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黒煙のコピアガンナー スピンオフ第二弾 夜明けを告げる星 第三話

夜明けを告げる星 第三話

 フレイムシティの最大規模を誇る国立競技場は数年に一度の熱気に包まれていた。各テレビ局の報道陣が入口付近を陣取り、これから始まる試合への関心を高めている。

「さあ、とうとうやってきました。国立競技場です。これからここで行われるのは“高校剣道イグニス全国大会決勝戦”です」

「アケボシ国との国交が開かれて100年目の今年からは新しい時代に見合った剣道の在り方を示すという方針を掲げ、男女混合部門が創設されました」

「アケボシ国からイグニス合衆国に剣道が伝わったのは100年前、イグニス大使がアケボシ国の地に初めて降り立った時のことでした」

「その後イグニスで独自の発展を遂げたイグニス流剣道はついに男女平等の精神を取り入れる方向に舵を切りました」

「優勝候補はハプサル州代表カズラ・コガ選手です。女子でありながら178cmの高身長で、男子に引けを取らない勇猛なプレイスタイルが売りの有望株です」

 テレビの画面は黒髪をスポーツ刈にした端正な顔立ちの選手の映像に切り替わる。前日の準決勝で勝利を収めたカズラのインタビュー映像だ。シャツで汗を拭う姿だけを見たら誰も女子だとは気付かない。

「コガ選手! 今日の試合はいかがでしたか?」

「相手は子供の頃から何度か当たったことのある選手だったので、ある程度の出方がわかっていたのがよかったです。今回は私が勝ちましたけど、次はわかりません」

「ずばり、今日の勝因は何だったと思いますか?」

「アイツが私を舐めてかかったことですね。女だと思って手を抜いているのがすぐわかりました」

「大会前は男女混合部門のベスト20以上は男子で埋まるだろうという予想でしたが、女子ではコガ選手だけが勝ち上がりましたね。お気持ちはいかがですか?」

「剣道の女子の選手人口は年々増えていると聞きます。私が小さかった頃は周りは全員男子の中で私だけが女子でした。私の活躍がイグニス全国の女の子達にとって剣道を始めるきっかけになってくれたら嬉しいです」

「明日の決勝戦への意気込みをお聞かせください」

「勝ちます。それだけです」

 国立競技場の選手控室では、カズラが鉄棒が軋むほどの勢いで懸垂をしていた。道着の胸がはだけようがお構いなしだ。ベンチにソウヤが座っていても関係ない。

「コガ選手、試合会場へお越しください」

 天井のスピーカーから呼び出しのアナウンスが聞こえてくる。カズラは脚を振って跳び上がるようにして着地する。

「行こう」

 剣道の大会ではアケボシ出身者やその末裔が大半を占め、観客席は真っ黒な髪色が目立つのが普通だったが、今日はカラフルな髪色でごちゃごちゃしていた。剣道に関心のあるアケボシ人だけでなく、多種多様な人達がカズラの活躍をこの目で見ようと詰め掛けていた。

 相手選手はフレイムシティ代表のイグニス人の男子だ。アケボシ人と比べると手足が長い傾向のあるイグニス人はリーチが長い。決勝の相手ともなると、それだけでなく力も強いしスピードもある。これは一瞬の勝負になるぞ、とカズラは思った。

 面を被ろうと視線を落とす。その瞬間がカズラを戦闘モードへと導く。


*      *     *


 その頃、ハプサル州のとある市立体育館ではフレイムシティで行われている剣道全国大会のパブリックビューイングが行われていた。

「お姉ちゃん! 早く! ほら! サムライがいるよ!」

「レン、わかったからそんなに引っ張らないで」

 小学生の弟に腕を引っ張られて体育館に入ってくる高校生の女子がいた。黒髪をボブヘアにした大人しそうな感じの女子だ。その姉弟はアオイとレンだった。

 体育館のステージにスクリーンが広げられ、道着を着て試合会場に入ってくる黒髪で長身の選手が映されていた。数々の強敵を打ち負かしてきた猛者の気迫をまとっている。その研ぎ澄まされた集中力は周囲の空気もピりつかせていた。

