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【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十五話 後編 フレイムシティへ

[第二十五話 後編]フレイムシティへ


 ウォルトの病室はフロアの最奥だった。意識は戻ったが、ウォルトはまだ自分では動けず、しばらくは外部の人の面会もできない。ウォルトの病室の鍵は出入りを許可された人のIDカードをスキャンすることでしか開かないようになっている。医者や看護師以外では同じフロアに入院している関係者だけが許可されていた。

 面会許可が下りて早々、ピートはノックもせずにウォルトの病室に入ってきた。

「おい、ウォルト。見舞いに来てやったぜ」

 ウォルトはピートが来たとわかると壁側に寝返りを打って顔を背けた。それまでは体を真っ直ぐにして仰向けに寝て、ずっと天井を見つめていた。

「思ったより悪くねえんじゃねえの?」

「……どこがだよ」

 かすれた声でウォルトが反論する。ピートはウォルトが文句を言えることが嬉しくて笑った。

「さっきアマンダとチョコレートケーキ食べたんだよ。アイツ、おいしい連発してフォークまで舐めてたぜ」

 ピートはウォルトが無理に喋らなくていいようにずっと話し続けた。何もしないで1人で寝ているよりウォルトの気が紛れることをしてやった方が回復も早いと思ったのだ。数日前までピートがそうだったように、ウォルトも今、変わってしまった自分の体と向き合わざるを得ない状況に置かれているから。

「お前、僕に他に言う事ないのかよ」

 しばらくしてウォルトが口を挟んだ。

「なんだ。俺がアマンダと仲良くしてるのが羨ましいか?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあその態度は何なんだよ」

 ウォルトは布団を蹴飛ばしてベッドに膝立ちになり、ピートの胸倉を両手で掴んだ。

「僕が皆を殺しかけたんだ! 僕が……旧型のコピアを蘇らせた!! 僕が全部やったんだよ!! 僕のせいで……リズまで……!!」

 ウォルトに胸倉を強く掴まれ叫ばれている間、ピートは力を抜いて話を聞いていた。

「お前、俺が全力でお前を殴れないのわかっててやってるならブチ殺すぞ」

 ウォルトは首を垂れた。

「いっそそうしてほしいくらいだ……」

「あの場で死者が出なかったのはコピアガンナー達の迅速な対応とリヴォルタの医者の適切な医療措置のおかげだ。そのおかげで生き延びた人達の中にはお前も含まれてる」

「でも、元凶は僕なんだぞ……!」

「んなこた関係ねえ。死者0人。あんなことがあったのにこの数字は奇跡的だ」

 ピートはウォルトの手首を握り、自分から引き離した。ウォルトはベッドに座り込んで下を向いた。

「細胞破壊寸前だったって言われたこと忘れんなよ」

 ピートは立ち上がり、ドアへと向かう。

「誰が何と言おうと、俺はお前が生きててよかった」

 ピートは病室を出た。ウォルトのすすり泣きを背中で感じていた。ドアが完全に閉まった瞬間、鼻をすすった。ずっと我慢していた涙がとめどなく溢れて来ていた。

「くそっ……!!」

 ピートは拳を握りしめて、あらゆる衝動を抑え込んだ。壁に八つ当たりしようものなら最後、頑丈な病室の壁さえもブチ破ってしまうほどの力をピートは必死に制御しようとしていた。


*      *     *


 リズは旧研究所から運び込まれた時、頭部を強打して出血が見られた。防護服のヘルメットがひび割れるほどの衝撃だったが、幸い傷は浅く、コピアによる汚染も軽微で済んだ。頭の傷の手当と簡単な検査を受けただけですぐにインターンの仕事も大学生活も復帰した。リズにとって旧研究所での出来事は終わったはずだった。

