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【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十六話 前編 命の夜

[第二十六話 前編]命の夜

 

 バークヒルズが襲撃に遭ったその日の夜、アトラス、ジョン、ニッキーの3人は枯れ木小屋から町へ戻ってきた。ギャング病院が燃えてしまったため、緊急避難所は学校だった。

 アトラス達が入ってくるなり、ドロシーが気付いて声をかけた。

「アトラスさん……! ご無事ですか……?」

 アトラスを肩に担いだジョンが代わりに答える。

「昼間よりはいいみたいです。早く帰りたいって言って聞かないから」

「アトラスさんに何か食べ物をお願いします」

 ニッキーがドロシーに頼む。

「もちろんよ。スープがあるから持ってくるわ。あなた達は?」

「じゃあ、いただきます」

「俺も」

 ジョンは長身のアトラスが寝転がれそうなスペースを探して、アトラスを寝かせた。アトラスはまだ本調子ではなさそうだが、熱も下がったし、咳も止まっていた。

 ニッキーは被害状況を見るため負傷した人達の顔を見て回る。学校には生存者が全員揃っていると聞いていた。それだけでも生存者が少ないとすぐにわかるほど、灯りのついた教室は少なかった。亡くなった人達の遺体の回収はほとんど進んでいない。

「うぅぅ、まだ頭痛え」

 ニッキーは情けない呻き声を上げている男の姿を発見した。

「ダニエル……! あなたどうしたの?」

 ニッキーは床に寝ているダニエルの状態に驚いた。手足が傷だらけで顔色もよくない。

「ニッキー!!」

「よかった! 無事なのね!」

「わああ!! 生きてる!!」

 クロエ、ギヨーム、リリアンの3人がニッキーに突撃してきた。ギヨームは足を包帯で巻いていた。

「クロエ! ギヨーム! リリアン!」

 ニッキーも3人の顔を見て泣くほど喜んだ。

「ギヨーム、足怪我してるじゃない! 何があったの?」

「こんなの大したことない。撃たれた傷に比べたら」

「立派に戦った勲章だものね」

 怪我をしているというのにギヨームは元気なものだった。クロエと一緒に誇らしげにしていた。ニッキーはその姿に安心した。

「昼間の襲撃、私達誰も一緒にいなかったのに、誰一人欠けることなく戦ったのよ」

「私は住民の避難誘導、クロエは敵と交戦、リリアンは避難場所からの援護」

「すごく危ないところだったのよ! 私、丘の上から見ていて本当に怖かった!」

 3人の女子達はまだ興奮冷めやらぬといったところだった。

「でも、今回一番頑張ったのはダニエルだよ!」

 リリアンが言うと、皆の視線が寝ているダニエルに注がれる。

「1人で学校を守った功労者なんだよ!」

「ダニエル……」

 ニッキーはダニエルの枕元に座った。

「それでこんな傷……バカじゃないの……?」

 ニッキーはダニエルの腕の細かい傷を隅々まで見て回る。

「こんなんどうってことねえよ」

 ダニエルは目を逸らしてぼそっと呟いた。先程まで痛みで呻いた癖に、とニッキーは思うが口には出さない。

 元報復部隊のテリーがいつの間にかそばに立っていた。ダニエルの功績を称えるためにわざわざ来たらしかった。

「そいつは俺が到着した時には腹を機関銃で撃たれていた」

「嘘でしょ……!?」

 ニッキーはギョッとしてダニエルの腹を見る。服が焦げて穴が空いていた。

「見ろよ。これが守ってくれたんだぜ」

 ダニエルは枕代わりに頭を乗せていた3枚の分厚い鉄板を出した。丸みを帯びていて、銃痕がいくつもある。

「薪ストーブの壊れた蓋、念のため腹に巻いといて助かったぜ」

 ニッキーはデコボコになった薪ストーブの蓋を抱きしめた。1枚目は銃弾が貫通していて、2枚目、3枚目になるにつれて痕のへこみが小さくなっている。蓋が3枚なければきっとダニエルは無事では済まなかっただろう。たった3枚の質の悪い鉄板がダニエルの命を守ったのだ。

