おもにカメちゃんとアサちゃんのはなし(劇場版モノノ怪唐傘 感想)



※神話や古典に絡めた深い考察等はないです!1回しか見てないのでそもそも考察がないです!


劇場版モノノ怪、面白かった〜!

難しいところもけっこうあったけどわからなくても映像と音響のパワーで盛り上がれるのが、ベタベタだけど映画館映画って感じで良かったですね。

最後のバトルシーンめちょめちょカッコよかった!

パンフが売り切れていて泣きました。他の映画館行きます。

この水絶対正室が飲ませてる子どもできなくなる毒だろ!とか絶対この金髪黒幕だろ!みたいなこと思いまくりながら見たけどそのへんは次章以降のおはなしになるのかな。


以下、ネタバレを含みます。


まとめ

・うつ病アニメすぎる(鬱アニメではなく)

・カメちゃんは可愛くて魅力的でムカつく女の子

・アサちゃんカメちゃんはまぐわってると思う

・歌山様が好きです

・何も捨てたくねえ〜〜〜〜〜


視聴前はあんまりネタバレ入れないようにしてたんですけど、ちらっと「百合アニメ」みたいな感想を見ちゃってそういう感じね!という心構えで鑑賞。

結果から言うと僕の感想は百合アニメというよりうつ病アニメ(鬱アニメではなく)だな…となりました。

これ以降うつ病への言及が多々ありますが、僕は医療従事者ではないし、個人の経験に基づいて感想を書いているので、かなり主観的だと思ってください。


淡島さん、北川様、うつ病じゃねーか!!!!

まずあれこれうつ病アニメですか?ってなったのはカメちゃんが鯛を干す?みたいな仕事をほっぽっちゃって麦谷さんに責められてるシーン。カメちゃんに向けられた言葉が思うように仕事をできていない淡島さんに刺さっていく…。


いや、うつ病だよ淡島さん!!!!!休養しろ。


今までできたような、できると思ってたことができないのがいちばんきちーよな。それをアサがかばってホッとする表情とか、ホッとするんじゃなくてバカにされてる!ってキレるタイプっぽいのにホッとしちゃってるのがしんどかった。

北川さんがだんだん部屋から出られなくなっていくのとかもモロにアレでアレでした。



ていうか麦谷さんもけっこう壊れかけてるよね。見た目にコンプレックスがあるんだろうけど、それは肥えじゃなくて顔の造形とかで表現してほしかったかもな。アニメの人間の美醜ってよくわからないけどこの映画を作ってる人たちなら表現力でなんとかできそうだなと。

僕デブなんでデブは甘えと思いがちだけど、麦谷さん大奥で上に行ける人で努力できないタイプじゃないだろうから(世渡りが異常にうまいだけの可能性もあるか)、本当に痩せられない体質の人とかなのかな。


あのシーンは麦谷さんのコンプレックス以外にも、「カメちゃんが可愛くてムカつく存在であること」も明確に伝わってきて良かった。門番の人がデレデレになっている通り、アサちゃんもカメちゃんも美人であることは明白なんだけど、なんだろう、カメちゃんみたいな明るくて人当たり良くてでも仕事できないタイプの人って付き合いに困るんですよね。まあ仕事うんぬんは自分も人も傷つけるのであんまりなんも言わんとこ。少なくとも大奥の仕事はカメちゃんには向いていなかった、というのが今回のお話。

こういう魅力ステータス振りMAXタイプの人間は、マジで周りの人間を魅了してできないことをできないんだなって許してもらうしか生きる道がないんすよね。カメちゃんが下積みが全然できないから見初めてもらってなんとかしよう!ってすぐなったりするのも、それまでそうやって生きてきたからなんじゃないかと思った。現代社会ならまあそれでもギリギリ居場所があったりするもんだし、そもそも向いていることをやる場所を探したりできるんだけど、大奥はそんなに甘くない。

魅力だけでなんとかなったのはアサちゃんだけだった。


ところで、皆さんはアサちゃんとカメちゃんがまぐわったと思いますか?