 だが、リズの件ではまだ未解決の謎が残っていた。

「ウェイストランドで父親を見たとリズが言っているのですか?」

 リズの診察を担当した医者からサルサは内密に報告を受けていた。その医者は医者としてのキャリアは長かったが、リヴォルタ病院に雇われたのはつい最近でコピアに関しての知識は浅かった。

「ええ、そうなんです。荒野のど真ん中で黒いマントを被った父親が旧研究所に向かっているところを見たんだそうです。そいつがウォルトのことも殺そうとしていたって言うんですよ」

「そんなまさか。マキリ先生の遺体はきちんとこちらでも確認していますし、葬儀も行われています。事故の後、何かの巡り合わせで生還していたなどということは考えられません」

「そうですよね……独りで荒野に置き去りにされて恐怖から何かと見間違えたんだと思います。でも、それ以外の幻覚症状はなくて、検査結果も良好ですよ」

「了解いたしました。では、リズがその件について私にも何かを言ってきたら穏便に対処します。できればあの子の心を傷つけたくはありませんし」

 サルサは電話を切って、すぐにカズラが所属する研究室に電話をかけた。

「チーフガンナーのミコスです。旧研究所での襲撃があった日のそちらのデータを参照したいのですが」

 電話を取った研究者はいぶかしげにサルサに話した。

「了解です。すぐに送りますね。ところで、カズラさんからアオイさんとスバルくんがいなくなったって聞いたんですが、どうしちゃったのか知りませんか?」

「アオイとスバルくんがいない?」

「はい、すっかり取り乱しちゃって仕事にならないんですよ」

「アオイの職場とスバルくんの託児所は?」

「どっちにもいないらしいです」

「何があったのかしらね……」

「カズラさん、そっちにも突撃するかもしれないので、用心してください」

「わかりました。カズラがこちらへ来たらなんとかなだめてみます」

「今、データ送りましたよ」

「ありがとう。届きました」

 サルサは電話を切り、届いたメールに添付されたデータを開く。オフサルマパティの森の状況に関する報告書だ。その日もオフサルマパティの森は何事もなく一定の成長率を保ちながら面積を広げているだけだった。


*      *     *


 アマンダの検査が終わって4日後、つまり、アマンダがリヴォルタに来てから1週間後のことだった。アマンダ、ピート、ウォルト、リズの4人はチーフガンナーを通してCOOのアンドリュー・イーデルステインから呼び出された。

 ウォルトは車椅子での移動が可能となり、ピートが車椅子を引いてチーフガンナー室へ向かった。アマンダも一緒だ。リズは大学の授業があったので遅れてチーフガンナー室へ到着した。

