たちはもはや猶予のないことを悟った。

 「部屋を出るぞ!つぶされる!」
 ガイオの号令に呼応して皆は走り出した。
 私たちが入ってきた入口はすでに巻き付く触手に制圧されており、その他に4か所ほどの出入り口があったが、行き先をじっくりと吟味する余裕などすでになかった。

 「あそこを突破するぞ!」
 ガイオが、ぼろぼろの扉がかろうじてへばり付く出入り口のひとつを指差した。そこは比較的、触手が手薄であった。
 私たちは盾や武器を振り回して近寄る触手を払いつつ、出入り口へ走った。

 「扉を吹き飛ばすよ!」
 テレトハが叫び、杖を構えた。
 カリスは光の矢をつがえる。
 私はファイアボールの詠唱を始めた。

 サンダーボルトと、光の矢と、ファイアボールが一斉に発射され、威力の渦となって扉を打ち壊した。
 扉は付近の触手を道連れに吹き飛び、破片が舞った。

 私たちは全速力で出入り口を通り抜け、大祭壇の間をあとにして狭い廊下を走り抜けた。
 ガイオのもつ松明の灯りだけを頼りに2つの角を曲がり、まず目に入った部屋に駆け込む。

 マジックライトで室内が明るくなるにつれ、異様な状況が明らかになった。壁や天井は植物のつるにびっしりと埋め尽くされ、もはや原形をとどめていない。
 植物はすでに枯れ、石のようになっていたが、先ほどの触手の襲撃を考えればこのダンジョンが恐るべき植物群に蹂躙されていることは明らかだ。そしてそれこそは魔物であろう。
 「つたの牢獄か......。」
 ガイオがつぶやいた。

 「あの植物にはいっさいの敵意も怒りもなかった。」
 リドレイはしばし感知に集中し、首を振った。
 「ダメだな。あの触手どもの存在は、感じることができない。」

 ガイオは何かを言いかけたが、すぐに後ろを向いた。皆も彼の目線の先を追った。
 私たちが今駆けてきた廊下の奥から、触手がよろよろと這ってきた。

 ガイオとテレトハが悪態をついた。
 皆がまた走ろうとしたが、カリスだけは大股で立ち尽くしていた。
 彼女の唇は囁きかけるように動いていた。
 それはバンクへの祈り、詠唱であった。

 カリスが手を掲げると、床石を打ち割りながら、幾本ものねじくれた低木が槍のようにその幹を突き出した。
 幹は瞬く間に太くなり、長く伸びて天井にまで達した。幹からは次々と枝が伸び、枝は葉をつける。超自然の樹木がついに生長を止めたとき、それは壁となり、廊下は完全に塞がれた。

 「木には木を、だ。」
 カリスはそう言って自慢気に皆を見回した。

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 ガイオ    戦士     ○
 リドレイ   プリースト  ○
 ぼるぞい   魔法戦士   ○
 カリス    レンジャー  ○
 テレトハ   メイジ    ○
 エレクトラ  司書     ○

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~つづく~

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金くれ