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【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十一話 後編 始発駅

[第三十一話 後編]始発駅

 カズラ達一行は早朝に起き出した。標高2000kmの朝は極寒だ。周囲の山々に遮られ、太陽の姿は見えない。

 軽く身支度を済ませ、山小屋を出る。白い息と周囲の霧が同化する。視界が不鮮明な中、先を歩くジェシーの勘だけが頼りだった。

 やがて、山頂に到達し、山脈の反対側へと出る。すると、そこは全くの別世界だった。

 およそ300m眼下に赤や黄色に染まった山々の景色が広がっていた。

「わあ……」

「綺麗……」

 パリスとニッキーが初めて見る雄大な景色に見惚れている。男達はその木々の途中にある建物の密集した場所に目を落としていた。

「カズラさん、あれが?」

 ジョンがカズラに聞く。

「ああ、そうだ。ジョン。あれが私達が目指している山岳鉄道の始発駅の町。ダヴォアだ」

「へえ、すげえ」

 ジョンは普段あまり感情的になる方ではないが、ワクワクしていそうなのは皆に伝わった。

「よし! ジョン! 誰が一番にダヴォアに着くか競争しようぜ!」

 言ってるそばからコーディが斜面を駆け下る。

「あ! ズルいぞコーディ兄さん!」

「おい! 慌てるな!」

 カズラの制止も聞かずにジョンもコーディに続いて駆け下る。呆れたジェシーが彼らの数倍の速度で追いつく。

「何はしゃいでるの、コーディ兄さん?」

「ごべんなさい……」

「ジョンも、らしくないな」

「すんません」

 ジェシーに首根っこを掴まれた2人は子犬のようだった。

 アトラスは走り出す弟達とは同調せず、ゆっくりと考え事をしながら斜面を下りていた。

「ダヴォア……」

「アトラスさん、どうかしたんですか?」

 アトラスの隣にいたニッキーが気になって話しかける。

「なんだか聞いたことあるような響きがするんだ。ダヴォアには来たことないと思うんだけどね」

「アトラスさんは物知りだから、そのうち思い出すんじゃないですか?」

「ははっ、そうかもね」

 ニッキーはひょいひょいと柔らかい土の斜面を下っていき、あっという間にジェシー達の目と鼻の先まで行ってしまった。

 アトラスは心の引っかかりが取れずにいた。何か胸騒ぎのようなものを感じていた。今までのとは少し違う新しい感覚だった。


*      *     *


 一行は昼前にダヴォアに到着した。

 周囲の自然に合わせた土色や紅葉色、深緑色の建物が立ち並んでいる。

「うわあ! オシャレ!」

 ニッキーとパリスが石畳の広場に足を踏み入れる。コツコツという小気味いい足音が響く。

「あんまり離れると迷子になるぞ」

「ジェシーさん! 服屋さんがありますよ!」

「ええ! かんわいい!!」

 ニッキーとパリスはジェシーを服屋へと誘う。ジェシーは仕方なしにキャイキャイ騒いでいる女子達の保護者になって服屋へとついて行った。

「お、何だこれ? すげえ不気味な人形だな」

 露店の品物を見てコーディが笑う。アトラスも一緒に品物に近づいて見てみる。

「これは……」

 アトラスが品物の一つを手に取ってしげしげと見つめる。それは糸と皮のようなもので作った人形だった。

「それはハプサル州の伝統工芸品の土産物だよ」

 カズラが後ろから2人に教える。

「ウェイストランドが居住不可能になってからこっちの方にも流れてきた人達がいる。元々近い伝統文化があったこの辺の人達は山脈のこちら側と反対側の文化を融合させた新しいタイプの土産物の商品を開発して観光資源として売り出してるんだ」