 頭にガーゼを貼ったリズを見て、ウォルトはまた下を向いて暗い顔をした。リズはその様子に気を悪くした。

「ちょっとウォルト。まだクヨクヨしてるの、アンタ? この程度の怪我なんて平気だって言ってるじゃないよ」

「でも……」

「アンタは自分の心配だけしてなさいよ」

「うん……」

「さあ、始まりますよ」

 サルサが軽く注意を促し、タブレットの画面を4人に向けた。

「こんにちは、諸君」

 タブレットはリアルタイムでアンドリューと繋がっていた。

「こんにちは、COO」

 4人は元気に挨拶する。

「この度は旧研究所での難しい任務に従事してくれて感謝する。特にピート・ナットくん。よくぞアマンダを保護してくれた」

「どもっす」

 ピートは自分ができる最大限の失礼のない返事をした。

「ウォルト・ナットくん。君は今、とても辛い時期だと思うが、どうか耐えてくれ」

「温かい言葉、痛み入ります」

 ピートとは対照的にウォルトの返事は立派なものだった。

「旧型コピアの暴走は君だけの責任ではないと私は考えている。どうか、原因究明の調査で力を貸してほしい」

「もちろん、そのつもりです」

 ウォルトのやる気に溢れた返事にアンドリューは力強く頷く。

「そこで、君達には私から直々に辞令を出す」

 4人はそこで息をのんだ。

「ピート・ナット、エリザベス・マキリ、アマンダ・ネイルの3人は来週から私の直属で動いてほしい。今週末にハプサル州を出発し、フレイムシティに来てくれ」

「マジっすか!?」

 ピートは思わず叫んでしまう。アマンダも驚きで声も出ない。

「君達兄弟の処遇は僕の一存で決められている。原則はコピアガンナーのウォルト・ナットのバディとしてのみピート・ナットのリヴォルタ所属を認める形を取っていたが、こうなった以上そのままでは物事が進められない。来週より、ウォルト・ナットは旧研究所の事故調査委員会の所属となり、ピート・ナットとのバディは解消。ピートはアマンダ・ネイルのバディとしてこれからも私の下で働いてほしい」

「……わかりました」

「承知しました」

 ピートとウォルトは承諾の返事をした。

「アマンダ・ネイル。君はいいかい?」

 アンドリューは優しくアマンダにも問いかけた。

「あ……はい。よろしくお願いします」

「僕からもよろしく頼むよ。詳しい任務についてはこちらに来てから話す」

 一連の流れを見ていたリズがようやく質問をした。

「あの、COO。質問よろしいですか? どうして私もそちらに行くことになったのですか?」

「君はまだ理科大生のインターンだったね」

「はい。フレイムシティに行ったら大学の方はどうなりますか? ウォルトとピートはいいとして、私は学業にも専念したいと思っているのですが」

「君は今回の事故を最も近くで目撃した研究者の卵だ。事故調査委員会の方が役に立てるだろうと思っているね?」

「はい、それもあります」

「君の日頃の研究成果を読ませてもらったよ。君のような逸材は直近の任務に当たらせるより、将来性のある環境で育てたい。ぜひ、私の直属となり、その手腕を輝かせてほしい」

 それはリヴォルタで学ぶ全ての学生が聞きたい台詞だった。現在、リヴォルタの実質的なトップに立つアンドリューはいくつかの極秘の研究室を管理している。その1つにアオイが所属している研究室がある。インターンの時点でアンドリューに指名されるということは将来を約束されたも同然だった。リズは思いがけない言葉にどうしようもなく胸が高鳴った。

「すげえじゃねえか、リズ!」

「頑張れよ、リズ」

 ピートとウォルトがリズを激励する。リズは泣きそうになるのをこらえて返事をした。

「はい……! お役に立てるように頑張ります……!!」

 アンドリューはにこやかに笑いかけた。

「それでは、君達と会えるのを楽しみにしているよ」

 アンドリューとの通信が切られた。ウォルト、ピート、リズの3人はリズの昇進を喜ぶ気持ちを解放した。

「やったな、リズ!!」

「ピート! ありがとう!!」

「リズ、向こうに行っても君はいつも通りに研究に打ち込んで。僕はいつもリズを応援してる」

「こんな時も堅いのよ、ウォルトは! でも、ありがとう!」

 3人が無邪気にはしゃぐ中、アマンダだけは浮かない顔をしていた。フレイムシティに行くということはさらにバークヒルズから離れるということだ。安否もわからないのに、さらに遠くへ離れるだなんて、アマンダには到底耐えられないことだった。だが、リヴォルタの意向に従わないわけにもいかなかった。アマンダはなんとかしてこの不安を忘れようと思った。今自分がやるべきことをやる。それだけを考えようとした。


*      *     *


 週末、アマンダ、ピート、リズの3人はアンドリューが手配したヘリコプターでフレイムシティに到着した。

 イグニス大陸北東部の海沿いにあるフレイムシティは極寒の地だった。

 マフラーに手袋をしたピートとアマンダがビル風が吹きすさぶ都会の一角に立っていた。

「それじゃ、行こうぜ。アマンダ」

 ピートがアマンダの手を引く。

「うん。行こう」

 アマンダは手袋ごしにピートの手をしっかり握り返して、初めて降り立つアスファルトを踏みしめ歩き出した。

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