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数歩先へ行くために

レンヌ、フランスのホテルにて

これからの3年間、自分が何を考え、創作に没頭したのかを記録しておきたい衝動に駆られたため、メモとして書き記しておきたい。

昨年から身体の感覚に大きな変化を感じるようになってきた。ソロの作品を踊るとき、異常なほどに感覚が研ぎ澄まされ、今まで感じたことのない埃などが触覚に触れる感覚、時間がやけにゆっくりと感じることが増えてきた。もちろん、これまでにも舞踏という世界で鍛錬を重ねてきた身としては、似た感覚を舞台で味わったことはあるが、それとは似て非なるものであり、昨年からそのことについて、自問自答する日が続いていた。

「終わる」。。。。
そっかぁ。
現役として、フィジカルを駆使して踊れる身体に限界がきているんだ。

ある日、直感的にそれを感じた公演があり、それ以来、どのように終わるか、そして、どのように永遠に続くと思っていたこの身体と別れを告げて、次に進むのかを整理し始めるようになっていた。もともと、舞踏家として老いることへの憧れを抱きながら、死ぬまで現役で踊り続けたいと思い、この世界に飛び込んだ20代。
 しかし、未来の老いに憧れるのではなく、「時分の花」である今と向き合い、踊るべきとアオキユウキさんに気づかせて頂き、可能な限り、自分自身と向き合うことに没頭をしてきた10年だったように思う。
 そして、いつしか「今のまま、もう少しだけ。。。」と老いることへの恐れを抱く自分と出会えたことに、驚きと小さな喜びを感じずにはいられない。しかし、もう終わりは刻々と近づいていることに変わりはなく、今は数歩先の未来を考えるにも、名古屋で多忙な毎日を送る中で余裕がなかったが、「VESSEL」のヨーロッパツアーを機にゆっくりと整理をすることができている。

自分の中にいくつもの、線にもならぬ問いが点在している。
・現役を引退するか
・舞踏家としてただ探求するのか
・黄金4422の運営に専念するのか
・海外に新しい可能性を求めるのか
・名古屋を出るか
・創作を続けて行く才能など自分にはあるのだろうか
・弟子を育てるのか
・カンパニーを立ち上げるのか
・この業界にいることの意味はあるのか

答えの見つからぬ問い、歩んだ道の上にしか、その答えなど今までもなかったことはわかっていながらも、自問自答を繰り返す。今思えば、海外にいた10年間。お金も仕事もないが、時間だけはあった。一日のほぼ半分の時間を問いかけ、踊る。その過去が今、辛うじて進み続ける後押しをしてくれているのかもしれない。