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【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十八話 前編 しばしの別れ

[第二十八話 前編]しばしの別れ


 アマンダ、ピート、リズがハプサル州を出てフレイムシティへ行く日が訪れた。ヘリポートのあるビルの待合室で3人はヘリコプターの到着を待った。

「フレイムシティに着いたら、週明けにはアマンダの入社セレモニーでしょ? 私、何着ていけばいいのかな」

「俺らはそのまま仕事だから普段着でいいって言われてるだろ」

「でも、セレモニーだよ? スーツとか着てた方がよくない?」

 楽しそうに話しているのはリズとピートだった。具体的な仕事内容などはまだ知らされていなかったが、アマンダを正式にリヴォルタのコピアガンナーとして迎え入れるために入社セレモニーが開かれるということだけは事前に通達があった。

「COOに失礼があったらいけないじゃない。髪も綺麗にしとかないと」

「そのもじゃもじゃ頭どうするつもりなんだよ」

「もじゃもじゃじゃない!!」

 リズはふと、アマンダの顔を見る。アマンダは緊張した面持ちで椅子に座っていた。

 サルサから買ってもらった身の回り品が詰まった小さなスーツケースがアマンダの足の前に置かれている。

「そのコート、かわいいね。アマンダ」

 リズが話しかけるとアマンダはビクっとした。リヴォルタ理科大の学生でインターンだというリズのことをアマンダはよくわからないがすごく優秀な年上の女の人だと認識していた。大きい丸眼鏡の奥のこげ茶色の瞳が真っ直ぐアマンダを見つめ返している。その表情はとても優しくて、アマンダは余計にどう接していいかわからなかった。

 アマンダはグリーンのコートを着ていた。金色の留め具がキラキラしてかわいらしくてこれにしたのだ。

「そうですか? これ、昨日買ってもらったんです」

「チーフと買い物に行ったんだってね。欲しい物全部買ってもらえた?」

「はい!」

「ふふ、よかった」

 いつしかサルサと買い物に行くのが楽しみになっていた。昨日もハプサル州より寒いフレイムシティで着る服を買いにリヴォルタの敷地を出てサルサとバザーへ行った。バザー会場の倉庫に足を踏み入れたアマンダは息をのんだ。所狭しとカラフルな洋服が並んでいた。バークヒルズにはビビットな色の染料がないためどうしても派手な色の服が物珍しく感じる。アマンダの金髪と緑の瞳の色に似合うグリーンのコートがあった。一目惚れだった。サルサもよく似合うと言ってすぐに買ってくれた。

 アマンダが嬉しそうに笑うのを見てリズも安心した。ずっと気が塞いでいると思っていたからだ。安否のわからない家族から遠く離れた場所へ行かなければならない不安は少しずつ緩和されているらしい。それはピートのおかげだった。

「ったく、いつまで待たせるんだよ」

 ピートは悪態をつきながら大あくびをした。

「点検が入るから到着しても少し待つって言ってたぞ」

 見送りに来ていたウォルトが言う。まだ車椅子に座っていたが、自分で押して移動できるくらいには回復していた。

「点検? んなもん来る前に済ませとけよ」

「そういうものじゃないんだよ。離発着ごとにやるんだから」

「めんどくせえな」

「事故るよりマシだろうが」

「そりゃそうだ」

 ピートはアマンダにテーブルのバナナを放り投げる。アマンダはそれを両手でキャッチする。ピートのコントロールは見事なものだった。強く投げ過ぎずアマンダが楽に取れる位置に綺麗な放物線を描いて、バナナはアマンダの手の中に収まった。