 監督として同行している男は見覚えがあった。

「ハプサル州代表カズラ・コガ選手が入場してきました!」

「あっ……」

 アオイは思わず声を漏らした。

 今、剣道で全国一位を争っているのは小さい頃に2年間だけ仲良くしていたカズラなのだ。親の事業が忙しくなってからは会う機会がなかった。どんな風に暮らしているのだろうと考えることもあった。その人が今、この瞬間、イグニス全土を賑わしている。

「コガ選手、すっごいんだよ。お姉ちゃん! 昨日の準決勝もバシイイイン!! って決めてさ、余裕で勝ったんだ!」

 アオイが驚いたことはそれだけではなかった。カズラはレンの言う通り、まるで侍のようなたたずまいをしている。イグニス生まれの女子だとは信じがたいほどにその姿は勇猛で、武士階級の持つ独特の気品さえ感じられた。

 古賀家はアケボシでは1000年以上の歴史を持つ権力の強い武士の家系だ。分家で、イグニスで生まれ育ったカズラにも受け継がれる何かがあるのかもしれなかった。

「試合開始です!」

 アナウンサーの実況がアオイを現実に引き戻した。

 審判が試合開始の合図をしてから数秒間、両者全く動かず相手の出方を窺っていた。


*      *     *


「始め!」

 審判の合図の後、両者睨み合いを続け一歩も動かなかった。

 相手選手はカズラよりも少しだけ身長があるが、カズラはいたって冷静だった。全く隙を見せないところはさすがに決勝戦まで勝ち上がる選手なだけはある。だが、カズラを圧倒してやろうと意気込みすぎている気がしていた。

「制獣克己」

 カズラはつぶやいた。これは古くから伝わるアケボシの武士道の用語だ。「己の中の獣を制し、己の中の獣に打ち克つ」という意味を持つこの言葉は最も重要だった。

 己の中の獣はいつでも勝ちにこだわり、相手をないがしろにする。だが、長年武士階級が政治の実験を握ってきたアケボシの武士道では、そうした精神の弱さを獣に例え、制御しようとするのだ。勝ちに急いではいけない。相手の力を見くびってはいけない。いつでも状況を冷静に判断し、相手に過度な攻撃を加えずに勝つこと。それが美学だった。

「きええええええい!」

 突如、対戦相手は横に移動しつつ隙を伺いながら大声を発する。カズラはその動きに合わせて体の向きを変え、全神経で相手の動向に気を配る。相手の行動からして、女なら男が大声を出せば怖気づくだろうという慢心が透けて見えた。当然、カズラがそんなものに負けるわけがない。相手が自分より大きければ大きいほど、カズラは気持ちで勝とうとした。男達と肩を並べて鍛えてきたカズラは自分より大きい相手を負かすやり方も心得ている。

 全く攻撃の隙を与えないカズラに相手が焦りを感じ始めたことがカズラにも伝わってきた。そわそわと落ち着かない感じで右へ左へ移動し続ける。カズラの前では何をしても無駄なのだ。索敵能力に長けた現代兵器並みのしつこさと静けさでカズラは対戦相手を威圧した。

「きょああああ!」

「めええん!!」

 相手が向かってきた瞬間、カズラは最小限の動きで相手の面をぶっ叩いた。

「一本!」

 審判がすかさず判定を叫んだ。観客の多くは目に見えない一瞬の攻防に何が起きたのかわからなかった。


*     *     *


 1時間後、表彰台の最上段にはカズラの姿があった。満面の笑みで優勝トロフィーを受け取るカズラを大勢のカメラマンが一斉に写真に収める。

 表彰台の隣には悔しさを隠そうともしない準優勝の相手がいる。高校最後の試合で女に負けた屈辱を彼は一生引きずることになる。

 報道陣がカズラを取り囲み、インタビューが始まる。カズラは堂々とした態度で質問に答えた。

「ミズ・カズラ・コガ。今の率直なお気持ちをどうぞ」

「対戦相手は強豪校のキャプテンでした。油断は禁物だと思い、自分の強みを生かしてぶつかろうと思いました。私はパワーでは敵いませんから、相手の隙を待って動くべきだと思いました」