「へえ! これ売って稼ぐのか」

 コーディは興味が湧いていくつかの人形を手に取って吟味する。どれも色や表情が違っていて個性豊かだった。

「よく見ると全部違うんだな」

「コーディ。それ欲しいか?」

 カズラがコーディに問いかける。

「欲しいっす!」

「じゃあ、これで払ってくれ」

 カズラが札をコーディに渡す。バークヒルズでは幹部連中ですら滅多に見られない現金だった。

「おっしゃ! オヤジ! これくれよ!」

「はいよ。500ケメルね。釣りの10ケメルだ」

 露天商はコーディに商品とお釣りを渡した。ケメルはイグニス合衆国の通貨の単位で100ケメルでリンゴが1個買える。

「アンタ達、随分古臭い訛だね。どこの出身だい?」

 露天商は言った。コーディは咄嗟に言葉が出て来なかった。

「僕ら、ウェイストランドのすぐ近くの農村から来ました」

 アトラスがすかさず割って入る。

 露天商は顔を上げてじろりとアトラスの顔を見た。露天商とアトラスは近い色合いの血色のいい肌色をしていた。目尻や鼻の形などもどことなく似ている。

「へえ。あっちじゃ難民が村社会に馴染めず苦労してると聞く。そんな粗末なもん着て旅行してるっちゅうことは、その噂は本当なんだな」

「あぁ……まあ……そうっすね」

 コーディは嘘が苦手だった。ボロが出ないように照れた風を装っている。アトラスは露天商に違和感を覚えたが構わず続けた。

「僕達、山脈の反対側に来るのは初めてなんですよ。色んな世界を見てこられたらいいな」

 露天商はアトラスの顔をまじまじと見つめた。

「兄ちゃん、いいヤツだな。おまけしてやるよ」

 露天商はカバンの中から毛と皮の人形を取り出した。それは土産物と同じ見た目だが、一回り大きく、使われている素材も質が高いように感じた。

「こいつは純血のクテス族の俺のカカアが作った本物のレブジュだ。土産物のは綿と合成皮革で作っているが、コイツは馬の毛と皮でできている。こんなちゃんとしたレブジュはもう他じゃ見つからない。兄ちゃん、クテス族の血が入ってるだろ。こいつは俺からの餞別だ。持って行きな」

「クテス族……!」

 アトラスは大きい声を出した。その言葉にアトラスは心の底から湧き上がる感情を抑えきれなかった。

「僕の母方の祖父がクテス族です。僕は僕の故郷では唯一のクテス族の生き残りです。ダヴォアって……クテス族の言葉ですね……どおりで耳に残るわけだ……」

 アトラスがいきなり泣き出すのでコーディとカズラは困って何もしてやれなかった。

「母さんの故郷は……完全にコピアに汚染されました……母さんが守りたかった自然も生物ももう原型を留めていない……文化も……なくなってしまったと思っていたのに……まだ生きていたんですね……」

 アトラスは受け取ったレブジュという人形をギュッと握りしめた。露天商はその手に自分のしわくちゃな手を重ねた。

「レブジュというのは母親が子供に持たせるお守り人形だ。持っていきなさい、クテスの子」

「ありがとうございます。この人形、大事にします」

 アトラス達が露天商に別れを告げ歩き始めると、服屋に入っていたニッキーとパリスとジェシーが楽しそうに出てきた。

「アトラス兄さん、お金持ってる? 2人が服買いたいって言うんだけど」

「僕じゃなくてカズラさんに言ってくれ」

 アトラスは鼻をすすりながらジェシーに言う。

「アトラス兄さん、泣いてる?」

「いや、別に……」

 ジェシーは疑問に思いながらもカズラの方へ行く。

「いくらだ?」

「3000ケメルくらい」

「ほらよ」

 カズラは財布から1万ケメル札を3枚を出した。

「え? こんなにいらない」

「全員服着替えろ。その手縫いのぼろっちい服じゃ怪しまれる。なるべく周囲に溶け込める格好になってから列車に乗るぞ」

「わ、わかった」

 ジェシーはアトラスとコーディとジョンも連れて服屋に戻ろうとした。

「おい、ジェシー」

 カズラがジェシーを引き止めた。ジェシーは振り向く。

「お前ら、訛がどうとか言われなかったか?」

「言われてないけど」

「気を付けろ。バークヒルズの訛は目立つ。バレたら大変だ」

「わかった」

 ジェシーは店に戻った。女子達の歓声と男達の面倒くさそうにする声が店の外まで響いている。カズラはそれに安心して別の目的地へと向かった。


*      *     *


 カズラは公衆電話を探していた。

 リヴォルタを無断欠勤して出てきたカズラは足がつかないように電子機器類をまとめて置いてきた。位置情報がわかってしまうスマートフォンやタブレットは当然のことながら、タンス貯金の現金50万ケメルだけを持って、キャッシュカードやクレジットカードも財布から抜いた。唯一の連絡手段は今では数が激変した公衆電話か手紙だけだった。

