dear these sad days
そうだね、俺には恋人が居る。彼女のことを好きかどうか。難しいなぁ……。
それにはまず彼女の紹介からしないと。
確固たる事実として、彼女は不幸である。最愛の人に先立たれてしまったからだ。
その事実は彼女を、そして俺を苦しめる。炙るようにゆっくりと、確実に。
逃げてしまいたくなるほどだ。分かるかな。覚悟の上で付き合っていても、やっぱり辛いものでさ。
彼女はときおり、冬の街路樹さえ気づかないほどひっそりと泣く。
そういうとき、俺は黙ってそばに居るか、またはどこか遠くでそれを知らずに過ごしている。
どちらも同じことさ、彼女にとってはね。
彼女の最愛の人は中原中也と言う。
ああ、いまほっとしただろう。何だ、史上の人物か、と。
本当に恋人に先立たれるのとはわけが違う。俺もそう思ったよ、初めは。
よく覚えている。
彼女は頰を引きつらせ、無理やり笑みを作り上げると、
「良いね、思い出があって」と吐き捨てた。
「死んじまった恋人と色んなところに行ったんだろうね」
どんどん醜くなっていく彼女の顔が痛ましく、俺は何も言えなかった。
「あたしは、彼に思い出してもらえたことすらない」
時を超えるほどの想いをこの目で見たんだ。
ただ生まれる時代が違っただけで、どうして否定出来る?
俺は、俺だけは彼女の苦痛を認めたい。
その苦痛を存在させるために、俺は彼女と付き合い始めたんだよ。
だから、さっきの告白には応えられない……。ごめんな。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?