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大袈裟に言うのならばきっとそういうことなんだろう

 AM4時、淀んだ空気が部屋を満たす。

中途半端に眠ったせいで脳みその一部が鉄になったかのように重たい。うっすらと群青色になっていく窓の外を見ながら、耳をつん裂くような声で泣く新生児をあやす。

この子と、子どもが好きで好きで仕方ない人には申し訳ないけれど、地獄のような時間だ。

余裕さえあればこんな最低なこと思わず健やかに育児を楽しめたのだろうけど、その余裕がない。

今夜(今朝)も、赤ちゃんが眠りません。

 ただただ理由が知りたい。
ミルクは飲んだばかりだし、オムツも濡れていない。すでに数時間泣き喚いるのだから疲れてもいるだろう。
単純計算でいけばいつ寝てもおかしくないはずなのに目はギンギンである。完全にキマっちゃってる。
 頭を巡らせているうちに、ぐずる時は力んだ顔をしていることを気がついた。
体の力が上手いこと抜けず、ヘンに力んだまま布団に乗せられるのが不快で泣いているのかもしれない。
 泣き出す寸前は顔中の血管が全部切れてしまうんじゃないだろうかと思うくらい顔を真っ赤にしている。めちゃくちゃ力んでいる。
 日中ならそれもらしさとして受け入れるが、深夜になるとそれがなかなか難しい。
鼓膜を揺らすように耳に入ってくる泣き声がバリケードを破ろうとするデモ隊を彷彿させる。

 言葉でのやりとりができないからか感情のセンサーは敏感だ。
ピリついていると、いつも通り抱き抱えていても筋肉の収縮や体温でストレスや緊迫感が伝わってしまうらしく、一向に泣き止まない。ストレスがストレスを呼ぶ悪循環。

力を抜けばいいこと伝えたいだけなのに、言葉ではない方法でそれを伝えるが難しい。

 ただ、何をしても泣かない時もある。
沐浴の時間だ。その前の機嫌がどれだけ悪くても、不注意でうっかり顔を水面につけてしまっても、お風呂の時間だけは絶対に泣かない。
 もともと羊水にいたから湯船が落ち着くのもあるだろうけど、水中では適度に力を抜けているのだろうとも思う。口をすぼめてリラックスしている。お腹の中でもこれに近い表情をしていたのかと想像するとなんだか笑えてくる。
この力の抜け方を、なんとか再現したい。

 なんとかならんかなと考えている最中、奥田民生の存在を思い出した。
適度に力が抜けているという意味では右に出る者はいない。
あの脱力したバランス感じ、シビれる。
かっこいいロックサウンドに相反するようなゆるい言葉を用いた歌詞がシビれる。
 曲名の付け方も好きだ。
イージュー★ライダーは映画イージー⭐︎ライダーをきてるものだし、ホンダのCMで使われているAnd I Love CarはビートルズのAnd I Love Herだ。
元ネタをハッキリさせた上で、そこにサラッとユーモアを足して飄飄とした感じ。
以前、相席食堂という千鳥のバラエティー番組に何故か出演していて、その時もなんで?と思ったけれど、のらりくらりとした人柄が結構ハマっていた。やる気があるんだかないんだか、底が見えない。慣れないバラエティ番組なはずなのに、立ち振る舞いにゆとりがある。
 にしても、ホンダFETのCMはすごい。
車の販促用のCMなのに使用楽曲では『車はあくまでも快適に使う道具 車に乗らないと(いけないわけではないぜ)』と言い切ってしまう潔さがすごい。
 売る側の人間があんまり言わない方がいいようなセリフを敢えて言ってしまうところ、周りがよく見えているなと痛感させられる。周りが見えるのは車を運転する上でも非常に大事なことだ。隠れたメッセージとして視界の広さすら伝えているような気がしてくる。
 車に乗らないと、で切ってるのもグー。
単純に『車に乗らないといけないわけではないぜ』って言えなかったのかもしれないけれど、続きはなんだろうと調べさせるパワー、行動を起こさせる魅力がある。
 いざ調べてみたら『いけないわけではないぜ』。インパクトがあって自然と覚えてしまう。商売上手だ。

 道が脇道に逸れたけど(車だけに)、あのリラックスした感じで子どもをあやしたい。しばらくのあいだ、奥田民生のスタンスを見習って余裕を醸し出してみることにする。ダメなら違うやり方を試してみればいいか。余裕はなくとも、くだらないアイデアなら沢山ある。さすらいもしないでこのまま死なねえぞと歌う声が聴こえた気がした。

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