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#007 スネオヘアーがサブカルだった

2週間前くらいに、このnoteで「アジカンの冴えなさ」について書いた。華奢な体格で黒縁メガネをかけた小柄な男性が「僕と君」について歌うことで、それが説得力になると。当時中学1年生の僕はその様子を見て「あっ、この人はこっち側の人だ」と思ってアジカンを好きになった。今思うと、冴えない見た目という"キャラクター"の人が「僕と君」について歌うということの"表現"がとても合致しており、それによってそういう説得力が出たのだと思う。

アジカンはキャラクターと表現が合致したタイプだとすると、それ以上に"冴えないキャラクター"でゼロ年代邦楽ロックシーンをかき回した人物がいる。スネオヘアーだ。

こちらも華奢な体格で、特徴的なキノコヘアー。キノコヘアーなのにスネオヘアーという芸名の意味の分からなさ。そしてなにより、めちゃくちゃ面白かったころのSPACE SHOWER TVの名物番組『熱血!スペシャ中学』でのイジられキャラクターっぷり。いつも何を言い出すのか、何をやり出すのか分からない雰囲気プンプンな振る舞いをしていた。見た目とは裏腹な暴走キャラみたいなことでいうと、爆笑問題の太田さんに通ずるものがあるのかもしれない。今思うと、僕が最初に憧れた芸能人は爆笑問題の太田さんだったので、そこにどこか重ねて見ていたのかもしれない。「見た目はなにも害がなさそうなのに、何をしでかすか分からない」という人に僕はなりたかった。そんな羨望の人が『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』に出てダウンタウンにイジられている。スペシャ出身みたいな人が地上波の音楽番組に出ている。それは文字通り、スターダムにのし上がっている姿を見ているような感覚があった。この感覚、今この文章を書いていて約15年ぶりに思い出した。スネオヘアー、ダウンタウンにハマってたなぁ。

そんな「この人はこちら側の人で、僕の思いを代弁し、憧れる振る舞いをしてくれる」と思わせてくれる人物像も年月が経つと変わっていき、スネオヘアーからゼロ年代後半になると星野源率いるSAKEROCKになり、2010年代以降はオードリー若林と星野源が2台巨頭になっていった。人生のこれっぽっちもうまくいかなかった20代は星野源「化物」を聴き込み、若林正恭『社会人大学人見知り学部卒業見込み』を読み込み、2人のラジオを聞き続けた。彼らの音楽やお笑いでの表現、執筆物、ラジオでの喋りがあって自分の命が繋ぎ留められたような時期があった。

そんな自分の人生の暗黒期もなんとか脱出した今、星野源・若林正恭の表現に頼らずに済むようになった。自分を救済するために人の表現を摂取することを「卒業した」という実感。それを思い出すと、そこの原点にはアジカンがいて、そのもっと奥にはスネオヘアーがあった。そしてそのもっともっと奥には爆笑問題・太田光。この人たちが僕にとってのサブカルだったと思う。

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