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黒煙のコピアガンナー スピンオフ第二弾 夜明けを告げる星 第四話

夜明けを告げる星 第四話



 カズラ達を乗せた飛行機は日が落ちた頃にハプサル州に到着した。2週間ぶりの故郷は出かけた日より涼しくなり、季節の移り変わりを感じさせた。剣道部の貸し切りのバスは先にソウヤの自宅アパート前に止まり、その後カズラも自分の家の前で降ろしてもらった。

「おかえりなさい、カズラ!」

 母がカズラを出迎える。庭では父がバーベキューを始めていた。兄達はバーベキューの手伝いをしている。3人共、既に酒が入っていて、楽しそうに話しながら肉を焼いていた。

「それでは、カズラの全国大会優勝を祝して、乾杯!」

 一通りの肉が焼けたので、家族がテーブルについた。父だけはさらに肉を焼くためにバーベキュー台の前で酒を飲んでいる。父の乾杯の音頭で3兄妹は一斉に肉にがっついた。

 ハヤテが時々肉を運びながらつまみ食いする。カズラは母にサラダも食べなさいと叱られながら肉を貪り食う。タクミは父に肉の焼き方のこだわりを力説して父を困らせている。バーベキューをする時はいつもこんな感じだ。タクミやハヤテの大学合格祝いの時も同じくらい騒いだものだ。

「これでカズラの剣道人生も一区切りついたんじゃないかしら」

 肉を食べ尽くし、母が食後のお茶を淹れながらふいにそんなことを話した。カズラは寝耳に水だったため、お腹いっぱいで最高の気分が一気に急降下した気がした。

「何で? 来年も大会には出るよ?」

「でも、来年はカズラも受験じゃない。男の子みたいなことばかりしてないで、大学のことも考えなきゃいけないのよ」

「大会は9月が最後なんだから、終わってから本格的に勉強すれば間に合うよ」

「でもね、女の子の就職に強い大学を選ぶなら今のままじゃダメよ」

「剣道が続けられる大学がいいよ」

「剣道なんて続けても意味ないじゃない。フレイムシティに女子の名門大学があるからそこに行ったらいいと思うんだけど」

 これは雲行きが良くない、とカズラは思った。カズラは母が自分の出身大学のお嬢様校に入学させようとしていると気付いた。その大学は政治家や実業家との結婚を目論む子女が集まる大学で、校則に厳しかった。もちろん剣道部はない。

「はあ? 何でそんな面倒くさそうなところに行くのさ。フレイムシティの大学だったらもっと他にあるじゃんか」

 カズラは絶対にそんな大学には行きたくなかった。剣道を続けられて、自分らしい生き方が許される大学がいいと思っていた。

「あのな、母さんはお前にもっとお淑やかな女になってほしいと思ってるのがわからないのか?」

 母に加勢して酔ったタクミも反論してきた。

「タクミにいまで何言い出すのさ?」

「お前は昔から女らしくなさすぎだって言ってるんだ」

 酔うと気が大きくなるタクミは普段はカズラと話もしないくせにここぞとばかりにカズラを攻撃してきた。カズラが女らしくないことなど今更言ってどうにかなる話ではない。てっきりそれでいいものだと思っていたのに、高校生にもなってケチをつけられたくない。

「ふんっ、イマドキ男らしいも女らしいもない。私は私だよ。男女混合部門優勝者のカズラ・コガだ」

「それが調子に乗ってるっていうんだよ」

「何なの? タクミにい今日私に当たり強くない?」

「今更気付いたのか」

「今更って何?」

「俺は昔からお前が嫌いだったんだよ」

「はあ? 何言い出してんの?」

 カズラは全身の血の気が一瞬で弾くのを感じた。

「兄貴、言い過ぎだよ」

 ハヤテが興奮気味のタクミを抑えようと口を挟む。だが、カズラはハヤテも内心ではタクミと同じ事を思っているのだとカズラは目つきでわかってしまった。

「ハヤテにいも私のこと嫌い?」

「いや、それは……」

「はっきり言ってよ。私はうやむやのままじゃ安心してこの家にいられないよ」

「あのな、俺は嫌いとかじゃないんだ」

「やっぱりそうなんじゃん!」

「違う。ただ、お前が怖いんだ。俺達より強くて男らしいお前が……」

 カズラはもう何がなんだかわからなかった。タクミは明らかに敵意のある目で睨みつけてくるし、ハヤテも目を合わせようとしない。母を見るが、戸惑っているようで何も言って来ない。

「私の方が剣道が強くなったから? それは妬みっていうんじゃないのか」

「それだけじゃないよ。お前は何をやっても男の俺ら以上にできるから、それが怖いんだ。兄貴だって、カズラが大人になって兄貴より優秀だってわかったら、跡継ぎの座を奪われるんじゃないかって心配なんだよ」

「言うんじゃねえ、ハヤテ!」

 タクミが叫んでハヤテに拳を振り上げた。

「やめて、タクミにい!」

 カズラは思わず立ち上がってタクミの腕を掴んだ。タクミより10㎝も背が高いカズラに抑え込まれたらタクミは動けない。タクミとハヤテとカズラは数秒間一歩も動けなかった。