 カズラは駅の近くにポツンと設置してある古びた公衆電話に小銭を入れた。電話番号は子供の頃から何度もかけているある人物の番号だ。

「はい、ソウヤ・コガです」

「おじさん……!」

「何だ? カズラじゃないか」

 カズラはソウヤのいつもの大声に安心した。ソウヤはカズラの親戚でフレイムシティの議員事務所で働いている。小さい頃からカズラの面倒を見てくれた最も頼れる人物だった。

「この番号、公衆電話じゃないのか。何でスマホ使わないんだよ」

「おじさん、聞いて。大変なことになっちゃった」

「どうした?」

「アオイとスバルがいないんだ……どうしよう……」

 カズラの声は震えていた。今までずっと抑えていたものが一気にあふれ出しそうだった。

「いない!? 何でだ?」

「わかんない……」

「おい、カズラ。泣いてるのか? 落ち着け」

「うん……あのね……朝、アオイの部署の人からアオイが出勤してこないって電話があって、それでね……」

「ああ」

「それで、帰ったら、スバルもアオイもいなくて、荷物もちょっとなくなってて、どこにいるのかわかんなくなっちゃった……」

「そうか、わかった。お前、今どこにいるんだ?」

「だ、ダヴォア……」

「何でそんな田舎町に!?」

「おじさん怒らないで、怒らないで聞いて、お願いだから……」

「ああ、わかってる。わかってるから話してご覧なさい。な、俺はいつだってお前の味方だろ、カズラ」

「うん……あのね、私、今、バークヒルズの人達といる……」

「何でそんな連中と!!」

「ごめんなさい……」

 カズラの泣き声が電話越しにも聞こえてきた。無理をしてきたのがソウヤにも伝わった。

「すまん。大きい声を出してしまった。何でそうなったのか、俺に話せる範囲でいいから教えてくれ」

「……バークヒルズの人達はリヴォルタに取られた妹を探してる。私がそれに協力するから、それが終わったらアオイとスバルも探してもらうようにお願いしてるの」

「そうなのか」

 ソウヤは冷静な口調になっていた。カズラも泣いたら少しスッキリした。

「カズラ、金はどれだけある?」

「あと45万ケメルくらい」

「こっちに来たらすぐに住む場所を手配する。なるべく節約しつつ、最短でうちに来なさい」

「ありがとぉ……!」

「電話はなるべくするな。面倒な連中に追われると厄介だからな」

「フレイムシティに着いたら連絡する。ソウヤおじさん。ありがとう」

「ああ。無事に来いよ」

 ソウヤは電話を切った。声が聞こえなくなった受話器をカズラはしばらく握りしめたままでいた。


*      *     *


 山岳鉄道に乗った一行は初めて乗る列車に大はしゃぎだった。

「わあーい!!」

「あはは!」

「早え! すっげええ!」

 特にニッキー、パリス、ジョンのはしゃぎ方は幼い子供のようで、悪目立ちしないか心配なくらいだった。

「うげえ、きもちわりい……」

 乗り物酔いしたコーディは寝台に寝転がって吐き気と戦っていた。

 アトラスは露天商からもらったレブジュを眺めていた。

「アトラス兄さん、それ気に入ってるの?」

 ジェシーが聞く。アトラスはニコッとする。

「これ、母さんと同じ民族の露天商がくれたんだ。クテス族の伝統のお守り人形なんだって」

「それがクテス族の……」

「僕は母さんのことあまりよく知らないから、こんな伝統があるなんてこと知らなかった」

「アトラス兄さんの母さんは僕が生まれた時にはもういなかったもんね」

「でもさ、思い出したんだよ。これを見てたら、母さんが時々歌ってくれた子守唄があったなってさ」

「へえ。どんな歌?」

 アトラスは母の子守唄を口ずさんだ。

「ヒェイヒェイヨー、ヒューヨイナ、エンメスダーヴォア、カルロブナ」

 それは古い民謡だった。クテス族特有の短調なメロディラインが癖になる。

「アトラス兄さん、意味は知ってるの?」

「知らないんだ。だから、もっと知りたいな」

「クテス族のこと知ってる人にまた会えるといいね」

 ジェシーがアトラスの肩をポンポンと叩いた。それがジェシーなりの愛情表現と昨晩のお礼だった。


*      *     *


「ヒェイヒェイヨー、ヒューヨイナ、エンメスダーヴォア、カルロブナ。ヒェイヒェイヨー、ヒューヨイナ、イデスークリゴメ、ロパガーバ」

 部屋の整理をしながらライラックが口ずさんでいた。

 アマンダとピートがスカーレットのペントハウスで住み込みで働くようになって数週間が過ぎていた。2人は贅沢な暮らしにも慣れてきて、徐々に仕事も覚え始めていた。

「ライラックさんが鼻歌歌っているのって珍しいよね」

「あ? そうか?」

「ピート、周り気にしなさすぎじゃない?」

「え、だって気にしたってしょうがねえし」

「つまんないね、ピートって」

「何でだよ、別にいいじゃねえかよ」

 アマンダとピートは買ってきたばかりの服やインテリアをリビングに並べながらのんきに過ごしていた。

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