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黒煙のコピアガンナー スピンオフ第二弾 夜明けを告げる星 第一話

黒煙のコピアガンナー スピンオフ第二弾
夜明けを告げる星 第一話


 車の心地よい揺れに身を委ねて、カズラ・コガはうたた寝をしていた。車内で流れているラジオは父親の友人が立ち上げたローカルラジオ局の番組だ。カズラの先祖の出身のアケボシ国の流行曲が流れている。イグニスのポップミュージックの影響を受けた今風の曲だが、歌詞はアケボシ語でとても不思議な耳心地がした。カズラはその曲で使われているアケボシの伝統楽器がどんな形をしているか知らない。腹の底に響いてくる振動そのもののような打楽器の音に眠りが時々邪魔された。

 ワゴン車の2列目ではカズラの兄のタクミとハヤテがゲームをしながら騒いでいる。年の離れた妹は相手にしてもらえない。3列目のシートに寝っ転がって、カズラは疎外感を感じていた。

「カズラ、もうすぐ着くぞっ!」

 助手席からカズラのおじさんのソウヤが声をかけてくる。ソウヤは長年の剣道の経験から普段話す声もやたらと大きなだみ声だった。カズラはシートに座り直して目をこすった。

 カズラ達の乗る車はハプサル州で1位を誇る高級ホテルに向かっていた。コガ家専属のドライバーがゆっくりとブレーキを踏んでエントランスの目の前に停車する。ソウヤが先に降りて後部座席のスライドドアを開ける。タクミとハヤテは楽しそうに話しながら先にホテルの中に入っていく。

 車から降りようとするカズラにソウヤが手を差し出す。年の割りには背が高く体格がいいカズラはその手を無視してさっと車から降りる。滅多に履かないヒールでもバランスを崩さない。ソウヤは苦笑する。

「リボンがズレてるぞっ!」

 ソウヤがカズラの髪につけられたリボンを直してやる。短い髪を無理矢理編み込んでリボンをつけたヘアスタイルは華やかでかわいらしい。だが、カズラはむすっとした顔をする。

「何でそんな顔するんだ。美人が台無しだぞっ!」

「私もお兄ちゃん達と同じ服がよかった」

「かわいいじゃないかっ! ノウゼンカズラの花柄のドレス」

 カズラが着ている服はブランドを立ち上げた母の友人に特注で作ってもらった橙色のドレスだ。アケボシ国原産でカズラの名前の由来になったノウゼンカズラの花がデザインされている。

「歩きづらいだけだし。お兄ちゃん達みたいなスーツの方がピシッと決まって格好いいよ。髪の毛もワックスで立てる方がいいじゃん」

「お母さんの前ではそれ言うなよ。また剣道なんかやらせるんじゃなかったって言われるぞっ!」

「優勝した時は一番喜んでたくせにね」

 カズラはソウヤや兄達の影響で剣道を習っていた。兄達もそれなりに強かったがカズラはその比ではなかった。ソウヤはカズラの才能にいち早く気付き、剣道の稽古に打ち込めるようにカズラの両親を説得した。両親は深く考えずに了承したが、カズラがあまりにも剣道に執心するようになってしまったので心配していた。だが、それもカズラが剣道州大会のジュニア部門で11歳の男子を打ち破って優勝してからは表に出さなくなった。

 兄達も自分達よりも剣道が強くなる妹の存在に恐怖を感じていた。カズラは兄達を慕って、何でも真似したいと思っているのに、そうした態度も兄達は気味悪がった。だが、まだ8歳のカズラは状況を理解していなかった。何でも兄達と同じにしたいと勝手に思っては中学生になる兄2人の背中を追いかけていた。

「いいかっ! 今夜のパーティはお前の父さんと母さんが主催の年に一回の大規模集会だ。父さんと母さんが支援してイグニスで成功したアケボシ出身の実業家が大勢来ている。これからイグニスで生活しようと息巻いているアケボシからの移民もいる。そういう人達に失礼な態度を取るんじゃないぞっ!」

「はい、おじさん」

 ソウヤとカズラは並んでホテルに入って行った。普段は様々な人種の人達が利用するこのホテルも今日は黄色い肌に黒髪の人達でごった返している。アケボシ国の人種の特徴だ。アケボシから来たばかりの人か、イグニスに長くいた人かはファッションセンスでわかる。アケボシ国のカラーリングはからし色やあずき色などの重たい色合いが多く使われるが、イグニスは爽やかなパステルカラーが好まれる。

 ソウヤとカズラはエレベーターの前で止まった。10階にある大広間へ行くにはエレベーターしかない。黙ってエレベーターが来るのを待っているとソウヤのことを知っている人達が次々と挨拶をしてくる。

