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初めましてに思えなかった

広い美術室の大きな窓の近く、太陽の光が眩しすぎるほど差し込んでくる窓際の通路。
そこがあの子の特等席。

名前は知らない。正直、大きなキャンバスと逆光のせいで顔をまともに見たのも数回のその子のことを私は誰より知っていた。
白を基準に淡い色をまるで混ぜ込むように入れて、それを濁すように強い意志の色をのせていく彼女の絵。
どこかいつも儚くて、それでいて悲しくなるほど強いその絵が初めて見た時から離れなくて。
同じ部活で同じクラス、同じ授業選択なのに名前も顔も知らないなんて、薄情なやつだと言われても仕方がないけれど、それが私達の普通だった。

あの子も私の名前を知らない。顔は、あっちから見えてるから流石にきっと知ってるだろうけど。
だから私達はいつもお互いをあだ名で呼んだ。
あの子はアルで私はラニ
きっかけは確か、友達だと思って勘違いした私が「(鉛筆)ある?」と聞いた時に「何?鉛筆?あるよ」と平然と答えて鉛筆を貸してくれた出来事だ。

後から勘違いしていたことを話して2人で笑い、
そういえば知らない子だと名前を聞いたら
「んー、アル、アルでいいや」とあの子が言ったから
私もふざけて「じゃあ私はラニ(あの子はあんまり滑舌がよくなかったから何?がラニに聞こえたの)って呼んで!」って言ったんだ。

それから私達はアルとラニになった。

アルは絵が上手くて、声が高い。歌も上手くて、歌うと少し低くなるけど綺麗な高音を出す。ただ、少し舌っ足らずな話し方をするからちょっと聞き取りにくいけど。アルの癖は独特で、例えば、絵を描く時アルは必ず「この子は何になりたいんだと思う?」と聞いてきたり、歌詞を見て「この歌詞は何になりたいんだろうね」と、意志を持たないものに“何になりたいのか”を問いかける癖だった。