クニを守る【不思議な夢】
これはまだ私が二十代の頃に見た夢の話。ある日、寝ているとこんな夢を見た。
最初に海が見えた。その海から少し離れた内陸部に水田が見えてきた。集落がある。高床式の建物がぼんやり見える。
この夢を見ている私には、夢を見ているという自覚がかすかにある。
『学校で習った環濠集落だ!じゃあ、邪馬台国の時代かな?』
『いや…、ちがうな。まだ邪馬台国の存在を感じない。』
これはおそらく邪馬台国が出来るより少し前の、日本列島に大小様々な多くのクニが存在し争い合っていた時代のように思う。
集落の中、ひときわ大きな高床式の建物の中に私は座っていた。若い女性だ。この夢を、私はこの女性の視点で見ている。ここからの彼女の一人称は「私」としておく。
この日、私達のクニを治めていた王が死んだ。
木材で作られた建物の内部は仕切りのない広い部屋になっており、王の遺体はその中央に寝かされている。王の周りにはシクシクとうつむいて泣く数人の若い女たちが座っている。王の娘たちだ。
そこにいる私もまた王族の女だが、立場は王の妻である。王の死亡年齢は56歳、この時の私の年齢は19歳。歳の離れた妻であった。
王女たちと私は立場が違うので、私だけ少し離れた場所に座っている。広い室内にシクシクと王女たちのすすり泣く声だけが響いている。
私は腕組みをして黙って床を見ていた。王は何日も伏せっておられたが、とうとう逝ってしまった。もう少し生きていてこのクニを導いてほしかった… この先を思うと悲しいのに涙が出ない。自分と同年代の王女たちが泣いているのに対して、泣きもせず難しい顔をしている私の姿の対比が見えた。
『これからは夫に助けてもらえることはないんだなぁ…』
ぼんやりそんなことを思っていると、急に下から音が…
ガタガタバタ、ドコン!
烈しい音が響き、急いで誰かがやってきたのがわかる。床に四角く開いた出入り口があり、梯子のような階段を勢いよく駆け上ってきたのは警備兵だ。床から頭だけのぞかせて短く告げる。
「敵が攻めてきました!」
そう言うなり素早く頭を引っ込めて下に降りた。戦いに行くのだ。
「…っ!!」
ダン!と、私も勢いよく立ち上がる。そのまま出入り口に飛び込むように外に駆け降りた。
警備兵を追いかけ、走りながら状況を聞く。攻めてきたのは山の向こうの小国。この隣国とは以前から何度も小競り合いがあったが、これまでは王が兵士を率いてこれらを退けてきた。
隣国がなぜ攻めてくるか?
食べ物だ!
今年、隣国では米が不作であったという情報はすでにこちらも知っており、ずっと警戒はしていた。自分たちの食糧が尽きる前に、やつらは必ず我がクニの食糧を狙って攻めてくるだろうと。しかし予想よりも早い。よりによって王が死んだその日に攻めて来るとは…
王が死んだことを、まだこのクニのほとんどが人が知らない。まだ知らなくていい。とにかく今はこの危機を退けるのが先だ。
王には王子がいなかった。王族にはなぜか女が多い。(男たちが不遇にも早逝したか、もともと女系の一族なのか、そこはわからない。)そんな中、王は当時まだ子供だった私に目をかけ妻とした。それ以来、今日まで私は夫からクニを守るための教育を受けてきた。私はその恩に報いなければならない。
今日がその日だ。
ここで場面が変わった。私は室内に座っている。自分の姿はよくわからないが、袖や裾の長い服、おそらく身分の高い女性が着る服を着ている。前に着ていた服よりも上等のもののようだ。大陸の影響を感じさせるその服には、このクニが大陸との交易があったことをうかがわせた。
隣国の突然の襲撃に一時は騒然となった我がクニだったが、辛くもこれを退けることができた。私が陣頭で指揮をとる中、我が軍の兵士たちの士気が高かったことに、面食らって敵は退いていった。おそらく敵は、我がクニはリーダーを失くしたばかりでもっと混乱していると思っていたのだろう。
王のいない最初の戦争を運良く切り抜けたことで、自然に妻の私が王の後継者という空気が出来た。とはいえ私には王との間に子供がいない。やがては次の後継者を探さなくてはならない。私はあくまで次が見つかるまでの繋ぎである。そう、なんとか上手く次に繋がねば…
戦争が終わってホッとするまもなく、私は戦後の処理をはじめていた。部下に命じる。
「王が死んだその日に敵が攻めてきたことは、とうてい偶然とは思えない。敵軍の様子も急拵えの準備には見えなかった。おそらくかなり以前から敵にこちらの情報が漏れていたはずだ。王が何日も病気で伏せっていたことを知っているのは王族とその周りのわずかな人間だけだ。この辺りにスパイがいる。探し出せ!」
それから何日かが経過した。部下が捕まえてきたのは私と歳の近い二十代の若い娘だった。娘が自供したところによれば、彼女は敵国の男に誘惑され、男にねだられて我がクニの情報をせっせと報告し続けていたという。私は部下に命じた。
「スパイは重罪だ。処刑せよ!」
また場面が変わった。部屋の中には間仕切りのように天井から布が下がっている。布で隠された向こうに私が座っている。その布をめくって五十代くらいの女性が入ってきた。王族の婦人だ。(おそらく王の妹とかだろうか…?)
