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雑穢#1030

 小学五年生の時に、隣の棟で小学生が転落死した。同世代なので、大変ショックを受けた。
 それから数ヶ月後に、集団登校の年下の子達から、奇妙な話を耳にした。エレベータには車椅子の人が後方を確認するための鏡が設えてある。夜になると、男の子の姿がその鏡に映るというのだ。その子は〈ジュンちゃん〉という名で、死んだ後で寂しくなったので、子供を攫いにくるという。
 話を聞いて違和感を覚えた。転落死した男の子の名前はサトシといい、残された一家も事件の直後に引っ越している。すると〈ジュンちゃん〉は誰だ。一体その子はどこからやってきたのだろう。

 小学校時代は、夜に外に出ることはなかったし、鏡の噂もすぐ忘れた。事情が変わったのは中学校になってからだ。特に冬場は、部活が終わって帰宅すると日が沈んで周囲も暗い。そんな中、一人でエレベータに乗ることになる。
「〈ジュンちゃん〉が、攫いに来るんだ」
 今となっては、そう教えてくれた子が誰かもわからない。マンションは四棟あり、各々エレベータが三機ずつ設置されている。十二台のエレベータの全てに鏡がある。
「だから、〈ジュンちゃん〉にたまたま会わなかったら運が良かっただけだよ」

 両親が田舎に引っ込んだのは、二年前だ。祖父母が相次いで病に倒れたのがきっかけだった。この部屋はどうするのかと訊くと、あなたが一人暮らしするのに使えばいいと言われた。賃貸にするにしても、荷物を運び出すのが面倒という理由のようだった。
 部屋は七階にあり、最上階ほどではないにしろ、歩いて上がるには少し負担が大きい。だが、今は毎晩階段を使って上がっている。何故なら、深夜に帰宅した折に、〈ジュンちゃん〉を見てしまったからだ。
 鏡の中の男の子は、小学校高学年くらいに見えた。鏡の中で微笑む彼は、「やっと会えたね」と言っているようだった。
 だが、使うまいとしていても、どうしてもエレベータを使って上がらねばならないような時もある。その時にも少年は鏡の中で待っていた。鏡の中で何かを話しているようだったが、鏡に背を向けて目を閉じ、視界に入れないようにした。

 〈ジュンちゃん〉を見てからひと月ほどして、上階の子供が飛び降りたと聞いた。しばらくは息があったらしいが、病院で亡くなったという。
 事件の後、鏡の中の少年は出なくなった。だが今も帰宅時には、エレベータに乗らないようにしている。


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