 剣道に対しては人一倍真面目なカズラは相手のこともリスペクトする言葉遣いで決勝戦を振り返った。若い女の子が言いそうな言葉が欲しかっただけの報道陣はカズラが試合中に考えていたことを長々と話すので面食らった。

「ミズ・コガ。剣道を始めたきっかけは何ですか?」

 他の新聞社の記者が次の質問を投げかける。

「兄が2人共剣道を習っていました。ソウヤおじさんが私は才能があるからもっとやらせたいと言ってくれて、剣道に打ち込める環境を作ってくれました。ソウヤおじさんに感謝の言葉を贈りたいです」

「ソウヤおじさんとはコガ国会議員のご子息ですね?」

 カズラはまたコネの話かと苛立つが、表には出さない。一通り答えたら早く帰って寝ようとだけ考えていた。

「はい。ソウヤおじさんは私のためにハプサル州に引っ越してくれて剣道の稽古をつけてくれました。アケボシからもすごい師匠を呼んでくれて、本当に感謝しています」

「男女混合部門への出場は不安もあったかと思いますが、どうお考えでしたか?」

「何も不安はありませんでした。元々、男子の方が競技人口が多いスポーツですし、私も小さい頃から男子に混じって稽古をしていました。なので、いつも通りというか、むしろ、中学高校になると女子だけで大会が開かれるようになることの方が変な気がしてました」

「優勝のご褒美に何かするご予定はありますか?」

「えっと、まずはおじさんと師匠にお礼を言いたいです。それから、試合に送り出してくれた両親と兄にも優勝トロフィーを早く見せたいです」

「ミズ・コガ。学校ではどんな風に過ごしているんですか? 彼氏とかは?」

「あの……」

「質疑応答は以上になります。報道関係者はお下がりください」

 質問が試合と関係なくなってきたので大会運営スタッフが報道陣を下げようとカズラの前に出てきた。

 最後の質問は失礼なのではないかとカズラは思った。試合に関係ないプライベートな質問は答えなくてもいいはずだ。スタッフがすぐに気付いてくれてよかった。そうでなければカズラは余計なことを言ってしまっていたかもしれない。

 カズラは足早に選手控室へと廊下を歩き出す。

「カズラっ! よくやったっ!」

 ソウヤが誇らしげにカズラを迎えに来る。カズラはソウヤと抱き合う。音がしそうなくらい固く強く2人は互いの背中を叩き合った。

 カズラは優勝トロフィーをソウヤに持たせた。

「重たいなっ!」

「当たり前だろ。国内最強の証なんだから」

「そうだなっ!」

 応援に来ていた部活の仲間もカズラにおめでとうの声をかけようと駆け付けた。

「カズラ! おめでとう!」

「先輩おめでとうございます!!」

 カズラは1人1人にありがとうを言って回る。ソウヤは優勝トロフィーを厳重に梱包してくれと後輩達に託す。

 選手控室にはカズラとソウヤだけが入った。カズラはソウヤの目の前で平気で服を着替え始める。ソウヤは携帯電話で新着メールを見ている。

「明日、ハプサル州に帰ったらディナーを用意してるってお前の母さんからメールが来てるぞっ!」

「本当に?」

「ああっ! 何か食べたい物があれば言ってくれと」

「肉!」

「だなっ!!」

 カズラは意気揚々と試合会場を出てホテルへと帰った。ソウヤの伝手でフレイムシティの一等地にあるホテルに宿泊させてもらっている。他の部員もグレードは下がるが同じホテルだ。優勝候補だったのだからそのくらいの差をつけても誰も文句を言わなかった。

 カズラは部屋に入るとベッドへダイブした。急に眠気が襲ってきた。

「明日の朝には帰るからなっ! 準備しとけよっ!」

「うん……」

 カズラは返事をするが内容は頭に入っていない。ソウヤは疲れているのだろうと思いそっとしておくことにした。カズラが明日の朝まで目覚めなかった時のことも考えてカズラの分の荷物もまとめる作業を始める。

 カズラは翌朝、ホテルを出る直前まで目覚めなかった。

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