「コガ議員の息子さんですよね?」

 全身高級ブランドで固めたご婦人が後ろから恐る恐る声をかけてきた。

「ハセガワさんっ!! お久しぶりでっす!!」

 ソウヤはご婦人の顔に見覚えがあったらしく、普段よりさらに大きな声で返事をした。ご婦人は人違いではないと気付くや否やソウヤに負けず劣らずの大声を張り上げた。

「まあ、やっぱり。ソウヤ君ね? 大きくなったわねえ!」

 カズラはソウヤとご婦人が昔からの知り合いなのだろうと思いつつ、エレベーターの電光掲示板の数字が下がっていくのを眺めていた。両親やソウヤと一緒にいるとこういう事が多々あった。両親は大陸全土に渡る大事業をやっており、ソウヤは国会議員の息子だ。コネが欲しい人達からすれば仲良くしておかない手はない。国ぐるみの偉い人が声をかけてきては他愛のない世間話をして数分で去って行く。子供のカズラにも愛想を振りまいてくる人もいるが、カズラはどう接すればいいのかわからなかった。

 ご婦人はちっとも目を合わせようとしないカズラにそーっと近づいてきた。

「こんばんは」

 カズラはちらとご婦人の目を見て会釈する。

「ヒジリさんの娘さんですよっ!」

 ソウヤがカズラのことをご婦人に紹介した。ヒジリというのはカズラの父親の名前だ。ソウヤから見ると祖父の姪の息子にあたる。

「あら、じゃあこの子があのカズラちゃん?」

 ご婦人はカズラが州大会で優勝したことを知っているらしい。女子が年上の男子を破って優勝したというニュースは全国紙にも小さく取り上げられた。それがコガ国会議員の親戚の子供だとあれば、チェックしておいて損はない情報だった。カズラは優勝したことは自慢したいが親のコネ欲しさに話しかけてくる大人の相手をするのが気に食わないので反応しなかった。

「そうです、そうですっ! 俺が育ててるコガ家の期待の星ですよっ!!」

「まったく、ソウヤ君ったら、大人になっても剣道一筋で。お父さん困ってるんじゃないの?」

「いやいやっ! 国会議員なんて俺には到底無理ですから。兄貴がやるんじゃないですか?」

「お兄さんだって留学に行くとか言って、それっきり戻ってこないそうじゃない」

「地球の裏側の小さい国でバカンスしてる写真が送られてきましたよ。先週くらいにっ!」

「ほらほら、もうそんな楽しみを知っちゃったらイグニスで働くなんて無理ね」

 ソウヤとご婦人はバカデカい声で笑った。

 エレベーターが来た。ソウヤは考えるまでもなくエレベーターのボタンを押してご婦人を先に通そうとする。

「あ、ごめんなさい。私、荷物預けてなかったわ。先行っててちょうだい」

 ご婦人は何をそんなに持ち歩いているのか不明な大きなカバンをロビーに預けに戻っていった。カズラとソウヤはエレベーターに乗り込む。2人きりになってカズラはほっとした。

「さっきの人、誰?」

「フレイムシティの市議会議員の奥さんだよっ!」

「へえ」

 カズラの返事は素っ気ないものだった。別に興味があって聞いたわけじゃないのだ。ただ、知らないままでいるのが落ち着かないので聞いただけだった。

 これから始まるパーティではあの手の人間が何人も話しかけてくる。大人の事情に付き合わされるカズラとしては大して面白くもない行事だった。

 何故、こんなパーティを両親が開いているのかというと、それには長い歴史がある。

 コガ家は先祖代々アケボシ国の武士階級だった。100年近く前に国家体制が変わり、イグニスとの国交が開かれると、ソウヤの祖父にあたる人物がアケボシ国の外交官としてイグニス合衆国に派遣された。その人物の息子でソウヤの父がイグニスに帰化して国会議員となり、今もイグニスの国家と密接に関わっている。

 カズラの祖父はアケボシ国から移民してきて一世一代で富を築いた実業家だ。外交官をしていたソウヤの祖父の弟の娘がイグニスに留学をしていて、カズラの祖父とめぐり逢い結婚した。コガ家のコネで事業を成長させたカズラの祖父はハプサル州を牛耳れるほどの実権を握ることもできたが、その富とコネをアケボシ国民のイグニスへの移住の手助けに使った。カズラの父はその意志と会社を引き継いでアケボシ国から来た人達の就労支援をしている。このパーティもその成果発表と今後の活動方針を共有するためのものなのだ。

「あ!! そういえばっ! カズラと同い年の女の子がいる家族がアケボシ国から来たらしいぞっ!」

 ソウヤがカズラの関心を引こうとわざと大袈裟に手を叩いて言った。それはパーティに全く楽しみを見出していないカズラには朗報だった。

「同い年の女の子?」

 カズラはすかさず聞き返した。

「宮本葵って名前だっ! 弟がいて、まだ赤ちゃんらしい。蓮君っていったかなっ!」

「アオイちゃんとレン君」

「そうだっ! 仲良くしてやるんだぞっ!」

「うん」

 カズラはもう一度心の中で同い年の女の子の名前を言ってみた。どんな子なのだろうか。アケボシから来た同じ民族の女の子。

「蓮! もう! ダメだって!」

「きゃはは!」

 エレベーターの扉が開くと、賑やかな子供の声が廊下に響き渡った。

 顔を上げると、幼児の男の子を追いかける女の子の姿がカズラの目に飛び込んできた。その女の子は真っ黒な長い髪をなびかせていた。安物のグレーのワンピースに胸元の赤いリボンがよく映えていた。

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