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ノンフィクションであってほしい映画

初めて眼鏡をかけたとき、世界はこんなにも色があったのかとめちゃくちゃ感動した。グリーンブックはその体験を思い出すような映画だった。
色眼鏡を外して、単純にストーリー自体にスポットを当てても、ドクとトニーの2人は美しい関係だった。R2-D2とC-3POがそうだったように、ウッディとバズがそうだったように、甘しょっぱいが流行ったように、ドクとトニーみたいな対照的な主人公の掛け合いは、それだけでも魅力的。
中盤にあった些細なすれ違いのシーンが印象的だった。
悪意があって言ったわけじゃなかったことが、悪意のみ伝わってしまう。言葉を選んで間違える瞬間は悲しくてやりきれなくて、長く記憶に残り続ける。
今では大親友の友人のことを最初は嫌いだった。なんだかいけ好かないヤツだと思っていたのに、クラスが同じになった途端に仲良くなってソイツのことを"嫌いな気がしていただけ"だと気がついた。嫌いなものを好きになるタイミングなんて、石ころのように結構その辺に転がっているもんだ。
この話の核に当たる部分、それは複雑なものではなくて案外単純なものなのかもしれない。無論、そんな簡単な話じゃないのは良く分かっているつもりだが、その可能性をギリギリまで捨ててはいけないと思う。
大人気のロックバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONは差別や勇気を良くテーマにする。大きすぎる主張は叩かれる世の中でそう言ったことを歌い続けるのは簡単なことじゃない。
この映画も同じだ。デリケートな問題をテーマにしたからこそ、賛否は大きく別れるだろう。
僕の大好きなアジカンがそうだったように、また、グリーンブックがそうだったように、僕もせめて勇敢でありたいなと思う。
ディズニーランドのアトラクション、スプラッシュ・マウンテン。あのアトラクションには南部の唄という白人の少年と、黒人の触れ合いを描いた映画がある。ディズニーにその問題を取り上げた勇気も凄まじいと思うし、その映画を元にしたアトラクションがこんなにも人気があることには、どこか運命めいたものを感じてしまう。そもそも映画を知られていないだけなのかもしれないけど。世界中が手の平の画面上で繋がっていくように、様々な人たちがもっとシンプルに繋がっていける世界を願いたくなる。

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映画のグリーンブックを映画館で見た時に思ったことをFilmmarksに投稿していたことを思い出して転記。
僕が好きな音楽にも、根本にはブラックカルチャーが根付いてる。ラップが好きだ。まだ新参者だけど、声を上げる権利くらいあるだろう。それからボンゴの音も好きだ。技術的なことは分からないけれど、シンプルで楽しい。劇団四季のライオンキングで鳴ってたあの軽やかな音が好きだ。
それからモーガン・フリーマンも。

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