「あの娘の命を助けてあげてほしいの」
婦人が言った。私は座ったまま視線だけを上に動かして、立っている婦人を見やる。
「は?」
「だって、可哀想でしょう?すべては恋のためにしたこと、あの娘は男に騙されていただけなんですから、命まで奪うことはないじゃない!」
「ならん。スパイはどこのクニでも通常は死刑だ。」
「あの娘はスパイじゃないわ、騙されてただけじゃない、あんまりよ!!」
「やったことは同じだ。」
なんと言われてもここで甘い対応は絶対にできない。どんな理由があろうと敵に自国の情報を売るような裏切り者に甘い処断を下せば、王の代わりである私が舐められる。
私が舐められるということはクニの中に内乱の種を蒔き、他国にもさらに狙われやすくなる。リーダーの弱さは戦争を招く遠因になるということだ。王が死んだ直後の今だからこそ特に厳しい態度を内外に示さねばならない。
私はわかっている。この婦人が王女の代わりにあの娘の命乞いに来たことを。スパイ、いや裏切り者の娘は王女の身の周りの世話をする侍女だった。うかつにも王女はこの侍女に王の病状を日々こと細かに話していたらしい。侍女はそれを敵国の男に逐一報告しに行っていたのだ。
王の死期が近いことを知った敵国は、ちょうど王が死んだ直後の混乱期を狙って虎視眈々と兵の準備を進めてきたのだ。
王女は自分のせいでこうなったという後ろめたさもあるのだろう。それでこの婦人に侍女の命乞いを頼んだのだ。
「裏切り者は死刑が相当だ。敵の襲撃を招き、多くの兵士と民の命を危険に晒した罪はどんな理由があろうと許されない。」
かくして裏切り者は処刑となった。
私は王族の女たちから酷く嫌われた。みんな私を鬼のような女だと噂した。あの女はきっと人を好きになったことがないから、男に騙された可哀想な女の気持ちがわからないのだ。そんな陰口を言われた。
まぁなんとでも言うがいい。
クニという大きな組織を守ることに積極的な協力はしない王族の女たち。そんな彼女らの関心はいつも恋愛沙汰だ。彼女たちは恋愛のためならクニを裏切るのも仕方ないと思えるらしい。
安心して暮らせるクニがなければ恋愛なんかのんきにやっていられなくなるというのに、それが彼女たちにはわからないのだ。
他国に征服されたら、男たちはころされるか奴隷にされる。夫や恋人を奪われた女たちは敵国の男に弄ばれるか、奴隷にされるだけだ。最悪ころされても文句も言えない。
美人であれば運良く敵の男の妾にしてもらえるかもしれんが、その器量がある女などそう多くもないだろう。王女たちが普段のんきなことを言ってられるのはクニがあるおかげなのだ。
「だからこそ、誰かがクニを守らなきゃいけないんだ。」
私だって、頼りにしていた夫を亡くして泣きたいけれど、仕事が山ほどあるから泣いてなどいられない。私が恋愛をしたことがないって?ああ、好きに言ってくれ。
「ハァ…、まったく……」
私は深いため息をついた。
ここで目が覚めた。その後この続きを見たのは三十、四十代になってからだった。このあと王の代わりとなったこの若い妻、…王妃は、36歳くらいで死ぬまでの間、クニの食糧事情の改善に尽力したり、兵の強化に勤めた。特に遠く離れた沖縄とは海を超えた交流があり、技術交換で豚の飼育方法を教えてもらったりもした。
誰も飢えないクニを作るため、彼女は精一杯働いて、やがてころされる日までを懸命に生きた。
すべては私が見たただの夢の話だが、私はまだ日本のどこかにこのクニの痕跡が残っているのではないか?と考えずにいられない。
このクニがあった場所は九州北部の沿岸部を有する地域のどこかだというところまでは夢で見た。しかしまだはっきりとした場所はわからない。
九州北部というと、私は時々、『松浦』という人々の夢を見る。いつの時代かわからないが松浦の水軍の夢を見たり、江戸時代の松浦の人々の夢を見る。
行ったこともない『唐津』という地名が夢に出てきたこともある。調べてみると、唐津には古代の人々が豚を飼育していたことがわかる遺跡も残っているらしい。
そして古代には末盧国という小さなクニがあったということものちほど知った。
いつか九州北部に行ってみたいと思っている。九州の豚料理は美味しいと聞く。楽しみだ。
松浦についての夢の話はこちら
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