初恋の音はクレッシェンド
北風が肩を撫ぜる。
もう随分と肌寒い季節になってきた。
このくらいの時期になると、いつも思い出すことがある。
ねえ、覚えてる?
私たちが初めて出会った日のこと。
当時私は高校生で、貴方は私のクラスの担任の先生だったね。
親の都合で2年生の夏休み直前に転校してきたものの、なかなかクラスに馴染めずに一人になりがちだった私を、貴方は自分が顧問を務める吹奏楽部に誘ってくれた。
特にやりたかったこともなかったし、と軽い気持ちで部活に入ったけれど、貴方の指導はとても分かりやすくて、いつの間にか私は音楽の世界にのめり込んでいった。
夏服ではもう寒いなぁなんて感じるようになったある秋の日、部活からの帰り道で忘れ物に気付いて部室に戻ると、一人でピアノを弾く貴方を見つけたの。
一心不乱に鍵盤を叩く貴方の姿は、普段のどこか物寂しそうな雰囲気とはまるで違い、何故だか私はその場を動くことができなかった。
思えばあの時から、私は貴方に恋をしていた。
いけないことだってわかっていたけれど、だんだん強くなっていく貴方への想い。
ねえ、気付いてた?
少しでも貴方に近づきたくて、私、わざと譜面が分からないフリをしていたの。
特別に個人指導をしてくれた時、貴方はピアニストになりたいという夢を諦め、教師の道を選んだことを教えてくれたね。
心底残念そうに話していたけれど、そのおかげで私たちは出会うことができたんだから、人生って本当に不思議だよね。
将来の夢なんてなかった私は、とにかく貴方だけが全てで。
貴方に褒めて欲しくて、貴方に認めて欲しくて。
私は、貴方の夢をなぞるようにピアノに打ち込んだ。
その哀しそうな瞳を一瞬でも輝かせることができるのなら、私はなんだってやった。
あれからもう、10年もの歳月が経ったんだね。
私は今、ピアニストとして世界中を飛び回る生活をしている。
この10年間は、本当にいろんなことがあった。辛いこともたくさんあったけど、ようやく貴方の夢を叶えることができた。
鍵盤を叩く私の左手には、誓いの指輪が光っている。
大好きな人と、夢を叶えた私たちを祝福するように。
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