「俺はお前が嫌いなんだ。俺より背が高くて度胸があっておまけに勉強までできて。跡取りなんだからカズラよりできるようになれって言われ続けて育った俺の気持ちがお前にわかるのかよ!」

 タクミはカズラに腕を掴まれたままそう言い切った。カズラはタクミが本気でカズラを嫌っているのだと感じた。ずっと慕ってきた兄達から歓迎されていなかったとカズラはこの時初めて知った。前からそう思っていたなら、もっと早く言ってほしかった。

「それが本音なの? じゃあいいよ。私はどうせ跡継ぎでも何でもない。この家に帰ってこないといけない理由はないからね!」

 カズラは家を飛び出した。何も持たずにただ走った。あんな家にはもう帰りたくなかった。ずっと信頼していたのに、よりによってカズラの全国大会優勝祝いのディナーの場で全部自分の思い込みだったと知らされることになってしまった。なんて惨めだろう。もう何もかも嫌だった。自分の能力を信じてひた走ってきたはずなのに、それが求められていなかっただなんて、認めたくなかった。

 1時間ほどカズラは町を走った。すっかり夜も更けていた。こんな時間に出歩いていたら犯罪に巻き込まれるかもしれない。だが、どんな危険が迫っても自分なら対処できるとカズラは思っていた。

 郊外の住宅地から市街地まで出てきてしまった。もう店も閉まっている。開いているのは24時間営業の薬局だけだ。走り疲れたカズラは灯りのついているその薬局をぼーっと眺めながら車道挟んだ反対側の道を歩いていた。そして、見覚えのある黒髪の女の子が走って薬局に入って行くのを見た。

「アオイか……?」

 何年も会っていないのにカズラは直感でわかった。母親に似てむっちりした体型になっていた。顔は見えなかったが、あれは絶対に小さい頃に仲良くしていたアオイ・ミヤモトだった。

 薬局に入ろうと道路を渡ろうとしたその時、薬局のレジが騒がしくなった。強盗だ。2人組の覆面の男が刃物で店主を脅している。

「アオイが危ない!」

 瞬時にそう判断したカズラは全速力で薬局へと走った。

「金出せ!」

「早くしろ!」

 薬局のレジの前には刃物を持った男と大きな黒いカバンを持った男がいた。刃物を持った男がレジの向こうの薬剤師の店主を脅していた。

「うおらあ!!」

 カズラは長い脚で刃物を持っていた男の手を蹴り上げた。刃物は商品棚の向こうに吹っ飛ぶ。

「こいつ!」

 もう1人の男がカズラに掴みかかろうとする。カズラはそれより早く男の胴体を手刀でぶん殴り、2人共床に転がした。1人はその衝撃で気絶した。もう1人が這いつくばって落ちた刃物を取りに行こうとする。カズラは男を抑え込んで刃物の向こうを見た。

 怯えた様子のアオイが震える目でこちらを見ていた。

「カズラ……?」

 アオイも一目でカズラだとわかったようだ。カズラはジャージ姿で強盗を組み伏して怯えるアオイを見上げている。こんな形の再会なんて望んでいなかった。

「アオイ……! 刃物を向こうへ……!」

 覆い被さるカズラから逃れようと男が肘鉄を喰らわせてくる。カズラはその痛みに耐えて叫ぶ。

「アオイ……! 頼む……! 刃物を蹴れ!」

 アオイははっとして走り出した。刃物を土足で踏んづけると、後ろへ蹴った。男はもう抵抗しても無駄だと悟ったのか、大人しくなった。

 カズラは店主に首を傾ける。店主はガッツポーズをした。

「通報した! もう大丈夫だ!」

 店主が持ってきた縄をカズラは受け取った。それで男をキツく縛った。

「カズラ……!」

 ひと段落するとアオイがカズラに抱きついてきた。体全体が柔らかくてカズラはそれに一番驚いた。剣道部の女子にこんな子はいない。

「アオイ! 怪我はないか?」

「ないよ。ありがとう。怖かった……」

 カズラはその言葉を聞いて感極まってアオイを抱き返した。今になって全身が恐怖で震え立った。本物の刃物を持った人間相手に一歩間違えれば大怪我をするところだった。アオイは肩で息をするカズラの頭を撫でてくれた。

「よかった……本当によかった……」

「うん、カズラよく頑張ったね。怖かったんだね。ありがとう」

 アオイの柔和な温もりがカズラを癒し、恐怖を徐々に溶かしていった。だんだんと頭の中が整理されてきて、2人とも無事で薬局も被害を免れたのだと理解できた。カズラはほっとした。

「お姉ちゃん……!」

 ふと気が付くと、薬局のドアの前にパジャマ姿の男子小学生の姿があった。

「レン! 寝てなきゃダメじゃない!」

 アオイは驚いて飛び跳ねるようにカズラから離れて男子小学生に駆け寄った。

「レン? そうなのか!?」

 カズラは予期せぬ再会に目を丸くしてレンを見つめた。よく見れば面影がある。一重まぶたがアオイにそっくりなところまで変わっていなかった。カズラは成長したレンに会えたことで気分が高まった。あんなにちっちゃかったのに! と言いながらこねくり回したかった。

 だが、レンはというと、驚いて目を見開いてカズラを凝視していた。

「このサムライ、お姉ちゃんの友達なの?」

 レンはカズラを指さして言った。

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