短編 「ドブス野郎」

熊崎 光太郎。 全身から死臭を発するメタボの隣人。仕事はまだ無い。

奴とは、毎週水曜日のゴミ出しの日に必ず廊下で鉢合わせる。奴はいつもボサボサの脂ぎった髪を垂らしながらトボトボ歩き、そして、その隙間からは子どもの様に小さな瞳がチラリと見える。あの魔物のような図体の持ち主でありながら、その瞳は妖精の様につぶらなのだから、憎たらしいものだ。

そして、また今日も奴とは廊下で鉢合わせた。が、なんだか様子はいつもとは違かった。いや、本当の意味で違ったのは俺の方だ。今日の俺は、俺にしては珍しく寝坊しちまったもんで、家を出る時間がいつもとは違かった。

あの時、奴は まるで血に飢えたケモノと化していた。思うに、もう実家から仕送りが来なくなっていたのだろう。最近の奴は極度の飢餓状態にあった。おそらく、奴には俺のことが自分の餌にしか見えていなかったのだと思う。奴は、熊崎は、いきなり牙を剥いて、俺の方に向かって襲い掛かってきた。もう数年は走った事など無いであろう奴が、こちらに向かって走って来たのだ。それは、普段の奴を知る俺にとってはとても異様で、奇怪な出来事だった。

なぜ、奴がおかしくなったのか細かい理由は分からない。それは突然だった。何の前触れの無く、奴の精神は壊れた。奴がいつ豹変したのかは、まるで分からない。いつの間にか、奴はヒトからケモノへと変貌していた。奴を取り巻く空気は、以前とは全く大きくガラリと変わっていたのだ。

とにかくだ。奴は獲物を狩るような鋭いケモノの眼で、俺に襲い掛かってきた。驚いた俺は、とっさに手に持っていた鞄を奴の頭目掛けて叩きつけた。すると、奴はズッコケて、俺の足元に倒れ込んだ。ゴツっと音を立て、顔面を地面に直撃させた。奴の両歯の牙は折れていた。しかし、奴はしぶといことに、そこから俺の靴に噛みついてきた。

靴に歯形が残る。なんてことしやがる。いい加減にしてくれよ。

そう思った俺は、奴の顔を思い切り足で踏みつけ、その場から逃れた。あんな暇人の相手をしていられる程、俺は暇じゃない。今日の俺は寝坊したんだから、急いでるんだ。すっかり人生の時間を無駄にしたなと思った。

だが、やはり今日の奴はどこか おかしかった。

マジで普通じゃなかった。あれはイカれてた。

なんたって、いきなり俺の背中にナイフを突き刺してきたもんだから。




俺はショックしちまった。。。


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