何でもかんでも性描写のメタファーと思い込むオタクってキモいなとも思う。でもそういうのを冷笑して物語に対してプラトニックな考察だけをしているときに比べて、少なくとも一つ別軸の視点が入るから悪くないのかも、と最近は思うようになった。簡単に言うと「このときこいつらセックスしてね?」という視点があるとないとではあるほうがいろんなこと考えられるよって話です。


僕はしてると思ってます。なぜならアサちゃんの異常とも言えるカメちゃんへの愛情が「今まで書の道に真摯に向き合い周りを寄せ付けなかった美人が、顔の良い同期に急に距離を詰められてあったその日に食われてメロメロ」に見えてしまったからです。


この恋愛脳が、なんでも愛情の根源を性に絡めるのをやめろと言われるかもしれません。信じてもらえないと思うけど僕も本当はそっち側です。物語において色恋の絡まない信頼による繋がりがいちばん尊いものだと思っています。ネウロと弥子とか、ヤクザの兄弟分みたいな関係が理想です。(例えが悪いか?)


でも早すぎんのよ。出会ってすぐあそこまで失敗ばっかの同期を信頼できますか?僕の持論では信頼の必要ない人間関係の構築で代表的なのが恋と性行為ですから。でも人間関係のはじまりって別に正解とかないからそれでほんとうはいいんだと思うけど。最終的にはふたりとも愛し合ってたと思うしね。

少なくとも(途中までか最後までかはわからんけど)アサちゃんはカメちゃんを守るべき対象と考えていて、信頼はしていなかったのではないかな。

僕は信頼信奉者なので、二人の関係はそこまでハマらなかった。正解とかないからと思いつつ、色恋から始まる関係に対して結局人間って色恋しかできないのかよー!動物じゃねーか!みたいな歪んだ怒りを覚えるおしまい人間なので。はやくはじまりたいです。


歌山様が好きだったな。強すぎたから。

この映画の楽しみ方として途中に提示されたのが「形、真、理」の3つはなんだろう?って観てみてね!というものだったと思う。いまだにどれがなんなのかはいまいちわかってないし、みているときめちゃくちゃ字幕ほしいこの映画〜!!!って思っていた程度には理解してない。

まあそん中の正体的なのが北川様であったけど、ギリギリまで歌山様もしくはアサちゃんが正体というどんでん返しもあるのでは?と思いながら見てました。

そんなことを考えないで素直に見ておけばもっとストーリーを理解できた気がしてます。やめよう、難しい映画の深読み。

そんな中できればうわ〜この人すごい人や〜犯人(?)歌山様であってほしくはない〜でも強すぎる責任感や大奥の未来についていろいろ悩むところもあるだろう〜うう〜って感じでした。手を気にしていた描写は老いを恐れていたのかな?絶対水に毒が盛られてるんだと思ってた。


あと渇く(捨てる)の話もしないといけませんよね。いちばん泣いたのは淡島さんの「私だって捨てたくなかった」のシーンでした。僕は貧すれば鈍すが人生訓のニートなので、余剰金がなくても欲しいものを買わないという選択肢がないし滅私奉公もした経験がないのですが、なぜかとても涙が出ました。したくないからか。渇いたら即駄目になる人間の典型だと思います。

でも大奥だと、みんな捨ててるからこそ、捨てようとしないカメちゃんみたいな人を許せなくなるんでしょうね。捨てないのに欲しがっちゃってるし。(僕はカメちゃんのアンチではないです)しかも可愛かったら惚れてる人以外にはギリギリ嫌われちゃうね。まあアサちゃんみたいに筆で身を立てたい!みたいな感じじゃなくキレイな服着てキラキラしたいぜが目標っぽいので、大奥の外で幸せに暮らしててくれればいいですね。でもたぶんもうアサちゃんとカメちゃんは会えないのだろうな。大奥のシステムって全然わかんないですが。


書き漏らしがありそうだし見当外れな感想もありそうですが、このへんで終わりにしたいと思います。

できたらもう一回劇場で見たいけど見たい映画が溜まってるので見終わったあとまだ劇場公開してるか怪しい(モノノ怪だけにね)です。

字幕付き上映とかないですかね?

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