いきなりの「官公庁FAX廃止」が国民大多数の権利を侵害している件

2020年9月の菅内閣発足以来、官公庁や自治体のハンコ廃止にFAX廃止と、次から次に「改革」が行われています。私自身、ハンコやFAXが存続してほしいとは考えていません。しかし、「ちょっと強引かつ速すぎないか」と思っていました。こんなところで「スピード感」を出さなくてもよいのでは? せめて、半年や1年の経過措置を設けてもよいのでは? ちょっと、ついていけない。

そして数日前、「ついていけない」どころじゃないと気付きました。国民の相当数、もしかすると大多数が、官公庁へのアクセスを実質的に制約されているのかもしれません。

官公庁の連絡先からFAX番号が消えている

ハンコにつづいてFAXをなくす方針は、2020年9月25日に河野行革相が表明しています(ロイター記事)。

私が気づいたのは、数日前です。

内閣府ホームページにもFAX番号はありません。ただし、消し忘れと思われるものなら残ってます。過去の連絡先一覧にもFAX番号があります。

厚労省ホームページにも、FAX番号はありません。

e-Govの連絡先一覧からは、FAX番号が消滅しています。

FAXの代替はあるのか

FAXが電子メールに置き換えられるのなら、むしろ歓迎です。しかし、過去に存在したFAX番号の代わりに、メアドが掲載されているわけではありません。

内閣府には「ご意見・ご感想」というフォームがあります。部門別に用意されていますから、これが部署直通のFAXの代替になるのかもしれません。厚労省にも「国民の皆様の声」というフォームがあります。

しかし、電話番号と同じ意味での「問い合わせ先」「連絡先」であり、電子文字も殴り書きも画像も送れる、これまでの各部署直通のFAXの代替になるようなものなのかどうか。Webページからはわかりません。

代替がないのにFAXが消えたら困る人々も

「ともあれFAXをなくす」という考え方には、一理はあります。FAXは消えてもらわないと困るオワコン技術ですが、存在する限り使いそうな人々は存在します。そういう人々は、FAXを使えなくしたら、しかたなく他の手段に移行するでしょう。今、FAXの代わりになるものがないどころか、多くの人が使える「写メ」があります。

しかし今は、電話番号とFAX番号が並んでいた役所の連絡先から、FAX番号だけが消えているのです。FAXの代替になりうるものが提示されているわけではありません。

これで困惑する人々として、簡単に思いつく例を挙げてみます。

・平日の開庁時間中に音声で電話をかけることが可能とは限らないが、官公庁に何らかの用事がある人々(私みたいな報道関係者を含めて)

・精神疾患や精神症状や発達障害などの影響により、音声を使った会話でのコミュニケーションが困難な人(私もときどき、そうなります)

・音声の電話でのコミュニケーションが困難な聴覚障害者(FAXは、聴覚障害のある人とない人がコミュニケートできる福音をもたらした存在。ちなみにスマホのビデオ通話は、専用の特別な機器を用いずに遠隔で手話会話することを可能にしました)

地方自治体がFAXを残している理由とは

河野行革相がハンコとFAXをなくしたいのは官公庁だけではないはずです。もちろん、地方自治体にも「上にならえ」してほしいことでしょう。しかし、住民が連絡できない地方自治体なんて、ありえませんよね。

たとえば兵庫県加古川市の「水道お客さまセンター」のWebページには、電話・FAXに加えてメールフォームがあります。

東京都町田市の地域福祉部社会援護課も、同様です。こちらは生活保護の申請を受け付ける窓口です。閉庁中に生活保護へのニーズが発生することは、当然あります。
「役所の開庁時間以外は生きてない」などという人はいません。申請手続きは、夜間や休日に急遽行わなくてはならない必要に迫られることもあります。特に連休は深刻です(休み明けまで役所は対応できないわけですが、生活保護の対象になる場合、申請した日にさかのぼって給付されます)。
現在、生活保護で暮らしている方が、役所の開庁時間外に生活保護の給付を新規に必要とする場合もあります。たとえば夜間や休日に急病で病院を受診する場合、医療に本来必要な「医療扶助を申請して医療券を受け取る」という手続きをそのまま実行することはできません。役所が休みですから。でも、一報入れておけば、その後の手続きが若干はスムーズになるでしょう。FAXやメールなど、そこに人がいなくてもなんとかなる連絡手段は、そのためにも重要です。