「アンタ……何やってんのよ……無茶しすぎじゃない……」

 ニッキーの目から涙がポロポロこぼれていた。ダニエルはその顔を見て、青ざめていた頬にほんの少し血の気が戻った。

「鉄工所魂なめんなよ。俺だってやる時はやるぜ」

 ニッキーはしばらくの間、ダニエルの手を握っていた。ジョンがその様子を遠くから見つめていた。

 その頃、アトラスのそばにハーディが訪れていた。

「アトラス兄さん……」

 アトラスはハーディの声で目を開ける。

「ハーディ、よく生きていてくれた。皆のこと、ありがとう」

 アトラスの励ましにハーディは涙を堪えて報告を始める。

「襲撃による被害はギャング病院と宿舎の食堂が最もひどいです。入院患者、勤務中の者合わせて107人が亡くなりました。ギャングで残っているのは病院にも食堂にもいなかったわずかな人員だけで、ローディが左足の膝から下を失いました」

「ローディが……!?」

「でも、大丈夫です。たまたま一緒にいたパリスの治療により、今は回復しています」

「そうか、よかった……」

「バークヒルズ全体の生存者は140人、そのうち55人が負傷、23人が重傷です。レアド先生達が治療に当たってくれています。行方不明者は5人で、バティラ兄弟とグレイブ兄さんは交戦していたとの情報がありますが、その後どこへ行ったのかわかりません。それから……」

「どうした? 早く言ってよ」

「コーディとジェシーが見つかりません……」

 ハーディは涙を拭った。

 アトラスはこの事態をある程度予想していた。襲撃がわかった時には既にジェシーとコーディは失踪している。

「ハーディ、気を落とさないで。あのジェシーとコーディだよ。きっと大丈夫だ」

 アトラスが腕を伸ばして枕元で膝をついて座っているハーディの足に触れた。ハーディは嗚咽を漏らしながら、報告を続けた。

「あと、これが一番重要です」

 ハーディがアトラスに報告する声はニッキー達のいる場所まで届いていた。クロエとギヨームがニッキーを誘導し、隣の教室へ連れて行った。無数のキャンドルの火が灯り、幻想的な光景がそこにはあった。

「ギャバンおじさんが……敵との交戦中に亡くなりました……」

 ハーディがアトラスに報告する声が狭い教室内に響く。ニッキーは幻想的な空間の中心に置かれたベッドに近づく。眠るように横たわっているギャバンの死に顔を神妙な面持ちで拝んだ。

「レアド先生によると、即死だそうです。町の皆を守るために戦った末の死でした」

「そうか……」

 アトラスも目元を抑えた。一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。今日という日の最後に最大の悲しみが襲ってきていた。今日は辛いことが多すぎた。誰もが傷ついた。生き残った人達も外傷がなくとも心に深い傷を負った。もう沢山だった。

「ハーディ……」

「何ですか? アトラス兄さん」

「泣くのは今晩だけだ。今晩だけは許す。でも明日になったら、君は幹部に昇進だ。僕がギャバンおじさんの代役を務める。僕達に後ろを振り返る余裕はない。町を建て直すんだ。生きている人達が一刻も早く日常を取り戻せるように」

「はい……! 兄さん……!!」

 ハーディはわんわんと声を上げて泣いた。アトラスの手をぎゅっと握りしめて縋るように泣いた。ハーディにとって今日は自分がいかに弱くて無力か思い知らされた一日だった。活躍したのは主にアマンダ特別部隊だった。自分はコーディがいない不安にさいなまれて、するべきことを見失っていた。

 ドロシーが3人分のスープを持ってきた。ハーディは女に泣いているところを見られるのが恥ずかしかったのか、黙ってアトラスから離れた。アトラスはドロシーの到着を嬉しそうにした。

「今日はお酒はダメですよ、アトラスさん」

「わかってるよ」

「自分で飲めますか?」

「そのくらいは」

 アトラスは上体を起こしてスープを受け取った。ジョンもスープを受け取り、スプーンも使わず皿に口をつけてほぼ一気に飲み干した。

 アトラスはまだ少し力が入りにくい手でスプーンを持ち、ゆっくりスープをすくって口に運んだ。その間、ドロシーはいつでも手を貸せるようにアトラスのそばに座ってじっと見つめていた。

「よかったです、あなたが無事で」

 ふいにドロシーは言った。アトラスは一瞬スプーンを動かす手を止めた。不思議な感覚がアトラスの中に湧きおこっていた。それが何なのかアトラスは自分でもわからなかった。

 アトラスは何も言わず、スープを飲み続けた。

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