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【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十九話 後編 任務内容

[第二十九話 後編]任務内容

 勤務先へと向かう車の中で、アマンダはこれから与えられる仕事に思いを馳せていた。新品のスーツを着て初めて暮らす都会のど真ん中で働く自分を想像してみる。バークヒルズにいた頃は体力仕事も頭を使う仕事もこなしてきた。勝手は違うだろうがきっと役に立てるはずだ。ピートはどう思っているのだろうか。アマンダはピートに自分の意気込みを話してみようと隣を見た。

「ねえ、ピート……って、ええ!?」

 ピートはガチガチに緊張していた。

「な、何だ、アマンダ……」

「どうしちゃったの!?」

「お前、気付いてないと思うけど、俺達もうフレイムシティの一等地にいるんだよ……」

 アマンダは景色を見てみた。高級ブティックやオフィスビルが立ち並ぶ高級感溢れる街並みが広がっていた。

「昔の俺ならこんな所うろついてるだけで通報されたぞ……」

「そうなの!?」

 アマンダもピートの緊張が移って膝が震えだした。

「ははは。これからお二方のボスになられる人はとても気さくな方ですから、ご安心なさい」

 助手席に座るロバートのにこやかな目がバックミラーに映る。そうは言っても立派なビルが立ち並ぶ景色を見てしまうと、自分達が場違いな気がして落ち着いてなどいられなかった。

 車は高級マンションの前で止まった。ロバートが2人を車から降ろして、高級マンションの中に入った。

 ロビーでパスワードとカードキーによるロックを解除する。エレベーターもカードキーをかざさなければ作動しない。一番上の階に着くまで2分かかった。もうすぐ目的の部屋に着くかと思いきや、廊下を歩いてまたエレベーターに乗った。さらに上の階があるらしい。十数秒でエレベーターは止まり、3人は豪華な扉の前に出た。

「こちらのペントハウスがアンドリュー・イーデルステインCOOのご自宅です」

「はい!?」

「ええ!?」

 アマンダとピートは驚きのあまり目が飛び出るかと思った。

「COOの……自宅……!?」

「お、俺達、ここで何をするんですか……!?」

 動揺しすぎてピートがきちんとした敬語を使っていたが、誰も指摘しなかった。

 ロバートがインターホンのボタンを押す。教会の鐘のような上品だが体に響くディンドンという電子音が鳴る。

 すぐにペントハウスの扉が開いた。

 紫色の髪をした黒パンツスーツの背の高い女性がドアの奥に立っていた。

「ロバートさん。おはようございます」

「おはよう、ライラック」

 アマンダはライラックと呼ばれた黒パンツスーツの女性からコピアの気配を感じた。全身をざっくり観察するが、コピアガンらしきものは見当たらなかった。

「ネイルさん、紹介します。彼女はリヴォルタの正式なコピアガンナーの1人で、COOの奥様の護衛のライラックです」

「コピアガンナー?」

 アマンダは聞き返した。

「ええ。ライラックはあなたの大先輩ですよ。コピアガンナーとしての心得を教えてもらいなさい」

「よろしくお願いします!」

 アマンダは元気に挨拶した。

「よろしく」

 ライラックは淡々としていた。アマンダはその雰囲気にどことなく不穏なものを感じ取っていた。コピアガンナーだというのにコピアガンを所持していない。にもかかわらず、ライラックからはコピアの気配を色濃く感じる。コピアガンを撃った直後のようなはっきりとした気配だった。

 ライラックが全く笑わないという点についてもそれは言えることだった。不気味というほどではないが、近寄りがたいオーラを感じる。人付き合いが得意な方ではないのだろう。これからライラックにつきっきりで仕事をしなければならないことにアマンダは少し不安を感じた

「ライラック、いつまで玄関で話してるの? そろそろ上がってもらって」

 部屋の奥からかわいらしい声が聞こえてきた。

「今行くよ、スカーレット」

 ライラックが部屋の奥に向かって声をかけた。その声は先ほどとは違う柔らかで優しい音色だった。

 ライラックはロバートとアマンダとピートを招き入れた。大理石の廊下はツルピカで顔を映し出しそうなほど磨かれていた。

 リビングルームにはダークブラウンの髪をゆるく巻いた、上品さにかわいらしい甘さのある女性がいた。ワインレッドのゆるっとしたワンピースがよく似合っている。

「初めまして、アンドリューの妻のスカーレットです」

 アマンダは自分と背丈の変わらないスカーレットのかわいらしさに見惚れてしまった。人好きのする明るい笑顔と甘ったるい声、ふわっとした見た目の全てがアマンダを魅了した。

「よ、よろしくお願いします……!」

 アマンダは固い声で挨拶した。

「あなたがアマンダね。よろしくね!」

 スカーレットはアマンダにピョコピョコと近づき肩を抱いた。

「ほらほら、緊張しなくていいのよ」

「は、はい……!」

 アマンダは人懐こいスカーレットの性格に完全に飲まれていた。こんなかわいらしい人と何を話せばいいんだろうとアマンダは頭の中がグルグルしていた。

「夫人、お久しぶりです」

 ピートも緊張しているようだった。だが、ピートの緊張はスカーレットに対するものではなさそうだった。綺麗すぎる高級マンションのペントハウスにいるというだけで足が震えていた。