「これ、何?」

 アマンダは歪曲した黄色くて柔らかい物体を初めて目の当たりにしていた。

「バナナ食べたことないのか?」

「え?」

 アマンダはきょとんとした。

「皮剥いてやるよ」

 ピートはアマンダからバナナを受け取って皮を剝いた。甘い香りがしてきてアマンダはどうしようもなく食欲が湧いてきた。

「ほら」

「ありがと」

 アマンダはバナナを一口食べてみた。甘くてねっとりした食感がした。これも今まで食べたことない味だった。

「おいしい!」

「バナナ、うめえだろ」

「うん!」

 ピートは皮に貼ってあるロゴシールを剥がす。

「マラキア産だ。チーフの親戚の農場のかもな」

「まさか。そんな偶然ある?」

 リズが鼻で笑う。

「この間言ってるの聞いたんだ。チーフの親戚のバナナ農場もリヴォルタが支援するって」

「本当に?」

「その代わり、リヴォルタの経営方針に従わなきゃならないってんで揉めたらしいけど」

「じゃあわかんないじゃない」

「でも、超うめえからチーフの親戚のだ。このバナナは」

「ま、そういうことにしといてあげる」

「そういうこった」

 アマンダはピートとリズの会話に思わず声を出して笑った。

 ピート、リズ、ウォルトの温かい視線がアマンダに集まる。

「アマンダ、よく笑うようになったね」

 リズが言う。アマンダは少し顔を赤らめた。

「……そうですか?」

「うん。前より明るくなったよ」

 アマンダは急に恥ずかしくなって下を向いた。


*      *     *


 ヘリコプターの準備が整った。ピートとリズはいよいよウォルトとの別れの時だ。見送りに間に合ったサルサも合流して一同はヘリポートへ向かった。

「おい、ウォルト。俺がいなくても寂しがんなよ」

「誰が寂しがるか。やらかすヤツがいなくなって清々する」

「けっ、なんだよ。しばらく会えないんだから少しくらいデレろよ」

「お前の方こそ、寂しくて泣くんじゃないか?」

「泣かねえよ! お前と一緒にすんな」

「僕は泣いてない」

「泣いてただろ! 俺がネツサソリに刺された時」

「あ、あの時は……!」

 ウォルトが赤面して黙った。ピートはそれを見て勝ち誇ったような笑顔を見せる。リズは楽しそうに笑った。

「最後までアンタ達の口喧嘩が聞けて満足よ、私は」

「リズ、こんなもん楽しむなよ」

「そうだよ。僕達は真剣なんだ」

 リズは笑っていたが、目は寂しそうだった。ウォルトはその微妙な変化を感じ取っていた。一瞬2人は目が合うが、ウォルトが先に目を逸らした。

 リズは車椅子に座ったウォルトの前にしゃがみ、手をしっかり握った。

「ウォルト、あなたは私を守ろうとした。そうでしょ?」

「僕は君に怪我をさせただけだ」

「違う。あれは結果は暴走だったけど、あなたのしようとしたこととは違ったはず」

「目的がどうであれ結果が全てだ。僕はコピア暴走の発端になった」

「そんなこと普通じゃ起こらない。何かがきっかけになったはず。あの時のあなたの数値は異常だった。それは私のことを――」

「いいから行けよ。そのことはあとで事故調査委員会が調べてくれる。リズはその報告を待てばいい」

 リズはじっとウォルトを見つめていた。ウォルトは顔を背けて何も言わなかった。

 数分して、諦めたリズは握っていた手を放して立ち上がって後ろを向いた。

「アマンダ、ピート。行こうか」

「お、おう」

「はい」

 リズとピートとアマンダはヘリコプターへと乗り込んだ。ウォルトはヘリコプターが離陸し、空の彼方へと見えなくなるまで目で追っていた。

「ウォルト、あれでよかったの?」

 サルサが後ろから声をかける。

「僕とリズは別世界の人間です。僕は二度とまともな人生を歩むことはない。一生コピア暴走の危険因子として生きていくことになる。リズをそれに巻き込みたくない」

「あなたはもうコピアに適合していない。あなたを発端として暴走が起きる確率は限りなくゼロに近いのよ。それでもまだ自分が信じられない?」

「僕は自分の実力を過信していたんです。僕なら大丈夫だと思い込んだ結果がこれですから」

「あなたにはリハビリよりカウンセリングが必要ね」

 サルサはウォルトの車椅子を押してビルの中に入った。ここ数日、点滴だけで生きているウォルトは急激に体重が落ちていた。元通りの食事ができるようになり、自分の足で歩けるようになれば少しは気分も変わるかもしれない。だが、それにはまだ身体機能の回復が十分ではなかった。


*      *     *


 ヘリコプターの中でピートとリズはずっとお喋りをしていた。3人座れるシートにピートを真ん中に挟んでアマンダとリズが両端に座った。

「私、フレイムシティに行くの初めてなんだよね。ピートは向こうに住んでたんでしょ? どんな感じだった?」

「俺が住んでた地域はアガットタウンだぞ? リズが思ってるような場所じゃねえよ」

「それスラム街だっけ? それはそれでフレイムシティっぽくていいじゃん」

「よくねえよ! あんなとこ人が住むとこじゃねえ」

「どんなとこなのよ、それ」

「犯罪の温床だよ。あそこで生まれたらなんらかの犯罪で食っていく人間になるしか選択肢はねえ」

「ねえ、フレイムシティで最近流行ってるスイーツのお店があるんだけど!」

 リズはスマホでフレイムシティの観光案内のページを調べている。

「おい、聞けよ!」

「あはは」

 ずっと静かについてきていたアマンダが笑った。

「フレイムシティに行くの、楽しみか?」

 ピートは試しにアマンダに聞いてみた。

「え? どうなんだろう」

 アマンダは考え込んでしまった。

「フレイムシティにはすげえもんがいっぱいあるんだ。うめえ飯屋もいっぱいあるし、面白え娯楽も溢れかえってる。ま、そういうのは俺も行ったことないんだけどな!」

「行ったことないのに自慢しないでよ」

「それでも俺の育った街だからな!」

 アマンダはピートと話している時が一番機嫌がよさそうだった。それは誰が見ても明白だった。

「ねえ、ピート」

 リズがピートに耳打ちする。

「今日の夜に向こうへ着いたら明日は丸一日休みでしょ? アマンダにフレイムシティを案内してあげたら?」

「はあ? 何言ってんだよ」

「いいじゃない、アマンダの心を開くチャンスだよ」

「おい……」

 ピートはチラとアマンダを見る。アマンダには会話が聞こえていなかったらしく、きょとんとしていた。

「明日、遊びに行くか? フレイムシティのいいとこ案内してやるよ」

「本当!?」

 思いのほか好感触な返事が返ってきてピートの心臓は高鳴った。

「本当だよ。リズに観光スポット教えてもらえよ。行きたいとこ連れてくから」

「ありがとう! ピート!!」

「おう」

「くくくくく……」

 リズがアマンダに気付かれないようにピートの陰で声を押し殺して笑った。

「笑ってんじゃねえよ!」

「だって……くくくくく……」

 ピートはからかいがいのある面白いヤツだった。

 対照的な女子2人に挟まれたピートにはただこの先が思いやられるといった具合だった。

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