偶像と虚像

かつて私は一人の歌声に魅了された

彼女の鮮烈に、痛烈に、私の心に突き刺さり、深く刻み込まれたのだ

それからというものその歌声が、その音楽が私の拠り所だった

それが”偶像”だとしても、心が満たされるのなら構わなかった

この歌声は万人を惹き付けると、本心から思った


ただ、当人はそう思っていなかった

自身を信じられず、他者を信じられず、その苦悩は日に日に募っていくようだった

私はできる限りの手を使い、彼女の歌声のすばらしさを褒め称え、数多の人々へ広まるように努力もした

しかし、その思いは届くことなく、結局彼女は自らの道を断つことを選んだ


私は本心を押し殺し、彼女の選択を尊重した

幸い、別れまで猶予があった

私は後悔を残さぬよう、限られた時間を楽しんだ

そして別れの時、確かに彼女は『またね』と言ったのだ

それを信じ、再びその歌声を聴くことが、私の望みだった


全てが”虚像”と知るまでは


別れを告げる遥か前に、彼女は別の道を歩み始めていたのだ

苦悩し、歩みを止めたかに見えた彼女は、ずっと歩き続けていたのだ

悩みを抱きつつも、前に進み続けていたのだ

彼女であって彼女でない”誰か”として

私が、”彼女”とともに歩みを止めている間にも

私が見ていたのは”偶像”ですらなかった

”虚像”だったのだ


その誰かは今楽しそうに笑っている

楽しそうに歌を歌っている

私が彼女に望んだ姿がそこにあった

しかし、その傍らに私はいなかった

1年の永きに渡り、私はそれを知らなかった

すでに望むものを手に入れた彼女を知らずに、彼女の幸せを願っていたのだ

なんと、滑稽なことか


姿形など、どうでも良かった

その歌声が全てだったのだ

その歌声を聴けるのならば、どんな形でも構わないと思っていた

真実を知った時、幸せそうな彼女を見て心から安堵した

ならば何故私は、再び出会えたその歌声を、苦しみながら聞いているのか

私が虚構を信じている間にも、彼女は進み続けていたからだ


器の小さい男と笑ってくれ

馬鹿な男だと笑ってくれ

惨めな男だと笑ってくれ

道化として笑われる方が気が紛れる


本当は今からでも遅くないのかも知れない

私が愛したその歌声を、もう一度聴くことができるのだ

迷うことなどないのかも知れない

だが今の彼女を、誰が”虚像”でないと証明できる?


信じられんのだ

偶像と呼ばれる全てが

耐えられんのだ

自分の想いが虚無と消えることが


もはや全ての”偶像”が”虚像”に見えるのだ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?