見出し画像

雑穢#1031

 数年前から、急に祖母の夢を見るようになった。祖母が亡くなってからもう十五年以上も経つのだから、何故今更頻繁に夢に出てくるのかまるでわからない。
 思えば彼女も哀れな人だった。祖父とは若い頃に死に別れ、子供五人を一人で育て上げたが、最期の二年間で詐欺に遭って身上を潰し、さらには子供たちの財産まで抵当に入れていたことが判って縁切りされた。
 だから彼女は祖父の入っている墓ではなく、彼女を哀れんだ実妹の買った墓に入っている。この妹という人も生涯独り身で、つまりその墓には姉妹二人しか入っておらず、今後誰もその墓に入る予定もない。
 以後、今に至る間に父も亡くなり、その兄弟たちも既に鬼籍に入っている。誰も夢になど現れない。しかし祖母は現れる。
 いつも夢に見るのは、まだ幼い自分の手を祖母が引いて寺の階段を上がる場面だ。祖母も自分も無言のまま階段を登っていく。その寺にも心当たりがない。だが毎度毎度同じ場面なので、すっかり馴染んでしまった。夢の中でも季節は巡り、それに合わせて山門周囲の様子も移り変わる。我が夢ながらよくできていると感心する。
 ある朝、祖母がまた夢に現れた。ただ様子がいつもと違う。手を握った祖母が、階段を登りながら、しくしくと泣いている。自分は祖母が泣く場面を今まで一度も見たことがない。だが夢の中では、祖母が何を悲しんでいるのか、一体何が辛いのか、子供の自分には慮ることができないでいた。
 そういえば、祖母は自分と接する時には、いつも静かに笑っていた。子供の自分は祖母の笑顔がとても好きだった。だが最期の数年で、きっとその笑顔は消えてしまったのだろう。嗚呼、夢と現実がごっちゃになっている。
 その時、祖母がこちらを見つめて口を開いた。
「あんたが来てくれないから、これからあたしは地獄行きだ」
 はっと目を覚ました。全身がぐっしょりと汗で濡れている。冷たい汗だった。影でもさすようで、祖母の発言が一日恐ろしかった。
 それ以来祖母の夢は見ないでいたが、ある日テレビで、とある街の風景が映し出された。驚いた。風景に馴染みがあったからだ。夢の中の寺だ。
 そこで後日その街にまで足を伸ばした。
 住職の話によれば、祖母の墓は確かに寺にあったという。ただ、既に合祀されているとのことだった。残念ながらここ二十年の間、彼女の墓参に尋ねてきた人物には全く心当たりがないとのことだった。

サポートよろしくお願いします。頂いたサポートは、怪談文化の発展のために大切に使わせて頂きます!