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【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十一話 前編 山小屋

[第三十一話 前編]山小屋

 カズラ達は日没直前に山小屋に到着した。

「おい! 着いたぞ!」

 先頭を歩いていたカズラは後ろに向かって声を張り上げる。

「本当?」

「よかったぁ!」

「つっかれた~」

 クタクタになったパリス、ニッキー、コーディが安堵する。その後ろをジェシーとジョンに引っ張られながらアトラスが必死に岩山を登っている。

「アトラス兄さん。もうすぐ着くってよ」

「やっとか……!」

 ジェシーがそう伝えるとアトラスは少し元気を取り戻した。ジェシーとジョンに掴まれている腕にも力がみなぎる。

「ちょっといい缶詰を持ってきたからそれを夕飯にしよう」

 アトラスは嬉しそうだった。

 アトラス、ジェシー、ジョンが山小屋に到着した。薄暗い室内に暖かい火が灯っていた。

 コーディが暖炉に火をつけたのだ。カズラがヤカンに持参した飲料水を入れ、暖炉で沸かす。

「スープの素がある。それで体を温めよう」

 カズラがカバンから出した銀色の小袋をバークヒルズの面々は物珍しそうに見つめた。

「コーンポタージュ?」

「何、これ?」

 パリスとニッキーは小袋を手に取って色々な角度から観察する。

「そうか。これは飲んだことないんだな」

 カズラは小袋を開け、カップに中身の黄色い粉を入れる。

「これにお湯を注ぐとスープになるんだ」

 ヤカンのお湯が沸いたので、カズラはカップに注ぐ。甘い香りが立った。

「おいしそう!」

「熱いから気を付けろ」

 カズラは目をキラキラさせていたパリスに最初の一杯を差し出した。

 パリスは冷ましてから一口含んでみた。

「甘い!」

 それを聞いてニッキーもお湯を注がれたカップを即座に掴んで飲んでみる。

「うわぁ! おいしい!」

 パリスとニッキーがあまりにもおいしそうにコーンポタージュを飲むので、ジョンとコーディも興味が出てきた。カズラは人数分のコーンポタージュを作ってそれぞれに配った。

「甘いな」

「コーンが浮いてるぞ!」

 ジョンとコーディもコーンポタージュが気に入ったようだった。

「コーン……」

 唯一、ジェシーだけはすぐにコーンポタージュに口をつけなかった。

「懐かしいよね。昔はコーンの缶詰がよく手に入ったから頻繁に食べてた」

 アトラスがニコニコしながらジェシーの様子を見ている。

「ジェシーさんってコーンも食わず嫌いなんでしたっけ?」

 ニッキーがパリスに耳打ちする。しかし、狭い山小屋では小声で喋っても全員に聞こえた。

「コーンは嫌いじゃないよ。でも、ちょっと色々あってね」

「……母さんのコーン料理が死ぬほどまずかったんだ」

 アトラスを遮ってジェシーがポツリと言う。料理好きと言われていたジェシーの母エミリーはなぜかコーン料理だけ上手に作れないという人だった。コーンの甘さを生かし過ぎて全体のバランスを崩してしまっていた。にもかかわらず、エミリーもジェシーの姉のハンナもそのヘンテコなコーン料理が好きだったため、幼い頃のジェシーは家でコーン料理が出てくる度に苦労した。成長して学校でコーン料理を食べてジェシーは感動した思い出がある。

「母さんとはケンカしたままだったから……」

 ジェシーはスプーンで下に沈んだコーンを水面に浮かべながら話す。エミリーとハンナは事故で亡くなっていた。

「コーンを見るといつも思い出す。家を出た日のこととか、ギャングに入ってから僕とは目を合わせてもくれなくなったこととか……」

 ジェシーはスプーンですくったコーンを食べてみる。

「おいしい。母さんの味じゃない」

 アトラスとコーディがジェシーに寄り添う。当時の苦しみを知る兄達はジェシーの寂しげな横顔に居ても立っても居られなかった。

「これからどんなにおいしいコーン料理を食べたとしても、お母さんの味はきっと忘れないでいられますよ、ジェシーさん。たとえそれが好きな味じゃなくても、それがジェシーさんのお母さんの思い出の味です」