「ピート! 噂は聞いてるよ。ウェイストランドで最強の体を手に入れたんでしょ?」

「誰ですか、そんなこと言ったの!?」

「アオイが言ってたよ~。カズラと沢山スポーツしたんでしょ?」

「カズラさん、アオイさんにどんな話し方したんだ……!」

「ふふふ、仲良しよね。あの2人。羨ましいわ」

 スカーレットは一同をリビングルームのソファに案内した。アマンダとピートは座ったが、ライラックとロバートは近くまで来て立ったままだった。

「堅いよね、2人共」

 スカーレットはクスクス笑う。アマンダはすっかり緊張が解けていた。スカーレットがその場の空気をガラッと変えてしまったからだった。

 スカーレットは茶色い木製のティーポットに緑色の茶葉を入れてぬるめのお湯を注いでお茶を作った。

「これね、アオイが勧めてくれたアケボシのグリーンティなの。紅茶とはかなり違うから飲んでみて」

 取っ手のないマグカップのような陶器に透き通った緑色のお茶が注がれた。アマンダは自分の前に置かれた陶器を手に取り、薄いピンク色で描かれた花を見る。

「レンゲよ。アケボシにはそれが沢山咲いているんだって。アオイの弟くんの名前の由来にもなったの。泥の池の水面にパッと咲く大きくて神々しい花だそうよ」

 アマンダはスカーレットの何気ない話に目を落とした。スカーレットの話しているアオイの弟とはアマンダがコピアガンを奪った相手だ。あの日のことがフラッシュバックする。コピアガンナー達はバークヒルズからの侵入者だったアマンダ達を守るために命を落としたのだ。

「あ、ごめんなさい。話は聞いていたのに、忘れちゃってた」

 スカーレットは心底申し訳なさそうな顔になった。コロコロと変わるスカーレットの表情にアマンダはドキドキした。

「大丈夫だよ、アマンダ。コピアガンナーの任務中の事故は少なくない。年間何人ものコピアガンナーが怪我をして後遺症で働けなくなったり、命に係わる事故に遭っている。レンくんのこともその一例に過ぎない。あなたが責められることじゃないんだよ」

「はい、わかってます……」

 それはアマンダにとって女神からのお告げのようだった。慈悲に溢れた心温かいスカーレットの言葉はアマンダの心の奥底の傷跡に深く染み入ってくるようだった。

「マダム、そろそろお二方の仕事内容についての説明をさせていただけませんか?」

 ロバートが痺れを切らしてスカーレットに申し出た。スカーレットは照れ笑いをした。

「あっ、そうだった! ごめんなさいね。私、お客さんが来るとテンション上がっちゃって」

「この子達はゲストではなく部下なのですよ、マダム」

「わかってますよぉ」

 そんな話をしていると、ライラックが無言でスカーレットの座っているソファの後ろに立ち、アマンダとピートを見つめた。

「アマンダ、ピート。君達の仕事は私と一緒にスカーレットを護衛することだ」

「護衛?」

 アマンダとピートは同時に聞き返す。

「マダムは今後、COOと共にフレイムシティの各地でパーティに出席したり、演説をしたりしなければなりません。その際、マダムが安全かつ健康に過ごせるように努めることがあなた方の仕事です」

 ロバートが付け足す。

「安全かつ健康? マダムはご病気などされているのですか?」

 アマンダはロバートの言い方に引っかかった。

「ううん、違うの」

 スカーレットはお腹に手を当てた。

「私、妊娠してるの。だから長時間の立ち仕事や人と沢山会うのは本当はよくなくて」

「妊娠……!?」

 アマンダの顔がほころんだ。

「赤ちゃん、産まれるんですか?」

 アマンダの変貌っぷりにスカーレットは嬉しそうに笑った。

 アマンダは赤ん坊が大好きだった。近所で誰かが妊娠すると必ず出産の手伝いに行くくらい大好きだった。コピアガンを持つようになってからは赤ん坊と接することができなくなり寂しい思いをしていた。

「そうよ。予定日は半年後なの」

 細身のスカーレットのお腹はまだ目立つほど大きくはなっていない。だが、愛おしそうにお腹を撫でるスカーレットは既に母親そのものだった。

「女の子なんだってよ。かわいい服いっぱい揃えておかなきゃ」

 スカーレットは目を輝かせているアマンダに手を差し出した。

「お腹、撫でてみる? まだわからないと思うけど」

「いいんですか!?」

 アマンダは思わず立ち上がった。

「あ、でも、私は……」

 だが、すぐに自分が赤ん坊と接してはいけないことを思い出し、座る。

「コピアのことは大丈夫よ。アンドリューが開発した赤ちゃんのコピア汚染を軽減する薬を飲んでるから。これはまだ認可が下りてないから口外してはいけないんだけどね」

「そんなものがあるんですか?」

「うん。だから、ほら、ライラックもコピアガンナーだけどいつも私と一緒にいられるの。あなたもよ、アマンダ」

 アマンダは向かい側のソファに移動して、スカーレットのお腹を触らせてもらった。まだ膨らみもわからないが、なんとなく生命がいるような気がしてアマンダは感動した。

「産まれたら沢山色んな所に連れて行ってあげたいな。やってみたいことは何でもやらせてあげたい。いつも愛してるよおって言ってあげるの」

 スカーレットからは幸せいっぱいのオーラが出ていた。アマンダはスカーレットとお腹の子のための仕事を任されたことをとても誇りに思った。

「私、頑張ります。マダムと赤ちゃんを全力でお守りします」

「ありがとう。頼りにしてるね」

 スカーレットはたった14歳のSPに本心からそう言っていた。

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