それに、住民の経済状況もリテラシーもいろいろです。「FAXなら何とか使えるけれどもメールは無理」という人もいることでしょう。あらゆる可能性に対応するのは無理としても、なるべく多くの方法を用意しておかなければ、「実質的に役所での手続きを阻まれる人」が発生します。そんなところで不公平を生む必要はありません。

ゲスの勘ぐりをしたくなります

「そこまで、うがった見方をすることはない」と笑われそうですが、「FAXの次は電話かも」という可能性は考えておいたほうがよいかもしれません。

FAXは送信者にも受信者にもコストを強いるという問題があります。電話は費用以上に、受け手に対して時間と「いつかかってくるか分からない」というストレスを与えます。ギリギリまで人員を削減されている役所にとって、電話番号が公開されていることは、何か特段の事情が発生した際には相当の負荷につながるだろうと思います。

もしも、「ハンコとFAXの次は電話」ということになったら? 担当部署に届くかどうか、いつ読まれるかどうか、返事が来るかどうか全く不明瞭な「国民の声」「ご意見」「ご感想」といったWebフォームに、まるで海にボトルメールを流すかのように用事を書いて送ることになります。自分の用件や意見や感想や思想信条等は、自分の個人情報とともに、その向こうがどうなっているのか分からないWebフォームに送られることになります。相手には、返事しなかったり返事する日時を選ぶ自由があります。また、書かれた情報を(合法的な範囲で)一方的に利用する自由があります。

こんなディストピアがやってきては困ります。政府には、「そんなつもりはない」「そんなことはしない」ということを、具体的にスピード感を持って粛々と示していただかなくては、ね。

提案:官公庁は経過期間を設けて、FAX番号の表記をいったん復活しては?

そのうちFAXが消える運命にあることは確かでしょう。いつ消えるのかはともかくとして。
私自身、たぶん2010年よりも前に、FAX送受信機は所有しなくなったはず。現在の「インターネットFAX」の一部に相当するサービスは、パソコン通信全盛期の1990年代には既にありました。送信しかできないのが難で、受信のためにFAX機を所有しておく必要はありましたが、メール環境にない方にメール相当の内容を送るのには大変重宝しました。その後はインターネットFAXを使っていましたが、あまりにも使用機会が激減したのでサブスクリプションは解約し、今は「送信1回あたり◯円」というタイプのものを使っています。
でもFAXをなくしてしまうと、日本に住んでおり日本政府に用事があるはずの人々の相当数が、政府に用事があっても連絡する手段を失ったり、連絡できる可能性が減ってしまったりします。

もしも政府に、「政府に対して直接声をあげることを難しくする」という目論見がないのなら、官公庁のFAX番号表示は、いったん復活していただけないでしょうか。12月3日から障害者週間が始まります。いきなりFAXをなくすことには、障害者の情報アクセスの保障という面から見ても問題があります。

いずれにしても、FAXは「オワコン」です。いずれはなくすべきものです。「べき」と言わなくても、実質的になくなるでしょう。

官公庁の内部、官公庁と地方自治体間のFAXでの通信は、効率・コスト・正確性の面からみて、早急になくすべきだと私も思います。でも外向けに、外部からFAXが来る可能性まで閉ざす必要はありますか?

というわけで、電話番号とFAX番号の併記は、スピード感をもって復活していただければと思います。外部に対しては、せめて数ヶ月、できれば1年以上の準備期間を設け、段階を踏んで代替手段を用意し、起こりうる問題点を洗い出して対応しつつ、周知しつつ、FAXを廃止していただきたいものです。


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