 パリスも優しくジェシーに語り掛ける。ジェシーはほっとした顔をしてスープを飲み干した。

「母さんのコーン料理は全部甘すぎるんだ。ピザにコーンと砂糖漬けのトマトを乗せたりするんだよ。デザートとも言い難いし、本当においしくなかった」

「それ、俺も食べたことあるぜ。小さい頃、ジェシーの家にお使いに行かされた時、おやつにって出されたけど、一口食ってやめた」

 コーディが面白おかしく話す。ジェシーもその話しぶりに釣られて笑った。

「さて、皆! メインディッシュの時間だよ」

 アトラスが楽し気な声で全員の注意を引く。カバンから缶詰を取り出して掲げた。

「チキンの缶詰です!」

「おお!」

 歓声が上がる中、カズラがぽかんと口を開ける。

「お前ら、それ好きなのか?」

 バークヒルズの面々は大興奮で話し始める。

「バークヒルズではたまにしか食べられないんだから!」

「ギャングの中だってグレイブ兄さんが独占してて滅多に食えないよ!」

「アトラス兄さん、それどこに隠してたの?」

 ものすごい気迫に押され気味のアトラス。

「ふふ、これはね、グレイブが寝ている時にこっそりと……」

「この人は! そうやって人の部屋に勝手に入って来る!」

 ジョンが急に怒り出す。事情を知らない他の人達はいきなりジョンが大きい声を出すので困惑する。

「いや、何でもない」

 ジョンは注目が自分に集まり急に小さくなる。

「これ食べて今夜は盛り上がろう!」

「イエアアアア!」

 バークヒルズの面々はチキンの缶詰を奪い合うようにして取り、蓋を開けてほおばった。

「生き返るわぁ~」

「これだよ、これ!」

 まるで人気店の定番メニューを長時間並んでゲットした人かのような喜びっぷりにカズラは終始驚いた。


*      *     *


 食事を終えると、カズラは備品の寝袋を探し出した。旧研究所の爆発事故依頼、管理が行き届かなくなった山小屋の寝袋は埃まみれだったが、カバーを外してみると思っていたより状態は悪くなかった。人数分の寝袋を出してそれぞれ自分の好きな所で寝ることになった。

 ジェシーはカズラの隣に寝転んで、眠れずに天井を見つめていた。

「眠れないのか」

 カズラが視線を向けずにジェシーに問いかける。その目は手に持った紙切れに集中していた。

「よくない事ばかり考えてる」

「アマンダのことか」

「それもだ」

「アマンダはお前のこと怖がってたぞ。一番怖い兄だって話してるのを聞いた」

「だろうな。僕はアイツにひどいことをした」

 ジェシーは横を向いた。暖炉の火に照らされてカズラの顔がよく見えた。

「それは家族写真か?」

「ああ、そんなとこだ」

 カズラが持っていた紙切れはジェシーも見た写真だ。カズラの他に男女と子供が写っている。

「息子のスバルだ。こっちは私の妻のアオイ。で、この男はアオイの弟のレン」

「妻がいるのか?」

「ああ。私達は同性カップルなんだ」

 カズラはジェシーにそれで伝わったのか疑問だったが、説明する気にもなれなかった。

「アトラス兄さんが僕に買ってくれた本にそういうのがあった。そうか、アンタとそのアオイっていう女性は女同士で結婚したのか」

「随分と先駆的な本を買ってもらったんだな」

「アトラス兄さんは僕のことを心配してくれてたから」

「へえ」

 ジェシーは少しだけ切ない顔をした。その物憂げで儚い表情は往年の銀幕スターの女優のような風格を感じさせた。

「僕はそんなに女に見えるかな?」

「はあ?」

 カズラは真剣に悩みを打ち明けるその眼差しに面食らった。そんな美しい顔で言われてもとしか言いようがなかった。

「お前さ、顔は美形だけど、心は野獣だ。私にはそう見える。野獣っていうのは、イグニスの言葉の方じゃなくて、アケボシの概念だ。私はアケボシの剣術を長年やっていて、そこにこんな考え方がある。己の中の獣を制す。私は高校生の時にその言葉に救われた」

「己の中の獣?」

「お前、今日オオカミを殺しただろ。その時何を考えていた?」

「何も考えてなかった」

「感覚で体が動いたんだろ? それも大事だ。だけど、それではいつか自分の身も滅ぼす」

「どうしたらいい?」

 ジェシーはすがるような声でそう言った。何か自分でも感じるものがあったのかもしれない。

「己の中の獣を制すんだよ。その本能的な衝動も丸ごと力に変える。それがアケボシの全ての武術に共通するゴールだ。力を持つべきものこそ、己を制する技がいる」

「僕もそうなるべきなのか」

「お前は立派だよ。経歴も素晴らしいが、この2日お前を見ていて優秀さがよくわかった。お前はいつかきっとすげえ偉業を成し遂げるんだろうな」

 ジェシーからの返事はなかった。カズラは写真を財布にしまってジェシーと反対方向に体を向けた。

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