なんのはなしですか。【長編小説】11
榎本はなんとか手に入れたコーヒーを片手に店を出る。脇にある喫煙スペースでコーヒーを一口飲み、煙草を吸った。あぁ、美味い。榎本は徐々にその落ち着きを取り戻した。
ただコーヒーを飲むだけに、こんなにも手こずるとは。そう思いながら路地裏へ向かう。
今日は平日、それに今は日中だ。もしかするとあの女性も、またスタバのコーヒーを飲みながら開店準備をしているかもしれない。共通の話題に心を躍らせていると、ふと宮下が以前話していたことを思い出した。
榎本さんは下心を隠そうとして話をすり替えたことがありますか――なぜか心に突き刺さ…いや、なんの話しだ。俺はすり替えている訳じゃない。まず、下心じゃない。これは捜査の一環だ。榎本はありもしない宮下の残像に言って返した。
喫茶店の近くまで来ると、あの時の黒猫がいた。表情には出さないが少し気持ちが上がる。彼女もいるのだろうか。
通りかかる振りをして喫茶店を覗いた。どうやら彼女はいないようだった。諦めて来た道を戻ると、一人の男性が黒猫にスマホを向けて何やら話しかけている。
榎本も猫に話かけたりするため特段不思議には思わなかったが、男性の近くを通りかかった時、榎本は耳を疑った。
「借りてきた猫ということわざについてどう思いますか」
どう考えても猫に聞くような内容ではない。このスキンヘッドにモサモサ無精髭のイケてるオヤジは、いったい猫に何を話しているんだ。
その後もオヤジはなぜかヘコヘコと頭を下げて猫に謝っている。榎本は絶対ヤバい中毒者だと思った。
オヤジは歩き出した猫の後を追うと、猫に向けてこう言った。
「では、猫に小判についてはどう思いますか」
榎本はオヤジのヤバさに耐えきれず声をかけた。
「あの、すみません。少し気になってしまって…猫といったい何を話されているんですか?」
榎本の問いかけにオヤジが振り返る。オヤジはキョトンとした様子で榎本を見て答えた。
「ニャンのはなしですか。あぁ、失敬。なんの話ですか」そう話すオヤジは、なぜか微笑んでる。
やはりか、睨んだ通り、このオヤジかなり重篤な中毒者だ。上手くいけば何か情報が引き出せるかもしれない。
「先ほど何か猫に問いかけていたようだったので」
「あぁ、それはきっとNo.874のせいですね」
榎本が怪訝な顔つきになる。どういうことだ。このオヤジ、本当に何を言っているんだ。何よりも情報を出すのが早すぎやしないか。もしや、筆者もなかなか薬物の情報に繋げられず焦っているのか。
(筆者:なんの話ですか)
榎本は当惑した。
「No.874?なんのはなしですか」
「そう、それです」
榎本はお手上げだった。しかし、名前くらいは聞き出しておかなければ今後の捜査に影響する。榎本は慎重に言葉を選んだ。
「やはりそうでしたか。お仲間ですね。あ、私は榎本といいます」
「私はpersiと申します」
そうして、お互いに名前の開示を終えると、また今度ゆっくり話しましょうとオヤジはスポーティーな服装で軽やかに走っていった。
奴はいったい何だったんだ。話のどこを切り取っても、なんの話しか分からないヤバいオヤジだった。榎本はpersiが言ったことを思い返した。No.874…どこかで聞いたことのあるような気がしたが、詳しいことまで思い出せずにいた。
次へ続く
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