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雑穢#1036
子供の頃の記憶である。
確か小学校に上がる直前の冬のことだ。
自分には兄がいて、兄妹の二人で使うように子供部屋を与えられていた。部屋は東南の角で、今から考えればとても良い部屋を与えられていたのだなと感じる。
二段ベッドが西側の壁に沿うように置かれていて、反対側の壁には出窓と学習机が二つ。それでも子供が二人で遊ぶには十分な広さがあった。
床にはアースカラーがストライプになったカーペットが敷かれていた。
その時は、兄と二人でジャンプしてくるくる回るという遊びをしていた。
偶然動画サイトでフィギュアスケートの動画が再生されたのがきっかけだった。
大人になった今となっては何が楽しいのかよくわからないが、兄と二人でケラケラ笑いながら回っていると、北西の角にあるドアから、知らない女の人が顔を覗かせた。妙に間延びした顔をした人だなと思ったのを覚えている。
遊びが中断され、兄と二人で誰だろうと顔を見合わせた。そうだ、挨拶しなくては。
「こんにちは」
「こんにちは」
兄と二人でドアのところから顔を覗かせたままの女性に声を掛けた。
「こんにちは」
女性はそう言って、片手を顔の前まで持ち上げた。人差し指を突き出しているが、他の指は握られている。彼女はその人差し指を、くるくると円を描くように回した。
「私ね、くるくるの国から来たの。君たちがくるくるしてたからちょっと見てるだけ。気にしないで続けて」
くるくるの国とは何だろうと思って兄の顔をみると、兄の目玉が上下左右にぐるぐるぐるぐると回っていた。
「お兄ちゃん?」
声を掛けると、兄はハッとしたような顔をした。ドアの方を見ると、もう女性はいなかった。
それから家中を探し回ったが、女性はどこにもいなかった。一階の居間で寛いでいる両親に、さっきの人はどうしたのかと尋ねたが、誰も人は家に上げていないと言われた。
女性の容姿と、くるくるの国から来た人だって言ってたと伝えると、両親は笑った。
「お前たちが考えたのか? 面白いけど、そんな女の人は来てないぞ」
父は子供達が新しい遊びを思いついたと思ったのだろう。
これは話が通じないなと思った。
兄と二人で子供部屋に戻り、先ほどの女の人は夢ではないと確かめ合った。女性の容姿も話した内容も共通していた。
その数日後のことだ。夜寝ていると、家に救急車の音で目が覚めた。
サイレンは次第に近づいてきて、家の前で止まった。
何事だろうと思っていると、兄がベッドから出て様子を確認しに行った。自分はすぐに寝てしまった。
翌朝起きると、家には自分と兄しかいなかった。
兄に訊くと、母親は病院にいるという。兄は学校があるが、母親に言われて休むことになったという。幼い娘を一人で家に置いておくことはできないという判断らしかった。
その後、父親がなぜ病院に運ばれたのか、母親から理由を聞く機会があった。
救急車の来た夜、父親は風呂上がりでパジャマに着替えていた。
その時、急に女性の甲高い声が部屋に響いた。
「くるくるくるくるくるくるくるくる……」
その声に合わせて、父親がまるでフィギュアスケートで回転するように、パジャマのズボンを片足に引っ掛けたままくるくると回転し始めたのだそうだ。
父親は戸惑いながらも柱に手を伸ばそうとした。その時にバランスを崩して転倒し、腰を強かに打った。
それで骨盤を骨折したのだという。
「くるくるの国って何? その女って何なの?」
兄は母親から何度も追及されたらしい。自分も何度か訊かれたことがある。
だが、それ以来あの女性の姿を見たこともないし、くるくるの国を知っている人にも会ったことがない。
もし知っている人がいたら、ぜひ教えて欲しい。
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