【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十話 後編 エルムス山脈越え
[第三十話 後編]エルムス山脈越え
ウェイストランドの北西から南東までをぐるりと囲むようにしてそびえるエルムス山脈。
それはかつてリヴォルタの旧研究所の爆発事故によるコピアの流出から他の地域を守る役目を果たした。標高平均2,000kmの高い壁が爆風を閉じ込め、ハプサル州の一部の地域のみにコピア汚染の被害を抑えた。
そのエルムス山脈の西端を今まさにカズラ達は越えようとしていた。
ゴツゴツした岩肌をジェシーが先頭に立って皆を引っ張る。
「ニッキー」
大きな岩石の上を登ろうとするニッキーにジェシーが手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
ニッキーは大人しくジェシーの手を借りて岩石に乗っかる。
「パリス」
「はい」
続いてパリスもジェシーの手に掴まって岩石にへばりつくようにしてなんとか登る。
常に霧がかかった辺り一帯は草木もほとんど生えていない。生物の気配の一切しない岩山だった。
「しっ。静かにしていろ」
ジェシーが何かに気付いて一同に警告を出す。
「んあ? どうしたんだ、ジェシー?」
コーディがのんきな声を出す。
「来た!」
ジェシーがコーディの方へと飛び出す。
「わ!」
「グァルルルルルル!」
後ろから一匹の飢えたオオカミがコーディに飛び掛かろうとしていた。ジェシーが間一髪先に飛び出し、ナイフでオオカミの首根っこを突き刺し応戦した。
「ジェシー!!」
「下がれ、コーディ兄さん!」
ジョンも前に出ようとするコーディを抑えてライフルの入ったケースを盾にする。
「グワオ! ガルガル!」
ジェシーは噛みつこうとしてくるオオカミを巧みに避けてナイフを何度も突き刺す。
「キャンッ……!」
動脈を刺されたオオカミは息絶えた。
「ふう……」
ジェシーは立ち上がり、オオカミの亡骸を崖下に投げ込んだ。
力なく落ちていくオオカミの亡骸は霧の向こうへと消えていった。
「皆、怪我はない?」
ジェシーの目を見て一同はゴクリと息をのんだ。その目は人間ではなかった。殺戮に飢えた獣のようだ。
「あの目、親父みたいだ……」
ジョンが口走る。コーディはそれ以上言わせまいとジョンの肩を掴んだ。
「行こう。もうすぐ日が暮れるよ」
アトラスが一同の意識を山登りに引き戻そうとした。
「そうだ。今日中にたどり着きたい場所がある。グズグズするな」
カズラはそう言いながらジェシーから目を離さなかった。カズラはジェシーの鋭い眼光に何か思うところがあった。
* * *
しばらくして、ニッキーとパリスはほぼ同時に寒気でブルっと体を震わせた。
「寒くなってきましたね」
ニッキーの言葉にパリスも何度もうなずく。
「うんうん。標高が高くなってきたから」
「何でこんな大変な山道ばかり選んでるんですかね? カズラさんは何を考えているんだろう」
「ここがエルムス山脈で最も山頂が低いエリアだからだ」
カズラが長くてたくましい脚で岩石をひょいっと登りながら口を挟む。ニッキーは余計な一言をカズラに聞かれたので気まずくしたが、カズラは意に介していないようだった。
「バークヒルズからだと標高が高めの所から入山できて、時短にも体力温存にもなる。おまけにお前らの略奪行為のおかげで一般人の居住可能エリアになってる場所にも人が立ち入らない。ここはリヴォルタをまいてフレイムシティに行くにはベストなルートってことだよ」
「安全かつ最短で目的地にたどり着くための策ってわけね」
「そういうことだ」
先頭に立ったカズラが上方に古びた看板を見つけてガッツポーズを取る。カズラは振り返って眼下の一同の顔を見た。
「あと300m上に山小屋がある。今晩はそこに泊まる。その近くに山脈の反対側に出やすいエリアがあるから、明日の昼までにはそこに到達するぞ」
「そんな無茶な!」
ニッキーは絶望の叫びを上げた。
「山を登ったら、今度は麓の町まで下りるの?」
「いいや、その必要はない」
「どうして?」
カズラはニヤリと笑った。
「山脈の反対側には山岳鉄道がある。私達はそれに乗るんだ」
得意げに話すカズラのドヤ顔と裏腹に、一同はポカンとした反応を示した。
山岳鉄道。それはバークヒルズで生まれた彼らにとっては初めて聞く言葉だった。
「それ、何ですか?」
「鉄道っていうのは本で読んだことがあるけど」
ニッキーとパリスが口々に言う。アトラスが後ろから説明に入る。
「ここにいる全員、列車は見たことないもんね。山岳鉄道は山脈に線路を敷いて走る列車のことだよ」
「へえ、そうなんだ」
ニッキーはイマイチ理解していないがなんとなくの返事をする。
「細長い車が何両も繋がれて、鉄で作った専用の道を走るんだ。車の中はイスがたくさん並んでいて、何百人も一度に運ぶことができる」
ジェシーが説明を付け加える。
「すごい。ジェシーさんも見たことあるんですか?」
「昔ね。医療物資のことでリヴォルタに直接交渉するためにハプサル州を横断したことがある。片道4時間かかる電車の終点まで行かなくちゃいけないのに、アトラス兄さんがはしゃいであちこち観光した挙句、熱出して帰れなくなって大変だった」
「それは言わないでよ。ごめんって思ってるから」
アトラスが苦笑いする。ジェシーはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。その時のジェシーの苦労が垣間見えた。
カズラがまた話し始めた。
「へえ、じゃあ話は早いな。他の皆はアトラスとジェシーにマナーとかを聞いておけよ。山岳鉄道は寝台列車だ。3日でエルムス山脈の東側の終点に着く。その後も電車やバスを乗り継いで、今日から1週間後にはフレイムシティに入れるようにする」
「これはなかなかハードなスケジュールだね」
「だけどこれが最も足がつかないやり方だ」
カズラとアトラスは不敵な笑みを浮かべて互いに見つめ合った。策士として何か互いに通じるものがあったようだった。
「それじゃ、あと300m頑張って登れよ。先に暗くなったら野宿になっちまうぞ」
それを聞いて一同は懸命に岩山を登りを再開した。
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